Maid_in_"7th_heaven":

@Ne-M_ABS

Alice_in_"Heavenly_world".

第一話:チェッカーフラッグをかざして。

 青と白のチェックシャツに、やや擦れて色の薄れたジーンズ。巻いていたスカーフと、被っていた麦わら帽が風で飛びそうになりながらも、彼女はロバにまたがり悪路を進んでいた。

 青く澄み渡る空。森は風に揺れ、時々鳥の鳴く声が聞こえてくる。耳をよくすませると、水のせせらぎが聞こえてくる。彼女は、まさにわくわくといった表情をしながら、麦わら帽を軽くおさえてロバから降り立った。やや地面がぬかるんでいたのか危うく転びそうになったが、すぐさま載せていた荷物によりかかり、ほっと一息をついて帽子を小脇に挟む。

 そして、赤い髪をあらわにした少女は、目の前に建つ屋敷に目を輝かせた。

 赤レンガの壁はツタが張っていて、やや古ぼけてはいるがむしろそれが味とも言える外見だった。窓のひとつひとつに掛けられたプランターには、色とりどりの花々が咲き誇り、空いた窓からバトラーとメイドが会話をしているのが見えていた。屋根からちょこんと飛び出た煙突からは、白い煙がもやのように登っていて、鼻をきかせると焼きたてのパンの甘い匂いが軽く漂っている。


 そうして、屋敷を軽く堪能したところで帽子をかぶり直そうとして、彼女は門の隅に立つ、自分よりも小さい少女に気がついた。白にも近しい銀髪と、白いブラウスとベージュのスカート。使い込まれた革のバケット帽。本を読んでいるようで顔はうかがえなかったが、彼女は、自分と同じように、メイドさんになるんだろうかと考えた。しかし背景と相まってか、彼女にはそれがまるで童話のように見えた。


 気分も心境も、何もかもが新しく、はればれとしている。少女は、ラバの手綱を近くの木に巻きつけ、ほとんどの荷物をおろして屋敷の門へと向かい、そして先程の彼女へ声をかける。


「ねえ、あなたもメイドさんになるの?」


 その明るい声に反応して顔を上げる少女。やや驚いたようではあったが、少しだけ間をおいてから、迷いながらといった感じで、ちょっとだけうなずく。その反応を見て、ぱあっと表情を明るくした赤毛の少女は、本を抱える少女の手を握って、勝手に自己紹介を始めた。


「私はアリーチェ・クリミナーレっていうの。あなたのお名前を教えてっ」


 目を輝かせて返答を期待する。しかし、今度の問いに少女は答えず、反応に困っているようだった。しかしそれでも、彼女はにこにことしながら返事を待っている。

 しばらくして、ややためらいながらも彼女は口を開いた。


「えっと……イザベル・マコーリー。変な名前かもしれないけれど、よろしく」

「イザベルって言うんだ、じゃああなたはベルね! 私のことはアリスって呼んでくれるとうれしいな、ベル!」

「う、うん……じゃあ、これからよろしくね。アリス」


 若干戸惑った様子で応対するイザベルに、アリーチェはもっと距離を詰め、さらに会話を続ける。読んでいる本の名前、内容。奇麗な銀髪の理由と自分の髪について。どうやってここまで来たのか。好きな食べ物はなにか。もっとおしゃれはしないのか。好きな人はいるのか。この世で最も好きな事は何か、この世で最も嫌いな事は何か……。

 とどまることを知らないアリーチェの質問に、イザベルがやや疲れてきたところで、彼女らに誰かが「やあ」と声をかける。驚いたのか、アリーチェは「わあっ」と声をあげてその場でびくんと跳ね、慌てて振り向くのに対し、イザベルは慣れた動作で、すっと体を声の方へ向けた。

 白いシャツと黒いスーツ。正に使用人といったような服装をした彼は、やわらかというか、やや崩したような口調と身振り手振りを交えながら、流麗に話を進める。


「驚かせてしまったかな、もしそうならすみませんね。中の方へ案内するので、紹介状を見せて欲しいのです。ああ、いや、えっと、マコーリーさんは大丈夫ですよ、ちゃんと知らされておりますので。クリミナーレさんは紹介状を……はい、それですね。では少し、確認させていただきます」


 彼は手渡された封筒から取り出した、複数枚の書状のような物をぱらぱらとめくり、しばらく読んだあと、再び封筒へそれを戻し、左手に封筒を控えて一礼する。


「確認が済みましたので、マコーリー様とクリミナーレ様のお二人を、ご当主様のお部屋へご案内します。くれぐれもはぐれないでくださいね。それと、案内された以外の部屋へは入らないようにお願いします」


 では、行きましょうか。軽く、流れるようにそう言うと、彼は門の端に据え付けられた扉をそっと開け、二人を通したあと、同じようにまた、そっと扉を閉じたのだった。






 蘇芳色のカーペットに焦げ茶色の腰壁、亜麻色の壁紙には丁寧に、かつさりげなく花の模様が描かれている。天井からはシンプルなデザインの電灯が垂れ、先程外から見た窓には、内側にも花瓶が据え置かれていた。

 そんな、屋敷の内装にますますアリーチェは興奮し、ひとつ珍しい花を見かければ、イザベルの肩をおさえながらピョンピョンと跳ねて、ひとつ美しい花瓶を見つければイザベルの腕をつかみあれがかわいいと声を弾ませ、ひとつ知らない色を見つければイザベルにあれはなんて色なのだろうと問い掛け……それは大層、楽しんでいるようだった。

