FILE:-01/THE MEMORY

「酷くやられたもんね」

 ぶっ倒れた俺の顔を、上から覗き込む、知らない女がいた。青い瞳の、金色の髪。

 一見、美人だが、変な奴だ。

 小顔だが、大袈裟に盛られたまつ毛と派手なメイクが目をつく。髪型だって独特だ。正面から見て左側だけ髪を束ねていて、右側のもみあげに細長いおさげを作っている。そのおさげの毛先は三連ビーズのアクセサリーでとめられている。そして長い前髪は目の前に落ちてこないよう、黄色のピンで固定されている。

 服装はストリートとオールドスクールがミックスされたような格好で、首元に小さなリボンが付いた半そでのシャツの上から、フリル付の黄色いタンクトップを着ている。膝までのスキニーデニムパンツの上からミニスカを穿いて、靴はミリタリー系のゴツいブーツだ。

「たいしたことねーよ……ちょっと、転んだだけだ」

 俺はそう言って、体を起こそうとする。しかし鈍い痛みが全身に駆け巡り、俺の体はまた地面に沈んでしまう。

「無理すんなって。ボロボロじゃん」捨て犬を見るような目で、女は言う。

 そんな女の視線が不快で、俺は目をそらす。確かに、C◒H-Iが発注したPMCの攻撃を受けた俺の体は、全身が傷だらけだ。銃弾も、数発食らっている。

「独りよがり過ぎるのよ。あんたは」

「うるせー……」

 それでも俺は、鈍痛に耐えながらも悲鳴を噛み殺し、何とか立ち上がる。

 6年前、当時21歳だった俺は、未来盗賊バンディットの案件を全て一人でやっていた。

 と言っても、悲惨なものだった。碌なハッキング知識も技術もないまま《WIZDAM》にアクセスして未来を盗もうとしていたから、セキュリティの壁にブロックされまくり、アシが付きまくり、運良く盗めた未来があったとしても大した価値はなく、それでもDAディフェンディング・アーミーを手配してワイルドカードをクライアントまでトランスポートし、交渉までしていた。これでいいと思っていた。なぜなら、これこそが、かつてBBのキングネームを持っていた最強のバンディットのスタイルだからだ。

 BB――俺が最も憧れ、最も尊敬していた存在。初代バンディットにして、バンディットという存在を確立した男。だからBBとは、Bandit of Banditの略で、真のバンディットという意味なのだ。しかしそれ以上のことは、あまりわかっていない。彼はいつも仮面舞踏会で被るような、目だけを覆う黒の半透明の仮面をしていたため、誰もその素顔を知らない。本名すらも、いまだにわかっていない、謎の多い男なのだ。

「もう、はやんないって。そんなスタイル」溜息交じりに、女は言った。

「制度化された文化は、衰退するしかない」よろめく足を引きずりながら、俺は言う。「バンディット市場は大きくなり過ぎた」

「合理化されただけよ。BBがいたのは、もう150年以上も大昔で、市場は黎明期だった。でも今は成熟期。だから制度化して、カリスマの存在に頼らずとも精度を維持することができている。業務を細分化して、その分野に特化した人材を配置して、もし何かあったら交換可能にする。そうやって効率的なシステムに少しずつ姿を変えていっただけ。それが進化だし、この宇宙の原理よ。違う?」

「だからなんだ!」俺は銃弾を食らった右肩を、左手で強く抑える。「そんなの、クールじゃねーよ!」

 女は呆れた、というポーズ。そして、

「これだから、チェリーロデオは」

「てめー!」俺は痛みも忘れて、カッとなる。女の胸ぐらを掴む。しかし――

「せっかちね」

 女は銃口を俺の下あごに突きつける。「前戯もしないで、自分だけ楽しむつもり?」

 しまった。俺も銃で牽制し返そうとするも、俺が持っていた銃は、この倉庫に逃げ込む途中で落としちまったんだった。

 そのとき、俺がどんな顔をしていたかは知らない。だが俺の顔を見た女は、一度ほくそ笑んだ後、俺の下あごに突きつけていた銃をおろす。そして手の中でその銃を半回転させた後、なんと銃のグリップを俺の前に差し出した。

