⑭動画主と小説家
『動画主』
わたしはユーチューヴァー。今日も面白い動画をあげるために渾身のネタを考えるぞ。
……なかなか思いつかないな。どこかに衝撃的な事件でも無いかな。起こらないかな。
部屋にこもっていても機材があるだけで何も思いつかないから、殺伐とした活気のある都会の街へと繰り出そう。何が起こるかもしれない希望をもって。
『小説家』
わたしはもう終わりだ。ユーチューヴとか見てるわたしは終わりだ。諦めたくない。わたしを諦めたくないのに、心が沈んでいる。
わたしは振り子だからか。心がゆりかごだからか。考え方に波がありすぎる。文字を紡げるわたしとキーボードを打てないわたしがいる。
殺気に塗れたわたしが形を潜めている。人生をちょっとした時間稼ぎに用いてる。ダメだ駄目だやばいヤバイ。ヤバいと発して自覚させようとしているのにピンとこない感覚が気持ち悪い。心のやる気の無さに落ち着かない。居てもたってもいられないはずなのにちゃっかりベッドに寝転んでるわたしを亡き者にしたい。
鋭利な小説を書きたい。わたしは刃を抱きたい。砥石を盲目したわたしわたしわたし確かに終わったし。狂った演技も見苦しい。情けない叫びに過ぎない。終わらしたい。
鋭さを拡散するのに。世界の心臓を釘付けに、串刺しにするのに。人の心を刺し殺すのに。
今のわたしは、社会不適合者の性格が。
性格悪い。
気分悪い。
わたしが悪い。
悪いけど、傷つけてくれない?
眠っているわたしの才能に殴りこんでくれない?
自傷・小説家わたし。
称するのもおこがましい。朝から不愉快だ。
だからもうおやすみなさい。筆を休めます。
『動画主』
あまりにも面白いことが無かったせいか、派手な街中から移動して静かな住宅街に来てしまった。恐ろしく静かだ。ここに住民が存在することを疑うくらいには生の気配を感じない。特にわたしの今いる場所と比べて奥側にある家から尋常じゃない空気を感じる。普通とは一線を画す外観でもある。
これは期待大だ。ちょっと恐いけど好奇心の方が勝るね。何があるのだろう。誰が住んでいるのだろう。面白い人が住んでいたら良いネタになるぞ。取材許可は得ていないけど無断でもなんでも撮ってしまおう。許可をもらうとしてもそれからだ。あまりにも変人だったら撮り逃げしよう。
大丈夫、わたしはプロのカメラマンでも何でもない。ただのユーチューヴァーだ。辞めようと思えばいくらでも辞められる。軽い気持ちと大きな好奇心を背負ってカメラを構えようじゃないか。
再生回数楽しみだなぁと興奮しながらその家に近づいた。
『小説家』
おはようございます。筆を取ります。
太陽が真上で輝いている。光を浴びていると、少し目が覚めてきた。小説も書けそうなオーラも出てきた。睡眠と日光で精神病も良くなったのか。
作家への長い山道登ろう。頂上まで突き破りながら進もう。そうすればリズムに乗って歌謡曲を絶叫する立派な人間になれる。意思ある意志を手にしたわたしはもう終わりなんかじゃない。無敵の小説家だ。わたし自身続々とわたしを新着アップロードするのが爽快で気持ちいい。今のわたしは体調が絶好な音楽を鳴らしてる。過去も未来も怖くないし考えない。現在以外を快く削除できるのが現在の強いところ。それを活かせるわたしが天賦の才を持つ選ばれし勇者。
朝食食べて激しく顔を洗ったら真っ暗な日常の幕開けだ。閉ざされた我が家から脱出しよう。
小説を書けるようにパソコンの持参も忘れずに。
道路を大声出して歩こうアルコール。調子乗ってこう濃厚なビール。朝からもっぱら道端カラオケパラダイス。未成年飲酒を取り締まる警察を恐喝する夢を見る。幻だろうが実態だろうがわたしは自由だ。自由の女神はわたしに宿る。法律も裁判も風俗も常識も人間も多数決も敵じゃないっ。わたしがわたしである範囲はそこはわたしの領域だ。不法なのはその侵入でしかないのだ。完全無欠完璧主義者なわたしだからこそ実行できる特別な策略だ。酒美味っ。
逮捕できるならやってみると無駄だとわかるだろう。何度でも甦るデモストレーションはフラストレーションに比例して持続するのさ。警察は警告が無意義だと察するのがお仕事なんでしょ。うぃーっ。
いいでしょ。わたしって強いから。一人っ子でも自らを助く構造を築いているので。わたしは肉片になろうが灰になろが恐れるに足らずなのだ。最強なのだ。うぃーっく。
小説家になろうがわたしは自作の刃を挿し続ける。
それが生きるという訳だね。
それが自信というものだね。
そんなわけで自信家な不審者になりました。
うぃっ。
『動画主』
