第2話 太陽のおかげ
トキサダはちょっとしたところに気が利く。自分ではそう思っていた。
人の気づかないところをよく覚えていたし、昔から記憶力はいいほうだと自負してもいる。
「けっ チンキーはずる賢いのが取り柄だからな」
何度もそう言われたことはある。
チンキーはチャイニーズの血が入っている人々の事で、馬鹿にした呼び名だ。
トキサダは、ジャパニーズアメリカンズだと何度か言ったが彼らには、ジャパニーズアメリカンズとチンキーの違い等どうでも良いのか、訂正したことなど一度もなかった。
この国は往々にして大雑把で、ほとんどの人々が気にしていない。皆自分のことで精一杯――――だから、ほおっておく。
その結果――――どんな人種でも飲み込み、雑多になってしまうのだ。
「また考えごとかい?トキサダ」
はす向かいのビルの前からトキサダに声がかかった。
ずんぐりした体型の女性。名をクリスティと言った。通称ミセス ハンプティなんて呼び名がついているが――――その呼び名で読んだやつは
ハンプティの旦那に半殺しの目に遭わされたことはこの界隈では有名だった。
クリスティの旦那はマフィアで――――家族には愛を注ぐが、敵対者は許さない。クリスティの旦那はそんな男であった。
トキサダもそのことは知っているから、クリスティ夫人には、愛想を振り撒く様にしていた。
「ええ。こんにちは。今日も職安に行かないと」
「頑張りな。あんたは知恵が回る。きっと神様は幸運をくれるはずさ」
夫人は、がははと、まるで怪獣のように笑ってトキサダを元気づけてくれた。
2
「僕にどうしろっていうんです?」
トキサダは職安からの帰り道で――――再びマダム・ハンプティと出会った。
「おや――――トーキー。いい仕事はありそうだったかい?」
マダムが出てきたのは近くにある大型のスーパーマーケットだった。
「トーキーじゃない。トキサダだよ。マダム」
トキサダは呼び名を訂正した。
「ああ、そうだね。つい呼びなれていてね」
マダムは口だけで謝罪して見せた―――― 一切悪いと思ってはいないだろうが。
「ところで、あんたも今帰りだろ?載せてってやるよ」
自分の車――――シボレー・カプリス――――を指し示し、マダムはトキサダを誘った。
(なんだろうな――――たいていこの人がこうやって餌を巻いてくるときには何かあるんだ)
トキサダは少し不安になりながら、それでも、マダムの車に乗ることに決めた。
「探し物?」
「そ――――アンタのひらめきがこの件には必要だとあたしは見てる」
車を走らせながら、マダムはトキサダに事の経緯をぽつぽつと話して言った
依頼は――――簡単な失せ物さがしだった。
しかし――――トキサダはそんなことに取り合おうとはしない。
「警察に行くべきだし、僕にそんな力はないんですよ」
「――――分かってるだろ?アタシの家に奴らは必要ない。必要なのはアンタの力サ」
マダムはトキサダの頭の回転の速さに目を付けていた。
家の中を警察に探られるくらいなら――――いっそ弁護士か、私立探偵でも雇うべき――――そうは分かっていても、いまはあまり出費はしたくない。そんな折だった。暇そうなトキサダを見つけたのは。
(そういえばこの子は頭が妙に回る子だったね)
マダム・ハンプティはそんなことを考えついていた。
3
失せ物が起こったのは、マダムの家の中。
それもマダムの家のベッドルームでの事だという。ベッド脇に置いてある小物置き。その中にいつも身に着けているダイヤの指輪があった。のだが、それが無くなったのだという。
「どっかにおいてきたとか、落としたとかじゃないんですか?」
「そんなことはないさ。あの指輪はアタシのお気に入りだ。おいてくるなんてありゃしない」
憤慨だとでもいいたげに――――マダムは少しだけ鼻息を荒くした。
「人が入った形跡は?」
「あの部屋はカギをかけて出たし、窓はしまってた」
「スペアキーは?」
「ンなもんはないよ。カギはアタシの鞄にいつも入ってるし。いまだって鞄の中さ。見てごらん」
マダムは鞄を脇手でごそごそやりながら、鞄を探って、一本の古びたカギを取り出した。
「コイツがなきゃ。あの部屋はあかないんだ。さぁトーキー。アンタはどう考えるね?」
密室。
カギはマダムが持っているし、スペアはない。
窓も閉まっている。
「まだどうにも。現場を見せてもらえれば何かわかるかもだけど」
判断材料が少なすぎる。
「それでいい」
マダム・ハンプティはゆっくりとアクセルを踏み込んで見せた。
4
「さぁ、着いた」
マダムはガレージに前から車を入れ、ガレージの横につながっているドアについている呼び鈴を押した。
ブィ―――
とブザーが鳴って、しばらくすると子供が白い猫と一緒に姿を見せた。
年のころはローティーンだろう。ブラウンの髪の毛にそばかすが少し目立つ女の子。名は確かジェシーといったはずだと――――トキサダは記憶を引っ張り出した。
「おかえり!ママ」
車を降りたマダムにハグをしてから――――トキサダに手を振った。
「こんにちは。マッチ棒」
「こんにちは。ジェシー。それと僕の名前はマッチ棒じゃないぞ。トキサダだ」
「うん知ってる。だけど、ヒョロヒョロなんだもん。だからマッチ棒で十分よ」
言いながら――――目の前のローティーンの少女は荷物を車から降ろすと、抱えて運んでいった。
トキサダがジェシーの後に続き、後ろにマダムがぱたんとドアを閉めた。
ナァーオ。
ドアの向こうから声がして――――がりがり―――と2、3回ひっかくような音がしてから、ドアノブが下がって――――ネコが入って来た。
「あぁ――――悪かったね。ルーイ。お前が居たんだった」
マダムは遅れて入って来たネコが足元によって来るのを見て――――足にじゃれさせていた。
(器用な猫だ。自分で開けたのか)
トキサダはネコが案外器用に行動したのに感心していた。
マダムの寝室に着いて、カギでドアを開ける。
ガチャリと音がして、手にアンロックされた状態が伝わった。
(しっかりカギはかかってる)
中に入り――――窓を調べるがロックがされていて、しかも持ち上げ式の窓で両手で開けなければ空きそうもない。
(窓はしまってる、扉も同じ)
「?」
トキサダが次に探ったのは――――ファーだった。
陽光に照らされて何かが光っているのを見つけた。次いでそれを指で掬い取る――――と、毛だった。人のモノではない。ややそれよりも、細く長い。
ファーは白色。毛も白だ。きっと日の照り返しがなければ気がつかなかっただろう。
(――――ああ、なるほどね)
トキサダは少しだけニヤリとして見せて
「マダム。一つ質問があるんですけど――――いいですか?」
そう言った。
「なんだい?」
「あの猫はよくここに着たりはしますか?」
「?――――ああ――――ルーイかい?あの子ならよくここで日向ぼっこをしてる――――」
どうやらマダムも答えがわかったらしい。
「そう。きっと犯人はルーイです。きっと指輪はルーイの寝床にある。探してみることをお勧めしますよ」
きっとあの器用な猫なら――――マダムが指輪をボックスに棚に置いているのを覚えていたのだろう。そして――――くわえて自分の巣へ持ち帰ったに違いない。
もしそれが夜中に行われたとしたら、寝入っていて気づかないかもしれない。
「それにしてもやっぱりトーキー。あんたは知恵が回る子だ。これで警察なんぞに厄介ならずに済むよ」
トキサダの横で、マダム・ハンプティはおおらかに笑いながら――――バッシバッシと分厚い手でトキサダの背中を叩いた。
「太陽が照らしてくれたからわかったんです。―――――僕は何もしていない」
トキサダは偶然に感謝しながら――――傾き始めた太陽をまぶしそうに見つめて呟いたのだった。
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