半尺物語。伝え聞く処によると

いぬいけい

第1話 消えゆくもの

 その山にはりゅうが住んでいる。


 その言い伝えはどこへいったのか。

 今では名無し山と土着民に呼ばれ、見捨てられたこの山に残るのは、昔、信徒百を数える隆盛を誇った僧院の痕跡こんせきしかない。

 その名院も本来の名前が忘れられてから幾年月を数え、もう伝説のような話となってしまっている。

 土着民が捨て院と呼ぶ僧院である。

 この僧院を語れる者がいない理由は、二つにして説明がつく。

 一つ。山頂までの行程が伏魔殿ふくまでんと称されるほど、難解を極めている。力試しに登ってそのまま消息を絶つ者も少なくないという。

 二つ。その信仰はすでに途絶え、律令にて禁止されたこともあってか、修行も必要がなくなった。教わる者もなければ教える者もなし。人死して口伝こうでんのみ残ることなどなかった訳である。

 道理が通れば、横紙よこがみ破る者は現れない。現れるはずもない。

 今では龍どころか野鴉のガラスですら寄り付かない。

 まともな思考があれば、寄り付くはずもない。

 が、

 いた。

「まったく、なんてーとこだよホントによお」

 どこの愚か者であろうか。

 その小さな体躯たいくで、全長二十里を行く。

 例えば、垂直にそそり立つ断崖絶壁だんがいぜっぺきを、熊の出没する二ヵ所を、足場が悪いうえに霧で下が見えないという谷を、

 こんな難所もあんな難所も、ゆうゆうと通り過ぎた。

 健康な男たちであっても100人に99人はあきらめる。無事に下界へと生還できるのは10人にも満たない。ましてや女人などはありえないのに。

 さて女人といえば、その僧院にも当時は女人がいたらしい。

 しかし、あえて女人が来る理由などなかったはずである。この僧院に来る者は男でなければならなかった。

 龍となる資格は、15許されていたのである。

 今はもう昔の話、だが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る