第26話 それは天才ではなく……秀才
次第に呼吸が早くなり息が途切れ途切れに苦しくなる。しかも体は動かすごとに軋み、限界が近づくことを知らせる。
「一本止めてこう!」
ハイテンションな皐月を横目に見ながら俺は水無月の事を考えていた。
それは、あの時の「私以上にね」と言う言葉に対して疑問に思ったことや何故少しの違和感を覚えたのか分からなかったからである。
確かに水無月を見ていれば皐月もバスケが上手いのは分かる。それでも、水無月がまるで皐月に明らかに劣っているような、あの言い方は何だったのだろう。
「…にい…ゃん。お兄ちゃん、前!」
その声が聞こえた瞬間に前を向くと木島が俺の横を通りすぎた。
「っそ!待てよ。」
すぐ反転し木島を追いかける。しかし、もうほとんど体力がないため反転した瞬間に足に激痛が走った。
何でこんな時に足がつるんだよ!
「……全く、これだからいつも言ってるのに、運動すればって。」
木島が俺の横を通りすぎた瞬間に皐月がカバーに入り木島の足を止めた。
「お兄ちゃんはそこで倒れてると良いよ。後は私がやるから。」
「ホントにお兄ちゃんてこういう時にヘマするよね?」
水無月は俺に駆け寄ると隣で話しかけてきた。
「いや、お前!何で守備につかないんだよ!?」
「え~、さっき言ったじゃん。木島先輩を潰すってさ!それに皐月が本気になったらもうゴール付近は全部守備ゾーンだから。」
「なに言って……!?」
皐月の方を見ると俺は恐怖を覚えた。
何故?そんなの……。
「ねぇ、お兄ちゃん?お兄ちゃんてさ、天才ってやつを信じる人?」
「あ、ああ。まぁいるんじゃないか?」
俺がそう答えると水無月は皐月方に顔を向けた。
「天才は、きっと何でも最初からできる人の事を言うんだろうね。努力もせず、苦悩も知らない。でも、そんな人間私はいないと思うんだ。」
なにも知らない俺が言うのもなんだが。水無月が語るその言葉の一つ一つに何故だか、重みを感じる。
「それにさ、きっと天才って言われる人たちは物凄く努力も苦悩も知っている。確かに才能の差はあるんだろうけど。」
「才能の差か……。」
「だからこそ、天才は認めない。私も皐月もバスケにおいて天才なんかじゃない。私は……秀才だから。」
俺は皐月の方に目線を戻した。いや、正確にはその瞬間目を奪われたのだ。
「努力もした、苦悩も知っている、挫折したことだってある。けど、それでも私達はバスケを続けている理由はその努力が実り才能に変わる瞬間をしているから。だから!絶対に負けない、私達の努力も知らないで嘲笑ったあの人たちには!」
そう、水無月が言い終わると同時に木島が持っていたボールがサイドラインを通りすぎていた。
「ば…けもんが。」
唖然とした表情で木島がそう言った。
ああ、わかった。何で恐怖を覚えたのか。そして、水無月がああ言ったのか。
「それりゃ、才能の差も感じるか。」
そう、俺が見たその光景はいや、皐月はまるで……。
「……獣」
「ふふ。流石はお兄ちゃん!妹に対しても例え方が酷いね。でも、正解だよ……。」
いや、正直俺には皐月の何がすごいのかはわからない。けど、確かに分かることがある。
例えるなら……異質。ここの誰よりもずば抜けて異質だ。
「あ、そうだ!お兄ちゃんはもう下がってもらうかね。」
肩を叩きながら水無月は此方に笑顔を見せてきた。
あらやだ、まるで会社で肩叩きにあったときみたいじゃない。俺はまだ、社畜じゃなくてよ!
「ま、まだ。」
「ダメ!足つったお兄ちゃん何てゴキブリ並みにいらない存在なんだから!」
「ちょっと待て!流石にお兄ちゃんのライフがゼロになっちゃうよ。」
ホントにライフがゼロになっちゃうんだからね!
「伏見くん。」
突然後ろから清水の声がした。しかも少しご立腹のご様子で。
「な、何だよ?」
「変わりなさい。」
「誰と?俺以上に運動神経いいやつがこのチームにいるのか?」
もちろん、妹達をぬいてだけどね!
「私とよ。」
「は、それこそあり得ないな!お前が出たって足手まと……。」
「黙りなさい。私だってあの先輩たちがムカつくのよ。女だからって理由でバカにされるのが一番腹が立つ。」
清水の目には確かな怒りが見える。それはきっと、自分ことをばかにされたこと、そして知り合いをばかにされた事に腹をたてているのだろう。
「けど……。」
「ん?」
「私だって実力の差がわからないバカじゃない。だから、3分稼いであげる。」
残り時間が5分になったときに指を三本たてながら清水は此方に答えを求めるように見てくる。
「……はぁ、わかったよ。ただし!3分も持たないと見なしたら変えるからな。」
「ええ、上等よ!やってやろうじゃない。」
そう言うや否や、清水は自分のバックの中からヘアバンドを取りだし髪を束ね後ろで結んだ。
「妹ちゃんたちの邪魔はしないから。」
「いやいや、邪魔んてそんな!それに私達が清水の失敗もカバーしますし。」
俺はコートから出て端の方で座った。
本当に頼もしいこった。まさか、俺が家族以外を頼ることになるなんてな。
「さてと、じゃあいこうか!女の意地ってやつを!」
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