幽世の時計塔

@NURUhisu

幽世の時計塔

 町外れにある古びた時計塔。

 おばあちゃんのそのまたおばあちゃんの頃からすでにその場所にあったその時計台は今まで一度も止まることなく時を刻み続けている。一日に四度、朝昼夕晩にそれは鐘を鳴らす。ゴーン、ゴーンと古びた鐘の音が町に時を告げるのだ。


 そんな時計塔にはある秘密がある。

 季節の変わり目。春月、夏月、秋月、冬月の最終日の夜に時計塔の最上階では不思議なことが起きる。

 月と月をまたぐその時間。

 とある世界への扉が開くのだ。

 その世界を例える言葉は多くある。

 幽世。常世。あの世。黄泉。

 そう、死後の世界。

 一年に四度の季節の変わり目の夜の日、時計塔の最上階は死後の世界と繋がる。

 死後の世界へ届けることができるのは言葉だけ。逆もまたしかり。

 死別した大切な人ともう一度だけ会話できる。そんな不思議な不思議な時計塔。


『あなたは誰に言葉を伝えたいですか?』



   ■■■



「……ということなの。二人で行きましょ、ルナ」


 紅葉も散り、明日には冬月になろうとしている秋月の最終日。幼馴染であるアリスが私にとある本を見せてくれた。

 屋敷の地下書庫から見つけ出したらしいその厚手の本は「とある町にある不思議な時計塔のお話」だった。それに感化されたアリスは町外れの時計塔へ行きたくなったらしい。


「アリス……。あんな古腐った時計塔にその本のようなロマンがあるわけないわ。現実を見なさい現実を」


 ホントにアリスは今年で十二歳になるのかしら。子供の頃からすぐ本に感化される性格は全く変わらない。ごっこ遊びが好きな子供と何一つ変わらないわね。すぐ危険なことするし、私がちゃんと側にいて見守らないと。


「えぇ、ルナぁ〜。行こうよお〜。パパには許可とったもん。後はルナだけなんだよお」

「領主様が許可を?」


 アリスの父はこの土地の領主。

 アリスに甘いとはいえ、子供だけでの夜の外出を許してくれるとは思えない…………、いや、アリスがしつこく頼み込めば許してくれるかしら。

 それとも何か裏があるのか。明日はあの日だしその可能性は十分あるか。


「むぅ〜。ルナは私の召使いなんだから黙ってついてくればいいのぉ!」

「は、はぁ……」


 私が考え事しているとアリスがそう叫んだ。ありゃ、癇癪おこしちゃったか。


「私はルナのご主人様なの。召使いはご主人様の言うこと聞かなきゃ行けないの、分かった?」

「承知しておりますわ、アリス姫」


 別に主従関係使わなくても友達としてお願いしてくれれば、私だってついて行くのに……。

 …………いや、私のことだから素直に頷くとは思えないかしら。はぁ〜〜。



 私はルナ。

 元々は貴族の娘だったのだけど、両親が流行病で亡くなってしまった。そのため私の家の土地は私が大人になるまでアリスの父が代わりに管理してくれることになった。

 ついでに行き場がなかった私をこの屋敷に招き入れてくれたのだ。

 一応大人になるまでは私は爵位がないので召使いとしておいてもらっている。領主様は「そんなことしなくても、普通に家族として受け入れる」と言ってくれているのだが、私の意思でそこは断っている。

 何もせずに他人にお世話になることは私には耐えられない。


 アリスとは両親が健在の頃から面識があった。私の両親とアリスの両親が親友であることもあり、度々パーティーに招かれたり互いの屋敷へ遊びに行くこともあったからだ。

 人見知りする私はパーティーでも隅の方で一人ぼっちでひたすら食事をするだけだったのだが、そこへアリスはやってきて私へちょっかいをかけてきたわ。めんどくさいのが来たと思った私は、毎回適当にあしらっていたのだけど。

 それでもしつこくちょっかいをかけて来るので、一度だけと思い遊んであげたら何故か友達になったわ。なんなのかしら、あのコミニュケーション能力は。


 私がアリスの家にお世話になってからも、アリスは何度も私を遊びに誘ったりしてくれたわ。基本的に素直じゃなくて乗り気でない私を「ご主人様権限」とか言って無理やりにね。……別に嫌じゃないから文句は言わないけど。



