第28話兎殺エピソード1 ある冒険者達の絶体絶命
「こりゃ、上に戻るのは無理じゃな。全員で協力しても不可能じゃろう」
遥か上にある断崖絶壁を見上げて、ドワーフが呟く。
高さ30メートルはあるだろうこの崖の下にPTが居る理由、それはダンジョン中層のフロアマスターに見つかった事、必死で逃げている時に、エリナが踏んだ転移トラップが原因である。
「あのまま逃げていても皆殺し、このままでは餓死を待つばかり...こりゃ積んだのう」
「ガイア爺さんの言う通りです、これは積んだでしょうね」
同意するようにエルフの青年が肯定の声を上げた。
「しかし、まだ食料もあるのです。救出を待ちましょう!諦めてはダメです!!」
シスターが必至で声を掛けるが、皆が沈黙してしまう。
「....ですがエリナさんが言うように、諦めても何も事態が好転しないのも確かです。誰か一人でも上がる事が出来れば、助けを呼んで来れるのですが...」
「そうです!希望はきっとあります!諦めないでください!」
エルフの青年が絞り出した希望の言葉に同意の声を上げて、必死に場を盛り上げようとするシスターを見て、ドワーフの目にも火が灯ったのだった。
「そうじゃな、ワシやケリーの様に100年単位で生きた者が死ぬならともかく、エリナのように成人すらしていないヒューマンがいるのだ!結婚もしていないだろうに死なせてしまうなど、長命種のプライドに賭けて許すわけにはいかん!死んでも死にきれんわ!」
ガッハッハと笑い声を上げて陽気に振る舞うドワーフは、客観的に見れば道化としか言いようがなかっただろう。しかし、エルフの青年と若きシスターには何よりも心強い言葉だった。
それから1週間が過ぎた、食料も残りわずか2日といった所か?節約して食べてきたが、限界も近づいている。エルフは魔石に全力で魔力を込めているし、ドワーフは魔石に合わせて何かを付けるつもりなのだろう、必死で何かを作っている。
「これさえ完成すれば!これさえ何とか行けば!」
鬼気迫るとはこの事を言うのだろう、ガイアの顔を見てその必死さを感じない者はいないだろう。
ケリーも同様で、体中から魔力を振り絞って魔力を注ぎ続けている。既に顔色は真っ青を通り越して真っ白になっている。
「頼む!もってくれ!壊れるな!壊れるな!」
魔石自体にも補強の魔法を掛けながら、魔力を注ぎ続けている。
エリナは精神的な衰弱は見られるが、二人の頑張りを見て弱気な態度を見せないように努めている。わずかに天井から滴り落ちる水滴を集めたり、足場にするつもりなのであろう、崖に付いた印の部分をメイスで砕いている。
たった3人きりのPTだったが、今までで一番団結して事に当たっていた。
彼らとて分かっていた。冒険者なのだから、他のPTメンバーが抜けて入れ替わるのは当たり前だ。命が掛かっているし、何時までも安定して金を稼ぐ事が出来る職業では無い。
条件が良い所があれば、直ぐに優先する者だっているのが現実だ。付き合いだとか仲間意識だとか言っていられない生活を送る者もいるし、現状に満足せずに遥か高みを目指して努力する者だっているのだ。
優れた者が劣る者を踏み台にしていくなど、彼らの職業では常識である。
食料も尽きかけたそんな時だった。
崖の上からラビットが1匹落ちてきたのだ。
最初の内は、上手く崖を跳ねていたが、何しろ高さが高さなので中程に至る頃には、バランスを崩してしまい岩肌に体をぶつけながら下りるのがやっとだった。
全身を痙攣させてピクピクしている兎を見て、ガイアは「食料が自分から落ちて来た!」と声を上げるが、エリナは直ぐに駆け寄るとラビットに治癒魔法をかけだした。
「何をやっているんですか!」とケリーも声を上げるが、エリナは止まらなかった。
やがて、傷が治癒したラビットが飛び上がり、エリナに向かって噛み付いた。
噛み付かれた部分から血が出るのも構わず、エリナはラビットを抱きしめながら撫でる。
「大丈夫よ?貴方を殺したりしないわ」
