在らぬ神に僕は祈る
せせり
プロローグ
青年は呟く
「どうか神様」
胸の前で祈るように手を組んだ。
びゅうびゅうと吹く風と共に、首からぶら下げていたネックレスがゆらゆら揺れる。太陽の形を模した銀製のネックレスは、すっかり錆びてしまっていて光が当たってもちっともその光を跳ね返そうとはしない。
「あなたの創り出した民にご慈悲を」
あぁ喉が渇いた。
喉が、からからだ。
陳腐なありふれた台詞を唱えながら考えるのはそんなこと。
あぁ――今すぐ、濁っていない、冷たい水を、たっぷりと飲みたい。
「どうか安らかな眠りを与えんことを」
当然だろう。
僕に、祈る神などいない。
いるとしたら、運の神と、金の神と――それから、何だ?
ともかく、おまじないのようなもので、彼は”神様”なんて仰々しいモノは欠片も信じていない。
それでも彼は唱えるのだ。
「生を全うした民に、導きを」
祈りの手が解かれ、彼はまっすぐ右手を前へと伸ばした。
黒い革手袋に覆われた手は、空を切るように水平に薙いだ。
「……ようく、眠れ、眠れ」
その言葉が合図のように。
チカッ、と翡翠色の目が一瞬光ったかと思うと、たちまち眼前が赤く染まった。
そう――炎が、虚空に立ち上ったのだ。
ぱちぱちと勢いよく燃え盛る炎を目の前にして、彼は瞬きすらしなかった。茫洋とした眼で見やり、興味がない、とばかりに大きく欠伸をした。
「馬鹿馬鹿しい」
ぽつり、呟いた。
炎が爆ぜる音と、風の吹く音にさらわれて声は彼以外の誰にも届くことはない。
”神様”にだって、この声が聞こえるものか。
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