「行ってらっしゃいませ、お嬢様、ルナ様」


 夕日が沈み辺りが夜の闇に包まれるころ、メイド長に見送られて私たちは馬車に乗って時計塔に向かい始めた。

 メイド長は仕事の時は私のことは「ルナ」と呼び捨てに、アリスと遊んでいる時は「ルナ様」と敬称をつけて呼んでくれる。

 いつも厳しく指導されている上司から、敬語で喋られるのはいつまでたっても慣れない。


「ねぇ、ルナ。寒くない?」

「確かに少し寒く感じるわ。明日から冬月だし、もしかしたら雪が降るかもしれないわね」

 

 私の向かいに座ってるアリスが問いかけてきた。

 馬車の中に私たちはいるとはいえ、少し肌寒く感じる。空も曇っていて、星や月が全く見えない。

 馬車の外からは寒そうな風切り音がする。まったく、なんでこんな日に外に出なくちゃ行けないのかしら。


「そうよね、やっぱり寒いよね! ルナがどうしてもって言うなら隣でくっついて座ってもいいのよ!」

「いえ、大丈夫ですわ」


 私が即答で断るとアリスは「うぐぅ」と呻き声を漏らし俯いた。だって貴方、近くに座らせると隙みて抱きついてくるじゃないの。そんなことされたら緊張してしまうじゃない。

 プルプルと肩を震わせ「もぉ、いつになったら……」とアリスは呟く。

 少し可哀想になる。別に私だってアリスの隣に座りたくないわけではない。むしろ、本当はイチャイチャしたい。ただ恥ずかしいだけ。

 でも断るならもうちょっと言葉を選びなさい、私。

 アリスの可哀想な様子を見て、素直に座ってあげればよかったなぁと後悔するがこの状況で自分からアリスの隣へ行くのは恥ずかしい。なら……。


「……それはご主人様命令ですか?」

「! そ、そうよ」

「なら、しょうがないですわね」


 やれやれと私はアリスの横に座る。

 肩が触れる。アリスの体温が服越しに伝わり、暖かい。

 あぁ、たぶん顔真っ赤。

 こらこらアリス。じーっとこっち見ないでよ。


「ルナ、せっかく横に座ったのだからそっぽ見ないでよ。おしゃべりしましょ?」

「……月が綺麗ね」

「? 曇ってるよ」


 アリスの顔が見られず、馬車の窓から外を見ていた私は適当に言葉を繕う。

 天気をネタにするとかコミュ障すぎるわ、私! しかも間違ってる。

 また私は口を閉ざしてしまう。

 そんな私にアリスは横から積極的に話題を振ってくる。いつもよりテンション高い事から、私が横に座ったことがそんなに嬉しいのかしら。


「……クスッ」

「あぁ! 今ルナ笑った。今笑ったよね? よね?」

「笑ってませんわ。くしゃみをしたくなっただけですわ」


 そんな一方通行に近い会話をしているうちに馬車は時計塔近くの町までやってきていた。



   ■■■



「そういえば月終わりだから祭りがあるのだったわね」

「そうよルナ。まだ深夜まで時間はあるからここで時間潰していこうと思ってたの」


 夜なのに町の中は人々で大賑わいしていた。出店も多く、辺りから美味しそうな匂いが漂ってきている。

 もしかしたらこっちが本命なのかしら。

 アリスが私と祭りに来たくて領主様に頼み込んで夜の外出を許してもらったとか。あの本は私を説得するために適当に? いや、それならわざわざ本を持ち出さなくても、祭りを直接エサにして誘えばいいし。


「ルナ、行きましょ」


 考え事して立ち止まっていた私にアリスが手を差し伸べてきた。

 一瞬の逡巡。

 恥ずかしさから手を取るのを躊躇う。

 アリスの顔を見る。期待と不安が入り混じっている。素直になれ、私。


 私はアリスの手を掴む。

 ゆっくりと、やさしく。

 あくまで「しょうがないわね」という装いをして。

 私が手を取った瞬間アリスの顔がパァーッと明るくなる。

 グッと引き寄せられ、私はアリスに連れられ祭りに賑わっている町へ入って行った。



 アリスに連れられて私は祭りので店を見て回った。アリスがこの町の領主の娘であることはみんな知っているようで、行く先々でサービスされている。店の人から食べ物をもらうたびに金髪をきらめかせ、お礼を言って笑うアリスはとても可愛かった。