カメラを準備する前に家から何者かが出てきた。家の住人のはずだけど、何故かパソコンを持っている。いやわたしもカメラを携えているから似たようなものか。パソコンを片手にしているそいつは服装と髪型からして女と思われるけど、自堕落な生活をしているのかかなり粗雑な格好だった。同じ女性とは思えないほどだったが、背の高さ的にわたしよりは年上に見えるので何だか強気になれない。けどわたしも時間を浪費するためにわざわざこんなところまでやってきたわけじゃない。今すぐ動画を撮ろうとカメラのスイッチを入れた。
しかしそこからが問題だった。
その女は急にとてつもない大声を上げ出した。わたしも知っている有名な曲だが、メロディもリズムもぐちゃぐちゃで聞くに耐えないし、何よりうるさい。よくそこまでの轟音が出せるなと驚きながらもカメラを構えてしっかり録画する。カメラ越しに見る女は、叫んでいるその曲に反して下しか見ていなかった。前髪も垂れていて前方不注意にも程があるが、ふらふら揺れながらも確かに前に進んでいる。
しばらくすると懐から何かの缶を取り出して勢い良く飲み出した。パッケージから予測するにおそらくビールだ。昼からまさに酔狂だなと感心する。
酒を飲み終えると、今度はぶつぶつと呟きだした。
「わたしは最強だ」とか何とか喚き散らしている。この女が何者なのか未だに掴めない。一般人からかけ離れていることだけは分かるけど。
ひとしきり喚いた後、うっかり女と目が合った。
『小説家』
うぃぃっーくっ。うっ。うんうん。わたしが一番なんだょ。最強なんだょ。創造神なんだょ。みんなわかるでしょ?だからわたしを崇拝して。
……むっ。あそこで見ているのは誰だっ。けしからん奴め。勝手に撮るんじゃない。撮るんだったらわたしじゃなくて、わたしの小説を撮りなさい。
ほら、ほら撮りなさいよ。パソコン画面近づけてあげるから。貴重な生原稿だょ。見なくちゃ損でしょ。
ほら、逃げないで。あー、走らないでよ。そんな逃げ回ったらダメじゃん。わたし追いかけたくなっちゃう。
おらおらー待て待てー。ほらー、あははっ。楽しいなぁ。うぃっ。久々にわたしの身体運ばせたから筋肉の節々が痛むけど、楽しぃ。待て待てーー。ダッシュダッシュ。うぃっく。うふふっ。小説以外でわくわくすることなんて、今まであったかなぁ。最近は小説も微妙だったしね。最強であると言えども、わたしは波が激しいですからね。自己満足できる日もあればできない日もあるのよ。でも今は、わくわくするぅー。うぃーーっ。
ほらー、もう追いついちゃうぞぉー。逃げてみろ逃げてみろー。
うーーーんっ、よいしょっ。捕まえたっ!
どう?どう?見てよこの文章。ほらほら。良いでしょ?良い小説でしょ?どうよ?
そのカメラでちゃんと撮ってねっ。
『動画主』
目が合うと女が凄い速さでパソコンを掲げて走ってきた。
え、なんで突然、いや考えているヒマはない。すぐさま逃げねば。それでもカメラは女に向けながら、わたしも全速力で駆ける。
女はやけに足が速い。どうやったらそのボロボロな格好でそんな速く走れるんだと不思議さと焦燥感を抱きながら走る。わたしの抵抗など無駄だと言うように、どんどん女が迫ってくる。長い髪の毛が風に舞って、軽くホラーだ。
ついに追いつかれてしまった。しかも後ろから伸しかかるように飛びつかれて、わたしも女も道路に派手に倒れ込んでしまう。カメラは無事で、女を捉え続けている。
そのカメラに向かって、女は自分のパソコンを押し付けた。どうやらパソコンの画面を映してもらいたいらしい。何故そうしているのかはよく分からないけど、抗わずに撮ってあげることにした。その方が面白そうだし。
数分してパソコンを映したことに満足したのか、女は開いていたそれを閉じ、次に懐からメモを取り出した。そこにこれまた懐から取り出したボールペンで文字を書き始めた。懐に物を入れすぎだよと思わず突っ込みたくなるが、女の機嫌を損ねるといけないから黙っておいた。
女はメモを書き切ると、わたしに無理矢理渡してきた。そこには正体不明のURLが記されていた。
わたしが何だろうこれはと疑問に思っているうちに、女は再びパソコン片手に自宅へと駆け足で戻ってしまった。散々走って疲れたのでもう一度追いかける気にはなれなかった。
奇妙な体験をして家に帰ったわたしは、先ほど撮った動画を確認していた。我ながら混沌としていて、ある意味衝撃的な映像が撮れたと思う。万人が面白いと思うかどうかは保証できないけど。
動画の後半、女がパソコンを押し付けていたシーンをよく見ると、そこには沢山の文字が映されていた。多分、これは女の小説だ。女は小説を書くのが趣味なのだろうか。まさか、本物の小説家だったりするのか。だとしたら相当珍しい体験をしたことになるな。しかもあの変人ぶりだ。いくら小説家に変人が多いと言っても、あれは気が狂っている段階まで到達しているぞ。それもそれで面白いか。
