ドイツェン宮廷楽団譜 恋の地雷は罠のワルツ/永瀬さらさ
角川ビーンズ文庫
パート1
好きな人からやっと好きだと返してもらえた。でもおつきあいはできない。
かといって相手は諦めてくれない。だって相手は両思いだと知っているのだから、諦めるわけがない。
「どうしたらアルベルト、恋人になるの諦めてくれるかな」
今日も差し入れてもらったバスケットを抱えて、ミレアは真剣に尋ねた。柔らかい日差しと秋風が心地いい木陰のベンチで、レベッカが冷めた目を向ける。
「無理だと思う。差し入れもらっちゃってる時点で」
「だ、だって食べ物を粗末にするのはよくないし」
「ふぅん。じゃ、このアップルパイ私もらうね」
伸びてきたレベッカの手に、反射的にバスケットを背中に隠す。微妙な沈黙を補うように、小鳥のさえずりが聞こえた。
「……。分かった、いい方法があるよミレア」
「な、何」
「ぶくぶく太ってバイエルン指揮者に嫌われればいいと思う」
「それは嫌! そういうのじゃないの、ちゃんと相談にのってよレベッカ! 自分がフェリクス様とうまくいったからって!」
案の定、レベッカが真っ赤になった。婚約してもフェリクスに過剰反応するところは変わらないらしい。
「う、うまくいったって、別にそんなんじゃ!」
「ちゃんと相談にのってくれなきゃ、フェリクス様に言いつける。プロポーズされた日、レベッカがどうしようどうしようってすごいかわいかっむぐ」
「あんただって似たようなもんでしょうが! 何、バイエルン指揮者がかっこよくて逃げられないって!」
「だってかっこいいんだもん! レベッカだって結局フェリクス様がかっこいいから負けたんでしょ!?」
「負けたわけじゃないから! 詐欺だからあんなの、だって、バイオリンで得た名声は全部私のために使うってああぁぁ思い出させないで馬鹿! あんただって結局バイエルン指揮者に口説かれてヘロヘロになってるくせに! こないだ私が助けなかったら完全に流されてたでしょ!」
「アルベルト強引なんだもん! す、好きなのやめるって言ってるのに全然諦めてくれなくて、毎日毎日好きだって……それを言うならレベッカだって」
「ちょっと待ってやめようミレア!! 私も悪いしあんたも悪い、だから休戦!」
互いにぜえはあ言いながら呼吸を整える。確かにこのまま怒鳴り合っていたら、二人して悶え死ぬところだった。
「と、ともかく、まず私はアルベルトを好きなのやめなきゃいけないから、なんか方法ないかな」
「だからそれ無駄でしょ?」
「フェリクス様のプロポーズの言葉は?」
「わかった私が悪かったから! ……うーん、要は嫌いなれればいいってことだよね。嫌なところ探すとか?」
やっとレベッカが真面目に取り合ってくれたので、ミレアも落ち着いて考えて、愕然とする。
「どうしよう……嫌いなところ、ない」
「……。帰っていい?」
「待って見捨てないで! えーと、そうだ私、お酒と女の人にだらしない男の人は嫌いだけど……」
「あー、じゃあそれじゃない?」
大嫌いな父親を思い出して口にしただけのミレアは、手を打ったレベッカにきょとんとする。
「明日、宮廷楽団で一般客を招いたパーティーがあるでしょ。第三楽団発足おめでとうと宮廷楽団の謝恩会かねた、夜会もどきの」
「う、うん。友達とか呼べるやつだよね」
「私、知り合いの子にバイエルン指揮者紹介してって言われてるんだ。ファンなんだって。すごくかわいい子なんだけど、ミレアの前でその子にでれっとしたら、ちょっと冷めるでしょ。紹介してみたら?」
とりあえず、想像してみた。
「……確かに、えって思う、かも?」
「だったら試してみる価値はあるんじゃないの?」
「そっか……そうだよね、うん! そしたらアルベルトに冷めるかも!」
希望を見出したミレアは立ち上がる。
「よおし! じゃあ私、アルベルトに女の子を紹介する! まかせて!」
「……それにたまにはミレア、痛い目みた方がいいと思うし」
張り切って拳を振り上げたミレアには、レベッカの小さな呟きは聞こえていなかった。
「――だって」
寮の部屋でたまたま開けっ放しにしていた窓の縁に肘を突いて、フェリクスが笑う。
「ミレアさんは本当にアルベルトの地雷原に突っ込んでいくのが好きだよね。そんなことよりアルベルトの昔を調べた方が冷めそうなのに」
「婚約おめでとう、フェリクス。お前にも色々あったが、僕はお前の親友だからな」
背後から牽制すると、フェリクスは笑顔で応じた。
「ああもちろん、僕だって君の親友だよ。で、どうするの?」
フェリクスの横からアルベルトは下を覗きこむ。ミレアがえいえいおーとか何とか言っていた。どうせまた何も考えていないのだろうと容易に察することができる。
分かっているがしかし、この世のどこに好きな女から別の女を紹介されて機嫌がよくなる男がいるのか。
「どうするもこうするも、返り討ちにするけど?」
「だよねえ。僕も婚約詐欺だなんてひどいよね」
それに関してはレベッカ・アイシュが正しいと、アルベルトは口にしなかった。
何故なら自分達は親友だからである。
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