「ルナ、食べふ?」


 手を繋いで隣を歩くルナを見ていると、ルナは私にりんご飴を差し出してきた。

 別にりんご飴が羨ましくて見ていたわけではないのだけど。

 いや……それよりも……。


 アリスの唾液でキラキラと光っているりんご飴。

 間接キス。そんな単語が頭に浮かぶ。

 トクンと胸が高鳴る。


 って私だけなんだろうな。

 アリスはこういうの全く気にしなさそうだわ。

 意を決して口を近づける。


「ハムッ」


 バリっと飴が砕ける感触と共に甘酸っぱいリンゴの味が口に広がる。

 アリスは私が食べたのが意外だったのか驚いた顔で口を小さく開けていた。その時、私はアリスの唇を見てしまったことで先ほどの間接キスを意識してしまい顔が熱くなる。


「まさか本当に食べてくれるとは思わなかった」

「……そうですわね。いつもなら断っていると思いますわ」

「なんか今日のルナ、素直?」

「別に……いつも通りですわ」


 何故でしょうか。

 祭りに浮かれたとかそんな理由ではないと思いますが。


「えへへ、そっかそっか。もうすぐ花火上がるから高いとこ行こっ!」

「……はい」


 曇天の夜空に綺麗な花火が上がっている。しかし私の瞳は何故か空を映さず、ずっと手を繋いで横に座っているアリスの顔に注がれていた。



   ■■■



「とーちゃぁく!」

「うわあ、何ここ」


 祭りを十分に楽しんだ私たちは、本来の目的である町外れの時計塔まで来ていた。

 月明かりすらない暗闇にそびえ立つ時計塔は、その古びた外見も相まって不気味な雰囲気を醸し出していた。

 手に持ったランタンの灯がチラチラと揺らめく。

 昼間に何度か遠目で見たことはあったけど、夜にすぐ近くで見ると……怖いわね。


「アリス……もう十分じゃない? 帰ろ?」

「何言ってるのルナ。これからが本番じゃない。……もしかしてルナ怖い?」

「こ、怖くないわ! さっ、行くわよ」


 アリスの手を握り歩を進める。

 木製の扉に手をかけて開く………………いや、開かない。押しても引いても上げても下げても蹴っても。


「アリスここ鍵閉まってるわ」

「んー、パパから鍵預かってるよ」

「先に言ってほしいわ。……というかここってアリスの家が管理してたの?」

「知らなーい」


 領主様が鍵を持っていて、今もなおこの時計塔が動き続けているということは、アリスの家が管理し維持し続けているということなのだろう。

 なんだかんだ言ってあの本に出てくる時計塔とこの時計塔は酷似している。あの本を書いた人がモチーフにしたのかもしれない。


 カチャリ、と鍵を開けて中へ入る。

 建てられてからかなり時間が経っているため古くさく感じるが、汚い感じはない。定期的にメンテナンスがされてるのだろう。

 時計塔の中はかなり簡素で入ってすぐのところに部屋が何個かあって、あとは中央から天井まで伸びた歯車機構。その周りを壁に沿って螺旋階段が覆っている。所々にある窓から昼間は明かりを取り入れるのだろう。


「ねぇ、アリス。本当にここ登るの?」

「登るよ! ほらもう時間もない」


 アリスはポケットから懐中時計を出して指差す。確かにもう少しで月が変わる時間だ。

 ランタンとアリスの手を強く握ってゆっくりと螺旋階段を登る。月明かりは完全に雲に遮られており、窓から月光が差し込む事はない。ランタンの灯りだけが足元を照らしています。


