会話

あさりの呼吸が見えるような、遠浅の浜辺へ降りていったふたりは、砂地に腰を下ろし、並んで、途中で買ってきた菓子パンを食べた。


「長い時間、こうしていたみたい」

「剥がし損ねたシールみたいな月が掛かってる」

「子供のころの、記憶が刺激されてる」

「俺も、迷子になって泣いている自分が目に」

吃音気味に沈黙した。海は遠い。砂はまだ、濡れて暗い色をして、幾つもの水溜まりをつくってデコボコしている。空色をしている。

「森に落とした指輪ね」

「ひとつでも、ふたつでもなく」

「わたし、あした、家出する」


「俺も、また船に乗る」

「かなしい胃は私たちを許してくれるかな」

「きっと昨日の処方せんも覚えていない」

海は遠い。水平線の辺りで渡り鳥が編隊を乱して遊んでいる。

「それぞれの体に綴じられて、ひとと連絡通路のない血管がくやしい」

「ああ、漁船が一艘見える」

「くすんだ青の裏へ月が衰退していく」

「かなしい?」

「うれしいの」

潮干狩りする親子。鳶が輪を書く。菓子パンを食べ終え、ふたり立ち上がる。

「またあした、学校で」

「ええ、海の上で」

潮がまた、満ちてくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る