わたしは物事を面白いかどうかで判断することを信条としている。面白いということは、生きる上で不可欠なことだ。人生がつまらなかったら、生きる活力なんて湧いてこないだろう。面白いというだけで人間は幸せになれる。嫌なことを忘れられる。
だからわたしは面白さを人々に与えたい。そのためにわたしはユーチューヴァーになったのだ。たとえつまらないと言われようが、ネットで叩かれようが、一人でも面白いと言ってくれる人がいる限り、わたしは動画を上げ続ける。また言うまでもないが、できるだけ面白い動画を作るようにしている。そうすることで、世代を超えて、時代を超えて世界の誰かが笑ってくれると、わたしは嬉しい。
そんな信条を持っているから、わたしはユーチューヴァーを辞めない。ユーチューヴァーであり続けるのだ。
そして次に上げる動画は。
後日。
ユーチューヴに上げた例の動画がたった一週間で再生回数十万回を突破していた。これは今まで上げてきた動画の中で断トツに高い数字だ。
この数字を見た瞬間、わたしは驚きのあまり腰を抜かしそうになった。あの動画がこんなに広まるとは思ってもいなかったのだ。まさか十万再生もされるとは。コメントも、面白いという意見ばかりで罵詈雑言はまだほとんど無い。わたしがまだあまり有名ではないこともあるだろうが、これにしても喜ばしいことだ。
コメントをよく見てみると、一見動画に関係無さそうな感想が多く書かれていて、何だろうと考えてみてようやく気付いた。そうだ、これはあの女の小説の内容だ。
あのあと女から手渡されたリンクで調べてみると、それはとあるウェブ小説のサイトだった。そこにはあのとき撮っていた小説と同じものが掲載されていた。しかし察するに、公式連載ではなく単に勝手に投稿しているだけのようだった。やはり本物の小説家ではないのかと、何故か少し安心した。安心ついでに女への最低限の礼儀として、そのURLも動画の説明欄に載せておいたのだ。
その安心も一転、驚嘆へと変わる。
二週間後、再生回数が百万回を超えていた。
これにはいくらなんでも驚くどころじゃ済まない。原因を探るべくコメントをもう一度見てみると、女の小説への感想が一段と増えていた。それに高く評価しているのがほとんどだ。そんなに優れている文章だったかなぁと省みるが、わたしは小説のことはよく分からないので良さもあまり分からない。けれども評価されているという事実は確かだ。つまり万人に面白いと思わせたということだ。
ならば、わたしにはするべきことがある。
〜五年後〜
『動画主』「……はいカット。うん、いいんじゃない?面白い出来になったと思うよ。」
『小説家』「そうですか?わたしの重厚な刃物が見える程の内容を主張できていますか?それならばわたしとしても何も言えないし言うつもりもないし言えないので、人々の想像を破壊できるだろうと思いますけれど。」
『動画主』「うんうんそんな感じ。本当、きみのおかげだよ。きみのあの小説のおかげでここまでこれたんだから。」
『小説家』「そうでいらっしゃいますか。それならば現在あるべきわたしとしてもこの甘ったるくて柔らかい性格な状態も黙って認めるわ。あなたがわたしと尖っている作品を紡ぎ出せる限りは。」
『動画主』「はいはい。あ、そうだ。これからは肩書きも改めないとね。」
『小説家』「思ってみればそうですね。」
『動画主』
「では、『動画主』改め。
『映画監督』のわたしと。」
『小説家』
「『脚本家』のわたしは。」
『映画監督&脚本家』
「「この作品が完成したら、籍を入れます。」」
〜〜〜
『評論家』
歴史に残る偉大な表現者である二人だが、その二人の劇的な婚約発表は、二人自ら主演する作品の一シーンに過ぎないという説がある。未だに真実は謎のままだ。
ちなみにユーチューヴとは、当時の大手動画サイトを指すらしい。
どの情報も、数少ない資料から探し集めたものだ。これらの資料を集めるのに一体どれだけの苦労を要しただろうか。
何せ当時から五百年も経っている。
街も家も人も、全部崩れて消えた。死んだ。子供の頃の大災害で。
それでも俺は作品を求め続ける。
面白さは、生きる希望になるから。
蛇足だが、当時の二人が演じた映画のジャンルは、「レズビアン」や「百合」と呼ばれるらしい。
何だか無性に気になるから、今度詳しい調査に出よう。
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