ラビットを落ち着かせるように優しく撫でるエリナを見て、ケリーとガイアは殺気を納めた。
ラビットも落ち着いたのか、噛み付くのを止めた。
撫でられているのが気持ち良くなったのか、目を細めてジッとしている。
「エリナにも困ったものじゃのう」「まったくです。こちらも命の危機にあるのですが...」
「ダメです!こういう時こそ心に余裕を持たないといけません!」
ニコニコと顔を緩ませながらラビットを撫でるエリナを見ると、二人は起こる気も失せてしまった。
死が目前に迫り、エリナ自身にも精神的な余裕が無くなって来ていたのは、二人も気になっていたのだ。だからこそ、二人も命を削る思いで自分を追い込み、あそこまでやっていたのだ。
「この場はこれで良しとするか」「ですね、我々は自分の仕事に戻りましょう」
更に一日が過ぎて、二日目が過ぎようとする時に声が上がる。
「間に合ったな!でかしたぞケリー!」「ガイア爺さんこそ!これで上に戻る事が出来る!」
二人はガシッと手を繋ぎ、お互いの成功を称えあっている。
魔石を中心に結界を発生させて空間を固定する。魔道具が発する風魔法を、結界の下に向けて放出する事で上昇するという、至ってシンプルな作りとなっている。
魔道具を製作した事の無い二人が、死ぬ気で作った簡易魔道具だが、一度だけならば上手く動いてくれるだろうと二人は確信していた。
何度もテストは行ったし、魔力が切れた場合に使う予備の魔石も作り上げた。
後は脱出するだけなので、二人の興奮は最高潮に達していた。
しかし、この9日で力を使い果たしたのか、エリナはグッタリとした状態で地面に敷いた外套の上に寝ている。
ケリーとガイアの思いは一緒だった。自分達を必死で励まし、最後まで希望を持とうと自分の思いを誤魔化して励まし続けてくれた、誰よりも大切な仲間を助けたかった。
エリナが必死に削って作った魔道具を設置する足場、そこに行った二人は最終点検を行うと魔道具を設置した。
この短期間で懐いたのか、ラビットがエリナの周りを飛び跳ねて様子を窺っている。
その様子がおかしかったのか、二人も笑うとエリナを起こそうと駆け寄っていく。
二人の気配に気付いたのかエリナが身を起こすと、その膝に飛び乗ったラビットが顔を上げてエリナを見つめていた。
「完成したのですか?お疲れ様でした。貴方も私を励ましてくれてありがとう」
頭を撫でられたラビットは気持ち良さそうにしながらも、エリナが元気を見せてくれた事に安心したらしく、ピン!と立っていた耳がフニャっと垂れた。
「よし!さっさと地上に帰るぞ!エリナ、ケリー、むう...コイツも連れてくかのう?」
「コイツじゃありません!この子はルトです!ねぇ?それでいいよね!?」
「ラビットに人語が理解できると思いませんが....分かったみたいですね」
エリナの周りを嬉しそうに飛び跳ねるルトは、この時本当にPTの一員になったのだ。
魔道具を起動すると、不安定ながらも3人と1匹を乗せた魔道具は高度を上げていく...10m....15m....20m....25m....後少しの所で上昇が止まる。
「まだじゃ!ケリーあれを使うんじゃ!」「はい!スペア魔石の魔力は満タンです!」
中央にある魔石をサッと取り替えると、少し高度を落としたが再び上昇が始まった。
「いけるぞ!....よし!崖の高さを超えた。風魔法の方向を調整するぞ」
フヨフヨと頼りなく浮かんでいた魔道具だったが、崖の高さを越えて無事に着地出来そうな所まで来る事が出来た。
『グルルアァアアア!ガァアアアアアア!!!!』
陸に降り立った瞬間、絶望が姿を現したのだった。
【グランガイア山脈】第4山タイタンの地下迷宮、中層フロアマスター【アースドラゴン】が現れたのだ。
天井スレスレまで届く程の圧倒的な体躯は、8mを超えて山のような印象を受ける。
ツヤツヤと碧色に輝く頑強な鱗を身に纏い、ダイヤモンドを超える硬度を持つ爪と牙は、あらゆる物を切り裂き、砕き、破壊する。
