第1話:大きな若者
――― 気が付けば、俺は知らない部屋にいた。白い二本一組の蛍光灯がその部屋を照らし、壁も白く清潔で、床にはカーペット。ビルの一室だろうか、窓から小さな建物が見える。壁の隅の棚にはファイルがどっさりあり、一つしかない綺麗な机にはペンや書類がごちゃごちゃしている。
さらに机の上には一台のパソコンが置かれてあり、肌が白い中肉中背の若い男性が椅子に座ってカタカタと何かを入力しながら目を充血させてまで液晶を食い入るように見つめていた。俺はこんな夢を見るのは初めてで、少し興味が沸いて話しかけてみた。
「……何を、してるんですか?」
聞きにくい雰囲気だったが、一言声を出せれば、あとは滑るように声は続いた。
「見てわからないか?」
液晶を見てみたが、細かい数字やグラフ、多数の言語に記号が所狭しと書かれており、これらが何を意味するのかが読み取れなかった。
「……わからない、か」
少し嗤いを込めた響きを持っていた。
「わかり……ません」
素直に答えた。わからないことは聞くのが手っ取り早い。
「これはね、株式だ」
案外さっくりと教えてくれた。バカにされるかと思ったが、そういうわけではなさそうだった。
「株式……ですか」
「そう、株式。これで資金を調達して、俺は有価証券の売買を仲介する証券会社を作ろうと思っている。さらにここで貯めた知識で株式アドバイザーになり、その手数料で一儲けしようとしているのさ」
なんだか夢のある話のようだった。株式について語る男性の瞳は煌々と輝き少年のような純粋さを秘めていた。
「面白そうですね……うまくいきそうですか?」
「ああ、当然さ!今、大きな投資をしててね、とあるアベンチャー企業なんだが……信頼のある口からの情報さ。間違いない、絶対にうまくいく。そしてこの利益がでれば、ついに会社が作れるんだ!さあ、そろそろ取引の時間だ。一緒に見ようじゃないか!」
彼のテンションはもう最高潮、この喜びは株式がわからない僕でもよくわかる。例えるならクリスマスの朝だ。カチッとプレゼントを開ける音。
「……あ?」
だが、それはサンタさんに願った宝物ではなく、黒いサンタからの贈り物であったようだ。ただでさえ白い男性の表情がみるみる青白くなっていく。画面を見ると、俺でさえわかるほど、その谷はマリアナ海溝のようだった。
「……これは……」
俺はどう話しかけていいかわからなかったが、男性は唐突にテレビをつけた。たった今、やっているニュースはその株式会社に関する物だった。内容は主力製品が国の基準を満たしていないどころか、出来の悪い不良品だったこと。さらにひどいのが、その調査に立ち入った警察が社長と議員が賄賂をしていたという情報を手に入れてしまったことだった。
会社の信頼はズタボロ、立ち上がる力も残っていないだろう。男性は急いでどこかに電話をかけたみたいだが、ガシャンッと音を立てて通話を切ると、あろうことか電話を叩き壊した。
「あは……あははは……終わりだ……全部、全部、終わりだ……」
力なくわらった男性は、フラフラと窓へと近付き、その身を地面へと消した。俺は止められなかった。衝撃的な出来事のあとだが、ともかくここにいてはならぬと思い、冷たい扉を開けた途端、下に落ちるような奇妙な感覚が全身を襲った。すうっと暗闇が通り抜けていく。俺は怖くて目を閉じていた。―――
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