「アリスちゃんといますわよね?」

「手握ってるからわかるでしょ」


 確かに手を伝いアリスの体温が私の冷えた手を温めている。しっかりと握ってはいますが、それでもこのおどろおどろしい場所をランタンだけで進むのは正直怖いです。

  それから長々と階段を登ってやっとの思いで最上階に着きました。丁度時計盤の裏にあたる部屋です。

 ちょうど東西南北に面が来る立方体の部屋で、東西の面には大きな時計盤が、南北には大きめの窓が備え付けられています。


「もうすぐね、ルナ」

「そうね。どうせ何も起きないから早く終わらないかしら」


 時計盤を裏から二人で眺める。

 長針と短針がゆっくりと近づき重なり合う。

 その瞬間ゴーンゴーンと鐘の音が鳴り響いた。

 鐘はこの部屋ではなく隣にある別の塔に備え付けれいるらしく私たちが爆音で耳を痛めるということはなかった。まあ、それでもうるさくて煩わしかったですけど。


「……やっぱり、何も起きませんわね。さあ、アリス帰りましょ」

「――ルナ」


 アリスが私の名を呼ぶ。

 いつもの戯けた声ではなくしっかりとした声で。

 私はルナの方へ振り向く。その手には古びた便箋が握られていた。


「これパパからルナに渡してって」


 私はその便箋を受け取る。

 宛名は私の名前。差出人は――


「お母さん……お父さん……」


 亡くなった私の両親からだった。

 急いで私はその便箋をあける。中には2枚の用紙が入っていた。

 一枚目は――お母さんの字。


〜〜〜〜〜〜〜〜


 ルナ、十二歳の誕生日おめでとう。

 先月私とお父さんは流行病にかかってしまいました。どうやら治す手段は見つかりそうにないです。この手紙をルナが読む頃には私たちは亡くなっているでしょう。ルナを一人ぼっちにしてしまってごめんなさい。

 アリスちゃんとは仲良くやっていますか?

 あなたは人見知りするから心配です。その上素直じゃない。アリスちゃんの好意に素直になってくださいね。きっとあなたたちは生涯の友人になれると思いますよ。お父さんとアリスちゃんのお父さんがそうだったのだからきっとね。


 そしてここからはお母さんのルナへの気持ちです。

 あなたは私のたった一人の娘で私の宝物でした。ルナを生んだその日を私は昨日のように思い出せます。初めて歩いた日。初めて私の事をお母さんの呼んでくれた日。初めて熱を出した日。一緒にいつも散歩した道。お父さんと三人で旅行した場所。あなたがアリスちゃんと一緒にイタズラして割った壺。私の誕生日に手作りの花の冠をくれたこと。雷の日に一人で寝るのが怖くて私の寝室まで来たこと。ルナと過ごしたその全てが私の大切な思い出です。

 本当は……、本当はもっともっとあなたと過ごしたかった。あなたの成長をすぐそばで見守りたかった。もっとあなたを甘やかしたかった。ルナが誰かと結婚して幸せな家庭を気づく……、そんなあなたが見たかった。

 ごめんなさい、ルナ。

 本当に辛いのはあなたなのに。


 でもね、お母さん後悔はしてないの。あなたと過ごした一日、一日が掛け替えのない宝物だって思っているから。あんな日々を貰って後悔なんてできるわけがないです。

 

 


 大好きですルナ。

 愛してますルナ。

 お母さん達のことをたまには思い出してくれると、とても嬉しいかな。

 あなたの幸せをお母さんは願っています。


 

 


 ルナのことが大好きでたまらないお母さんより。


〜〜〜〜〜〜



 涙が溢れてくる。

 視界が霞み、文字が歪んで見える。それでもゆっくり一文字一文字私は読み続けた。

 お母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さん……。

 ずっと我慢していた涙が溢れて止まらない。

 両親が死んでから我慢していた涙だ。

 一人になって強く生きなければという想いがせき止めていた涙だ。

 二枚目は――お父さんの字だ。



〜〜〜〜〜〜


 ルナ、誕生日おめでとう。

 お父さんから伝えたいことはお母さんと同じかな。


 と言うことでこっちではルナの将来の事について記します。

 ルナが私の後を継いで貴族として領地を経営したいならアリスのお父さんにその思いを伝えなさい。あいつはお父さんよりずっとずっと優秀な男だからきっと力になってくれます。

 でもね、ルナがもしやりたいことが他に出来たのなら無理に私の後を継ぎなさいとは言いません。その時は私達の領地はすべてアリスのお父さんに押し付けてルナは好きに生きなさい。

