桜月夜に酔いしれて
楠秋生
第1話
「ちょっと、咲。そのしまりのない笑い方、やめなさいよ」
濃くなった緑の葉が今朝の雨で綺麗に洗われて、陽射しを浴びてきらきらと眩しいほどに輝いているのを眺めながら、大学の学食でいい気分で一人にまにましていると、ランチのトレイを持った琴がやってきて呆れた声で言った。
「え? 顔に出てた?」
「そんなくらいで隠れないわよ」
慌てて頬を両手で覆って隠すと、琴はくすりと笑いながら向かいの席に座り、長い黒髪を掻き上げてアイスコーヒーのストローに口をつけた。そんなさりげない仕草も見惚れるくらい綺麗な琴は、小学校のときからの大親友。彼女を琴音じゃなく、琴と呼ぶのは私だけの特権。クールビューティーな彼女は人前ではあまり感情を表に出さないけど、ちょっとした表情の変化がわかるくらい私たちのつきあいは長い。同時に誰からもわかりやすいと言われる私のことは、完全に彼女にお見通し。
「で? そのご機嫌な様子は、
「うん」
私はまたにへっと頬を緩めた。
「全くあの先輩のどこがそんなにいいんだか」
「えー。かっこいいじゃない。ちょっと無口で誠実そうで」
「何考えてるかわからないじゃない。案外腹黒いかもよ」
「ひどいよ~」
「うそうそ」
くすくす笑ってからかう琴に、鼻の頭に皺を寄せて口を尖らせてみせる。
二つ年上の
要先輩は写真を撮るのが好きで、いつも一眼レフのカメラを持ち歩いている。そんなに写真が好きなのに、なぜだかテニスサークルに入っていて
テニスはものすごく上手いのにたまにしかしないで、大概みんなの写真を撮っている。その姿もかっこよくて、見惚れちゃう。
いつも一緒にいる樹先輩は、要先輩とは正反対のタイプ。茶髪で見るからに軽くてチャラい。いつも女の人が周りを取り囲んでて、はっきり言って苦手なタイプ。
このサークルに誘ってくれたのが樹先輩だったから、感謝はしてる。まぁそれも、琴に声をかけて、彼女が私と一緒だったらって言ったからなんだけどね。でもそのおかげで要先輩と同じサークルに入れたからいいの。樹先輩さまさまだわ。あの時声をかけてくれなかったら、要先輩と同じサークルに入れなかったもの。
私はさっき会った要先輩の爽やかな笑顔を思い出して頬を緩めた。
憧れの恋が叶うとは思っていなかったけど、まさかこの後、一番苦手な人が気になってくるとは、この時はまだ思ってもみなかった。
そう。この後の夏の合宿のときからかもしれない。私が樹先輩の認識をちょっとずつ改めたのは。
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