 その態度を見かねてか、イザベルはため息をついて、アリーチェに注意した。


「あのね、アリス。楽しいのはわかるけど、あまりはしゃぎ過ぎないほうがいいと思う」

「え、だって、こんなにすごいのがいっぱいあるのに、楽しまないほうが損だよっ。ねっ、そうでしょバトラーさん?」


 その呼びかけに、戸惑ったように案内役の彼が反応する。


「まあ、構わないけれど……。あまり、興奮しすぎないでくださいね。仮にも貴女も淑女でしょう。それにもし、何かを壊してしまっては困りますから」

「うーん……わかりました。ごめんなさい」


 そう言ってアリーチェは、少ししゅんとしながらもイザベルの手を握って、二人についていく。そして、ついてこられている男の方は苦笑いをしながら、あまり怒り過ぎたかなと、やや後悔していた。

 しかし、そんな罪悪感を裏切る様に、案内役の彼が言う”ご当主様”の部屋の前へつくと、アリーチェの表情はすぐに明るくなり、はたから見てもどきどきしているというような表情に、ほっと小さくため息を吐いた。

 そして彼は扉をノックし用件を伝え、部屋の中から返事が返ってくると、そっと扉を開けて、二人を部屋へ入れその背を見送り、その場から離れるようにして、丁寧だが素早く扉を閉じた。






 アリーチェとイザベルは部屋に入ったが、まず疑問を覚えた。

 部屋が暗いのだ。何か気配はするが、何の動きもない。


「……暗いね、ベル」

「……うん……」


 真っ暗な部屋。イザベルはロウソクとマッチがどこにあるのかと探そうとしたが、辺りは真っ暗で見当もつかない。流石に様子がおかしいかと思ったのか、アリーチェは扉を開けようとする。しかし、ドアノブは微動だにしなかった。何度か力を込めて開けようとしたが、まるでびくともしない。


「……開かない。もしかして、閉じ込められちゃったのかな」

「そんな、なんで……きゃあっ!」


 イザベルが悲鳴をあげる。その悲鳴に驚いて、アリーチェも似たような悲鳴をあげたが、すぐにベルの手を取って抱きよせる。


「どうしたのベルっ、大丈夫!?」

「わかんないっ。いきなり肩を掴まれて、払いのけたけど……!」


 二人がパニックになりかけている。まさにその時。ぱん、ぱん、と、火薬の炸裂する音がした。二人は悲鳴をあげて、その場に伏せる。しかし、周りが明るくなったことに気づくと、ゆっくりと顔をあげた。

 そこには先ほどまで廊下に居たはずの案内役の彼と、彼と似たような恰好をした数人。そして、机に肘をつき、にやにやと笑う青年の姿があった。その青年の顔を見て、案内役の彼は嘆息し、忠告する。


「やはり、やり過ぎなんじゃないですか。ご主人様」

「いやいやいや、これくらいの方が楽しいだろうマルコ。少なくとも俺はそう思う」


 唖然とする二人に、マルコと呼ばれた彼は軽く謝りながら彼女たちに手を差し伸べる。二人はその手をつかんで立ち上がると、周りを見渡した。

 古びた辞典や魔道書が詰められた本棚。コートハンガーにはトレンチコートとハンチング帽が掛けてあり、かなり使い込んでいるようだった。部屋の奥には大きい窓があり、そこから柔らかい光が部屋に差し込んでいた。

 そして、その窓の前でゆったり座る青年は、はきはきとした声で二人へ歓迎の言葉を投げかける。


「いらっしゃい、ベル、アリス。さ、どっきりも終わったところで食堂に行こうか! 歓迎会は食事と共に行うのが相応しい!」


 青年はすっと立ち上がって快活かつ明朗に歩きだし、状況が呑み込めない二人を置いて彼は部屋を出る。それに続くようにほとんどの人が部屋を出たがマルコは部屋に残り、三人だけになってからイザベルとアリスに話しかけた。


「すみませんね、二人とも。ご当主様はいつもああでして、誰かくるといつもいたずらを仕掛けるのです。でも悪い人ではないんですよ。ちょこっとだけひねくれてるだけで……」


 マルコは何度も弁解を続け、心配そうに怪我はないかといいながら服を軽く掃ったり、アリーチェとイザベルがいつの間にか落としていた帽子を拾いあげて二人へ渡したり、ともかく彼なりに二人の機嫌を直そうとしているようだった。

 そして、それがおかしかったのか、それともまた別の理由でなのか、アリーチェは突然笑いだして、おそらくは笑いすぎて出てしまったのであろう涙をぬぐい、マルコとイザベルに満面の笑みを向けた。


「私、ここでいっぱい働きたいな! ベルもそう思うよねっ」


 その問いに、イザベルは少し考えたようだったが、軽くうなずいて、何の含みも無く、彼女に答えた


「……うん。私も、いっぱい働きたいかな」


 彼女はそう言って、アリーチェに微笑む。するとその様子を見ていたマルコは、ふっと顔をほころばせはしたが、すぐに表情と姿勢を整えて、ふっと一息を吐いてから彼女らの案内を始めた。


「さあ、食事室に行きますよ。今回の主賓はあなたたちなのですから、遅れないようにしませんと」

「はい、マルコさん!」


 アリーチェは勢いよく返事をし、イザベルの手を握り部屋を出る。急に手を握られた彼女はやや驚いて、アリーチェが勝手に手を握ることに対して少し呆れつつも、笑って彼女について行った。

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