「助けてあげる。ただし、報酬の分け前は七対三」

「生意気だと思っていたが、案外、わきまえてんだな」

「言っとくけど、私が七で、あんたが三よ」

「何だと!」

 直後、倉庫の天井が突然、突き破られた。そしてドスンッ!という地響きを立てながら、何かが降り立つ。

 それは天使でも悪魔でもなく、DAP-H2800だった。

 DAP-H2800とは、二足歩行の戦闘汎用ロボットであるディフェンディング・アーミー・プロダクト・ヒューマンタイプの2世代目の改良版だ。体長は3メートル以上あり、分厚い装甲に覆われたガタイは、相撲取り以上にファットだ。しかも両腕にガトリングガンまで装備され、俺たちに容赦する気は皆目なさそうだ。

 俺は女から差し出された銃を手に取り、構えるも、これじゃ力不足なのは明らかだ。

「早く下がって!」女が叫ぶ。と同時に、DAP-H2800はガトリングガンを俺に向ける。

 その迫力に圧倒されてしまった俺は、足がすくむ。逃げようにも、逃げられない。

 だが次の瞬間、不可解な感覚に襲われた。

 一瞬、全身が麻痺したかのように、体中の力が抜ける。そして鮮やかで鮮明なビジョンが、俺の脳だけでなく、全細胞に駆け巡る。と思った時には既に、俺は後方にジャンプしていた。そして俺が立っていた場所に、ガトリングガンのビーム弾が着弾する。

「次、左!」

 俺が着地した直後、女が叫ぶ。すると言葉の意味を理解する前に、俺はステップを踏むように左に移動していた。そのおかげで、DAP-H2800のビーム弾がまた外れる。

 そこでようやく、俺は気づいた。

 俺は女に操られている。イアークを経由して、俺の脳と体が女の思考とリンクしている。さらに女は未来を予測し、俺に最適な回避行動を取らせている。

 ――ということは、つまり、この変な女はRAリード・アヘッダーなのか?

 だがこれくらいのことができるRAは、ごまんといる。回避行動のシミュレーションなんて、RAの基礎中の基礎だ。そう、思ったときだった。

 DAP-H2800が一歩、俺に向かって前進した。その直後――

 DAP-H2800の足元が、突然爆発した。

 そのせいで、DAP-H2800はバランスを崩し、転倒する。ズシンと、重い地響きが足元に響く。

 地雷だと、俺は理解した。予め仕掛けられていた地雷を、DAP-H2800が踏んだのだ。だが、それだけじゃなかった。

 この倉庫の壁側にある一本の柱の根本が、爆発した。そしてその柱は、DAP-H2800に向かって倒れる。さすがにもういいだろうと思ったが、これで終わらなかった。

 一本の柱が倒れてしまったことで、倉庫のバランスが微妙に崩れる。そして倒れた柱の傍の壁まで倒れる。それにつられるように、残りの天井も崩落した。驚いたことに、それら全ての瓦礫は、DAP-H2800に覆いかぶさっていく。

 凄まじい轟音。雷が連続して落ちたような衝撃。

 それが止んだ後、濃厚な粉塵が辺り一帯に漂った。

 静寂。

 俺は咳き込みながら、DAP-H2800の様子を見に行く。体のほとんどが瓦礫に埋まってしまったDAP-H2800は、もはや動く気配すらない。

 それを見て、俺はようやく理解した。

 この辺な女は確かにRAリード・アヘッダーだ。それも、とんでもない腕の持ち主の。

 俺が移動する座標位置とDAP-H2800が移動する座標位置を完璧に予測しなければ、地雷を使いこなすことはできない。しかもこいつは、俺が巻き込まれないような爆弾トラップまで予め柱に仕込んでいやがった。