竜とはそれほどまでに強大で圧倒的な存在である。冒険者にとって、正しく死の象徴である。
「こんなオチですか....やれやれ、一度死ぬ覚悟を決めた身です。私が足止めを引き受けましょう!お二人は生きて戻ってください。迷宮入り口に作ったキャンプの中には王都への転移オーブが入っています」
「馬鹿言うな!最年長のワシが残らんでどうする!それに、ドワーフの鈍足じゃ追いつかれて食われるのが見えとるわい。お前さん達が逃げるんじゃ、ホレ!さっさと行けい!」
「駄目です!置いてなんて行けません!私達はPTじゃないですか!死ぬ時は一緒です」
「小娘が甘っちょろい事を抜かすな!ワシはもう十分生きたわい!....二十歳にもならん癖に死に急ぐでないわ」
【アースドラゴン】はこちらの様子を確認しながら、何かを警戒しているようだった。
直ぐに皆殺しにされてもおかしくない状況だったが、どうしてかそうならなかった。
エリナが不思議に思い、腕の力が緩んだ瞬間、ルトが【アースドラゴン】に向かって走り出したのだった。
(皆逃げて!....さようなら)
三人の頭の中に声が響いた。ルトは人語を理解していたのでは無く【共感】のスキルを持っていたのだった。
特殊固体が多額の報酬と引き換えられる事を、ルトは知っていたのだ。
それ故にスキルの事を打ち明けられないでいたが、今のルトには迷いは無かった。
どうせ拾われた命だ。最後くらいは恩返しをして果てようと....小さなラビットは全力で【アースドラゴン】へ突撃していく。
ルトの存在に気づいた【アースドラゴン】だったが、矮小なラビット一匹がどうするのだと侮りの視線を向けていた.....が!
【脱兎の如く】【捨て身】【月の加護】のスキルを発動したルトは、倍化した速度でステップを刻み、加護による闇との親和性によって姿を消した。
【アースドラゴン】は驚愕する、手に取るほどの価値も無いはずの存在が、目にも留まらぬ速さで駆けたと思えば、姿を消したのだ。
『ゴァアアアアア!!!!!』突如左目に奔った激痛に叫び声を上げて、地面に両腕を打ちつけた。
ルトの決死の一撃が【アースドラゴン】の眼球に直撃したのだ。
(良くやったぞ!そこのラビット!お前の覚悟が皆を救った!!)
忽然と現れた黒い疾風が、凄まじい殺気を振りまきながら【アースドラゴン】の周囲に竜巻の如く巻き付いた。
3人と1匹はこの瞬間に自分達が、滅多刺しの粉微塵にされたかのような錯覚に陥った。
暴風等と言う言葉では生易しいと思う程に、苛烈鮮烈な斬撃の雨、巨体のドラゴンが見る見る内に小さくなっていく。
【死神の鎌】【旋風の乱撃】【疾風の連撃】【百撃千殺】 我が最強の奥義!その身に刻め!【百万の処刑ミリオンダガーエクスキューション】
【隻眼の死神】敵対した者は必ず死ぬと言われる、現役冒険者でも最強候補に名を挙げられる漆黒の悪夢。
すれ違った瞬間に微塵切りにされた悪党は数知れず、一人で100万を相手取る事が出来るとまで言われる、生きた伝説がそこにいた。
圧倒的な硬度を持つ筈の鱗など物ともせず、斬撃が削り取っていく、腕が、足が、尾が千切れ飛び宙を舞った。仕上げとばかりに漆黒の鎌が首を刎ねた。
【アースドラゴン】が秒殺されるなど誰が予想しただろうか?全滅を覚悟して、自らが生贄になろうと覚悟していたのが、馬鹿らしくなる結果だった。
S級アダマンタイトタグを付けた冒険者【隻眼の死神】ガゼルが助けに来た、それは約束された王都への帰還を意味する事だった。
「ギルドマスターから緊急依頼と聞いてどんな用件かと聞けば、信頼しているベテラン冒険者PTが9日間も帰らないというじゃないか、良く我慢したな!お前達が諦めなかったから助ける事ができたんだ」
ガゼルが3人の肩を叩き賞賛の言葉を浴びせる。
「3人と1匹の冒険者達!これより王都に帰還する!」
ガゼルがオーブを掲げると、魔方陣が現れて全員を包むと、王都への転移門が開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます