水無月の闇には
めらめら
水無月の闇には
「ねえコータくん、もう帰ろうよぉ……」
聖痕十文字学園中等部二年、
「うるさいなーエナ。嫌ならみんなの所に戻れよ。俺は行く!」
エナの前を歩く彼女のクラスメート、ツンツン頭の
空気が妙に生暖かい、六月の夕暮れ時のことだった。
辺りには夜の帳が下り始め、疎らに立った外灯にポツポツと猫の目のような明かりがともってゆく。
「それにしても凄い豪邸……てゆーか、山いくつ分あるんだよ、あいつン
仄暗い砂利道を歩きながら、コータはあきれ顔で辺りを見渡した。
横手には水田が広がり、カエルの鳴き声が騒々しい。
これが全部……
中間試験の終わった息抜きにと、クラスメートの
大邸宅、冥条屋敷にクラスメート全員を招待したこの一大イベントを、だがコータはこっそり途中で抜け出して勝手に屋敷の庭を探検し始めたのだ。
「もうコータくん。いったい何処まで行くのよ?」
「地図によると、この辺なんだけどな? エナ、これは絶好のチャンスなんだ。今夜こそ多摩の七不思議の一つ、『冥条屋敷の人魂』をスクープする!」
コータを放っておけずついてきたエナを振り向いて、彼は熱弁をふるった。
お化けや超常現象に目がないコータは、学校や街中でまことしやかに囁かれている、屋敷にまつわる噂の正体を突きとめようとバーベキューを抜け出したのだった。
「全く、お化けとか人魂とか、どうしてこう子供っぽいものばかり……!」
エナは顔をヒクつかせながら、次第に濃さを深めてゆく周囲の闇を見回す。
コータと違ってこの手の話は嫌い、というか全く
「見えたぞ! 人魂……アレだ!」
「あひゃっ! 待ってコータくん!」
細い脇道の先に何かを見つけて走り出したコータに、変な声を上げて追いすがるエナ。
前方に見えて来た小さな橋の下から、ボンヤリとした緑色の光が漏れ出ていたのだ!
#
「コータくん。危ないって、早く逃げて!」
「ははは、エナ。こっち来て見ろよ!」
引き攣った声でコータを止めようとするエナに、橋の上、怪異のすぐ上に辿り着いたコータが、少し拍子抜けしたような顔で笑いかけた。
「キノコ……?」
コータに誘われて欄干から橋の下を覗き込んだエナは、驚きの声を上げた。
光の正体は人魂ではなかった。川岸に群生した無数の菌体……茸たちがエメラルドグリーンの美しい燐光を放ち、川面を幻想的に輝かせていたのだ。
「ああエナ。正体が分かれば大したことなかったな」
怪異の正体を突き止めて、満足げにコータがそう呟いた、その時だった。
「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』ってね。でも綺麗でしょう? シイノトモシビタケ、エナシラッシタケ、ヤコウタケ、ツキヨタケ……お屋敷では何故だかこの時期になると一斉に顔を出してくるのよ?」
橋に立つ二人の背中に、そう声をかけてくる者がいた。
「「わっ!」」
驚いて振り返ったコータとエナの前に立っていたのは、手入れの行き届いた白髪の、身なりの良い老婦人だった。
「コータくんと、エナちゃんね。るっちゃんからよく話を聞くわ。バーベキューを抜け出して、こんな所まで来たの?」
「るっちゃん……て事は琉詩葉の……?」「冥条さんの……お祖母さま?」
唖然として声を上げる二人。
「すんませんした! 勝手に庭を歩き回ったりして!」「すぐに、すぐに戻りますから!」
「いいのよ二人とも。不思議なキノコでビックリしたでしょ? 私、みんなの驚く顔が見たくて……」
恐縮して頭を下げるコータとエナに、老婦人はコロコロ笑いながらそう答えた。
#
「というわけだぜ琉詩葉。多摩の七不思議の正体の一つ。今夜この俺が突き止めてやったぜ!」
「もー。コーちゃんもエナちゃんも急にいなくなるから、何やってるのかと思えば……でもキノコ? いつの間にまた?」
お開きになりかけたバーベキュー場に戻り、得意げに事の顛末を語るコータ。
燃え立つ炎のような紅髪を揺らしながら、
「それにしても、とても綺麗で素敵な人だったわね。冥条さんの、お祖母さま……」
クラス委員長にあるまじき勝手な行動をしてしまったエナが、モジモジしながら琉詩葉にそう告げると、
「あえ……?」
琉詩葉の目が、驚きに見開かれた。
「何言ってるのエナちゃん? うちのお祖母ちゃんは、あたしが四歳の時にもう……。お庭のキノコだって、お祖母ちゃんが亡くなってから、もう随分顔を出してないはずなのに……!?」
「……!!」
愕然として声を失うコータとエナの耳元を、鈴を振るようなコロコロとした笑い声がかすめる。
―――私、みんなの
水無月の闇には めらめら @meramera
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