 俺は思わず、乾いた笑いを口から漏らしてしまった。女の思考リンクが切れた俺の足は、少し震えていた。

「どう? 私とヤリたくなったでしょ」

「もう、コトは終わっただろ」俺が力なく言うと、

「違うんだなー、これが」と、女は人差し指を左右に揺らしながら答える。「あと1分56秒後に、さっきと同じタイプのDAPが3機、ここにやってくる。もちろん、あんたは逃げる。でもここから3ブロック先のビルの前で追い詰められ、あんたは撃たれて死ぬ。だから今のはサービス。私とバディを組むかどうか、最後の選択のチャンスを与えるための、ちょっとだけの延命処置」

「くっ……」俺は自分の下唇を強く噛む。そして苦い唾を飲み込んだ末、こう答えた。

「わかった……。お前と組む」

「サンキュー!」

 女はLTMが表示された左手を差し出す。少し間を置いてしまったが、俺はしぶしぶその手を握る。女はそんな俺の手をグイッと引っ張り寄せる。すると報酬の七割が女の口座に振り込まれるよう、自動設定がなされた。

 口座の自動設定が終わると、俺は素早く女から手を放す。

「ところで」俺は左手に残った生ぬるい温度を振り払いながら言った。「お前の名前、聞いてなかったよな」

 すると女の口から、俺の想像を絶する答えが返ってきた。

「カーラ=デ・アンジェリス。面倒くさいから、カーラでいいよ」

「う、嘘だろ……」

 俺の思考回路はぶっ飛ぶ。カーラ=デ・アンジェリス――バンディットなら知らない者はいない。なぜなら、それは“奇跡の先読み姫ミラクルクイーン”というクイーンネームを持ち、関わる案件は全て何億LTMの大型案件ばかりで、しかも過去3年の案件達成率は100%という、ぶっちぎりのナンバーワンRAリード・アヘッダーだからだ。

 だから俺は、こう聞いてしまう。「何で……何で、俺と組もうと思ったんだ?」

 するとカーラは、こんな返事を返してきた。

「正常位には、もう飽きたからよ」

 はっきり言って、意味がわからなかった。しかもその意味を考えている暇もなかった。

 直後、後ろの壁が突然、突き破られた。

 まるで障子紙を突き破るように、いとも簡単に。

 そして突き破られた壁の向こうから、カーラの先読み通り、3機のDAP-H2800が出現した。奴らは青白く光る目で、俺を睨む。

 だからどうしたって言うんだ? 一人ではアレだが、今の俺には、奇跡の先読み姫ミラクルクイーンがいるんだぜ。

 イディオットを飲んだ直後とは違う高揚感が、俺の全細胞に駆け巡る。それは一人でバンディットをやっていたときには感じてこれなかった希望と可能性。

 3機のDAP-H2800たちは、ガトリングガンの銃口を一斉に俺に向ける。

 数えるのが面倒くさい数の銃口が、俺の目の前に迫る。

 上等だ。

 さあ、この危機的状況を楽しもうじゃねーか。そうだろ? カーラ。バンディット史上に残るであろう、最強のバディが誕生したばかりなんだ。俺の未来が、ここで終わるわけがない。

「終わるよ」

 酷く冷めきった言葉が、燃えていた俺のハートを一瞬で凍らせる。その言葉を発したのは、カーラだった。そしてカーラは続ける。

「あんたは、ここで終わる」

「何でだよ」

 するとカーラは大きな溜息をついた後、こう言った。

「昔の女の夢を見るなんて、あんたも落ちぶれたもんね」

 直後、3機のDAP-H2800が一斉に発砲した。そのビーム弾の嵐に、俺の体は、紙でできた人形のように、呆気なく切り刻まれた――

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