射界15cmから始まる戀

星伽恋

第1話 投獄

「ここは……」


 俺が目を覚ますと、そこは薄暗い牢獄だった。


 円筒に広がる高い石積みの壁、取り付けられたシングルベッドに、部屋の大きさには見合わない縦長の窓。

 ここが牢屋であると気が付いたのは、唯一取り付けられた鉄の扉に『囚人第21号』と書かれていたからだ。


「なんで俺はこんな所に……」


 ベッド以外は何もない、ミニマリストを極限まで追求したような部屋に、俺は戸惑いを隠しきれない。


 一体ここはどこなんだ。


 どうして俺はこんな所に閉じ込められているんだ。


「ようやく起きたか」


 扉の向こうから声が聞こえ、俺は少しびっくりしながらそちらへ目を向ける。


 声の主は男性のもので、その男性は扉の覗き窓からこちらを窺っていた。

 どうやらこの男が声の主のようだ。


 俺は男に対し、先ほど浮かんだ疑問をぶつけてみる。


「ここはどこだ? なんで俺はこんな所に閉じ込められている?」

「お前は間接殺人を後悔してここへ収容されている。身に覚えはあるだろう?」

「間接殺人……?」


 全く身に覚えのない事に、俺は何をしたのか記憶を探ろうとする。


 しかし、記憶を探ろうとしても何も浮かばず、俺は自分の名前が何かすら思い出せない事に気が付いた。


「俺の名前は……」

「記憶がなくなっているのか。ここではよくある事だから気にする事はない。お前の名前はイアン。それだけ分かっていれば十分のはずだ」

「イアン……」


 俺の名前はイアンで、僕は殺人を起こしてここに収容されている。

 つまり俺は罪人で、殺人を犯したからこの牢屋に閉じ込められているという事になる。


「いったい俺は誰を殺したんだ?」


 俺は記憶を取り戻すため、他に情報を探ろうと男に問いかける。


 殺人を犯すという事は、俺はきっと碌でもない人間だったんだろうと思う。

 思い出したくないから記憶が消えたのかもしれないし、思い出さない方がいいのかもしれない。


 だが、記憶がないというのは不安しか生み出さない。


 俺がどんな人間だったのか、どういった経緯でこうなったのか。


 どんな些細な事でもいいから、俺は少しでも記憶を取り戻したかった。


「私はただの伝達係だ。私から答えられる事はない」

「伝達係?」


 囚人という事は、毎日決められたスケジュールをこなさないといけないのかもしれない。

 それを伝えるためだけに、この男はここへ来ているのだろうか。


「これからお前はここで生活することになる。すぐにここを出られるかもしれないし、一生このまま牢屋から出られないかもしれない。いつこの牢屋を出られるかはお前次第だ」

「つまり、俺の更生度合いで出所が決まるって事か」


 俺の知っている常識で言えば、刑期が決まっていない投獄は無期懲役しか考えられない。

 懲役刑には仮釈放という物があり、男性の言っている事はそれに該当していると考えられる。


 だが、俺は記憶を失ってしまっている。

 記憶を取り戻さない限り更生の余地は無く、ここから出る事は出来ないという事だ。


「私は間違いを正すつもりはないが、一つ言える事は今お前が思っているようなものではないという事だ。お前を監視する者も、お前に命令する者もいない。俺を含め、もうここへ立ち寄る人間はいないだろう」


「待ってくれ。なら俺はここにずっと一人で閉じ込められるのか?」


 監視も何もないのなら、それは懲役なんて呼べるものじゃない。

 誰もここに来ないという事は、誰の手助けもないという事だ。

 

 男は間違いだと言ったが、いったい何が間違いなのか見当もつかない。


 記憶を失った状態で訳も分からないまま閉じ込められるのが、殺人を犯した俺にふさわしい罰だと言いたいのだろうか。


「それはここにいれば分かる事だ。私から伝える事は以上だ。いち早く後悔から立ち直る事を願っている」

「あ、おい! 待ってくれ! もう少し詳しい話を!」


 男が扉の傍から離れ、俺はそれを呼び止めようと扉に寄って叩くものの、男はそれに応えることなくその場から姿を消していった。


 ここにいれば分かると言ったが、本当に何もない状態で分かる事なんてあるのか?


 それに、男が最後に残した後悔が何を指しているのかも分からない。


 俺は何故、こんな所に閉じ込められているんだ……。


 どれだけ考えても答えには行きつかない。


 こうして、俺は牢獄にただ一人取り残された。

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