 お父さんはルナが幸せで生きれるならば、どんな人生でも応援します。少ないですが遺産もアリスのお父さんに預けているのでそれを上手く使ってください。



 さて、最後に一つ。


 愛してます。


 たぶんお母さんにもこの想いは負けてません。



 ルナのことが大大好きでたまらないお父さんより。


〜〜〜〜〜〜



「……ひぐっ、こんなところで……ひぐっ、張り合わないでよ……」


 嗚咽を漏らし泣きじゃくる。

 手紙でも全く変わらない私のお父さん。

 いつも私の前でお母さんと張り合っていた親バカなお父さん。

 あの時のまま手紙の中にいるお父さんの姿が面白おかしく泣きながら笑みがこぼれてくる。

 もう泣いているのか笑っているのかわからない。笑い声なのか泣き声なのかわからない私の声が時計塔にこだましていた。



   ■■■


「ルナ、落ち着いた?」

「……うん、ありがとうアリス」


 泣きじゃくった私はアリスに寄り添って螺旋階段に座っている。

 泣いている間、アリスは静かに横にいて背中をさすってくれた。

 親友に無様に泣きじゃくる姿を見られ、今は恥ずかしくて顔が見れない。


「じゃあ、改めてルナ、誕生日おめでとう」

「……なんとなくそれは察していたわ。私の誕生日のサプライズじゃないかって」


 冬月の一日目。それはルナの誕生日だった。あからさまにその日を狙って今回のお出かけは仕組まれたものだった。


「パパがね、その手紙をルナの誕生日に渡して欲しいって。それでなんか良さそうな本があったから、ついでにルナと遊びに行こうと思ってこの計画思いついたの」

「また御伽噺に感化されたのかと思ったわ」

「わたしだって今年で十二歳だよ! もう御伽噺なんて信じてないもん」

「しかし都合のいい本があったものね」


 死者と会話できる時計塔。

 それに似た場所で亡くなった両親の手紙を渡されるというまるで御伽噺にそったようなアリスの計画に私は感嘆の息を漏らす。


「そうなんだよねー。わたしもこの本見つけた時ビビビッて来たもん。…………あっ、見てルナ」


 アリスが窓の外を指差す。

 真っ白な雪が夜の暗闇の中を舞っていた。

 今年初めての雪――初雪である。

 

「……綺麗」


 真っ黒な暗闇の中を舞う真っ白な雪。

 黒と白のコントラストが鮮やかに景色を彩る。

 私はその景色を見ながら一つのことを考えていた。

 お父さんの手紙に書かれていたこと。

 私のやりたいこと。


 すぐそばで窓の景色を眺めている親友の横顔を見る。私のやりたいこと――――


「ねえ、アリス。アリスは大人になったら領地を継ぐのかしら?」

「んっ、そうだよ。わたししか継ぐ人がいないし、何よりわたしがやりたいからね」


 何かと適当なアリスだが将来のこの夢だけは昔からしっかりと描いていた。きっとアリスは良い領主になると思う。

 では、私は?

 私は自分が領主になるビジョンが見えていない。大好きな両親が残したものだから継がなければいけないという思いで今日まで努力はして来たけど……。

 改めて私はアリスの顔を見る。

 私はアリスが好きだ。私は領主になるよりもアリスのために働きたい。アリスの力になりたい。ずっと一緒にいたい。

 素直になりなさい。お母さんの手紙に書かれていたその言葉が脳裏に浮かぶ。


「アリス……、私は……私はあなたが好きです」

「わたしも好きー」

「……はあ」

「なぜため息⁉︎」


 まあ伝わるわけないですわね。

 この鈍感純粋天然アリスには。

 …………ええい、ままよ。


 ――――チュッ


 ……。

 …………キスした。

 アリスのキレイなピンク色の唇に。

 触れ合うだけのキス。一秒もたたず唇を離す。

 アリスは眼を見開き、唖然としていた。

 たぶん私は真っ赤。顔が熱い。


「……はわ、へぇ?」


 冷静になって来たアリスが素っ頓狂な声を漏らす。

 どうよ、意識させてやったわよ。

 私は螺旋階段を数段おりて、アリスへ振り返り


「アリス、まだ詳しくは言えませんが私は夢が出来ましたわ」


 そう宣言した。

 領主になったアリスを従者として支え、二人でアリスの領と私の両親の領を経営すること。私は領主になれる器じゃない。でもアリスと一緒ならきっと……。

 そしてあと一つの夢。

 アリスと――――


 いえ、これはまだ心の奥深くに封印しておきましょう。



「さあ、帰りましょ。私たちの家に」


 初めて私は自分から・・・・アリスに手を差し伸ばした。


「……キス。えぇ……ルナとキス……うれ、しい……?」


 まださっきの衝撃が忘れられないのか、独り言を口ずさみ呆けているアリス。

 私はもう一度、ハッキリとした声で


「さあ、アリス。帰りましょ」


 ハッと意識を取り戻したアリスは差し出された手を掴んだ。

 暖かな手を私はニ度と離すものかとギュッと握りしめ、一歩を踏み出したのだった。


 お母さん、お父さん。私、頑張りますわ


 心で亡くなった両親に話しかける。



 ――頑張りなさい。



 空耳かもしれないが、そんな二人の声が聞こえた気がした。

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