第2話 ぽええええええええええええええええ

 可憐に変身して戦士になった僕は平原を疾走する。

 ちなみに軍服ルックの戦闘服はなぜか下がロングスカートだ。

 裾はなんかギザギザしていて、幾重かの生地が重ねられており、濃い緑から白へとグラデーションしている。

 危なかった。僕が程よいイケメンじゃなかったら、こんな格好、白眼視はくがんしされておかしくない。

 いや、イケメンでも少し痛々しい。


 僕は、安直に例えるならば、一陣の風のごとく、空気を裂いて緑の海原を渡っていた。

 それでも感覚は普通に走るのと大差ない。尋常じゃない動体視力だ。やはりここは天国らしい。この能力もまた、僕の主観が生み出す幻覚であると信じる。


 「主。なぜ逃げるんでしゅ?」

 「大衆が熱狂して良い結果を生むことなどない。」

 「キュリュ、お祭り好きでしゅよ。」


 僕は幼児天使を無視して、眼前に迫った林の中に身を隠した。

 幼児なのになぜ祭りを知っているのか。

 その辺の疑問は「天使だから」というブラックボックスに投げ込んでしまえば良い。


 四半刻も経たぬうちに、僕は呆気なく村人に掴まった。

 距離にしてニ十キロほど離れたはずだが、悠長にゲーデルの不完全性定理について考えていたら、また赤髪緑目の女に掴まった。


 「どうしてここが分かった。」

 「どうしてって、その、あなたの髪、発光してるから……。」


 本当だ。

 僕の髪、明度の高い南国の海を想起させるそれが、燦然と輝き、天に向かって光の柱となっている。

 みじめだ。

 誰が好きで頭を発光させる?それも電波塔よろしく大仰に。


 僕はどうしようもなくむしゃくしゃしたので、旋毛つむじを赤髪の女の方に向けた。


 「きゃああああああああああああああああああ!」


 刻下、これが僕の最強の防衛手段だ。目を潰すだけでなく、僅かに熱い。数秒照射されただけで、どうやら汗が玉となって吹き出すようだ。

 赤髪女も、目を保護しながら、顎に滴る汗を妖艶な所作で拭っている。そしてじりじりと僕の方に近づいてくる。


 「お前、どうして追いつくことができた。」

 「え、今なんて言いました?」


 どうした僕の主観、あるいは天国の住人。台詞が思い浮かばないのか。それとも意識の底ではこういうタイプの女を好むのか。

 僕は謝罪するように頭を下げたまま追求する。


 「なんで近づいてくる。」

 「可哀想だからです。あなた、迷い子、ですよね?」

 「僕は常に人生という道の迷子だ。」

 「はえ、何言ってるんですか?ここではない、どこか別の世界から来たんですよね?」


 この女、思いのほか辛辣で、かつ人の話を聞く気がない。美人には人の機微が分からぬらしい。


 「そうだ。僕はどうやら死んでしまったらしい。」

 「やっぱり。あの、とりあえず私の家に来てください。」


 僕の眷属の剣たちがまた扇風機の羽のように回る。いわずもがな、僕の通って来た道に立っていた高木は全て切り倒されている。そしてこの眷属のせいでまともに座れもしない。尻が地面につく前に剣先がひっかかる。


 「あの、それ、止めてください。怖いです。」

 「自制できない。」

 「ならせめて頭を上げてください。」

 「いや、僕は親不孝を恥じて謝罪しているのです。邪魔をしないでください。」


 サーチライトで女を威嚇する。信頼に足る人物かどうか、判断を下すのは僕だ。差し伸べられた手を、そのまま握るのなら赤子でも出来る。

 

 「いいから、帰れ。僕は自分でこの異世界を見聞する。」

 「……人の好意を無下にするのは、あまり感心しませんよ。」

 「その好意が人を苦しめることだってあるんだ。お嬢さん。」


 僕が頭を上げると、赤髪は困惑した微笑を口の端に浮かべて、独りちるように、


 「……ふむう、世話がかかるなぁ。」


 と、嘆息した。


 次の瞬間、僕の意識は呆気なく刈り取られていた。


 


 

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