ある日系3世の日常

ヒポポタマス

第1話 日系3世は今日も考える

トキサダ・J・アサノ—―――彼は日系移民の3代目に当たる、日系3世でもあった。年は30代の前半。髪の毛は茶色。体系は細くマッチ棒と馬鹿にされることも多い。好物はチーズバーガー。職業はこの間まで、臨時で博物館のガードマンとして働いていたが—―――ついさっき、家を出ようとしたところで


「ああ、Mrアサノ—―――残念だが、今日で君には辞めてもらうことになった」


と、電話口で勝手に首にされたばかりだった。

理由は、


「業務上。教えることが出来ない」


とのことで一方的なものだった。

(仕方ない。こういうのには慣れてる)

トキサダは


「分かりました。いままでどうも」


彼はどうにも冷めた感じでボスからのコールを切ったのである。



仕事を辞めて3週間もしたある日のこと。

クリーブランドのボロアパートに彼が何もすることもなくベッドの上で寝ていると

テーブルの上に置いてあったモバイルフォンが震え、着信を伝えた—―――

着信音「ヴェルディ レクイエム 「怒りの日」」が流れ—―――彼は嫌な予感がしながらモバイルフォンを見る。

電話の主はジャクリーヌ。彼の旧友であった。


「ねぇ。トーキー。ちょっと聞いてるの?」


クリーブランドのとあるハンバーガー店で彼――――トキサダ――――は目の前でボヤいている女性を見た。


「ああ――――聞いてる。で、今回は何さ? また死体関係の話ならごめんだよ。

それと僕の名前はトーキーじゃないんだけど?――――ジャクリーヌ」


ジャクリーヌはすこしすねたようにしながら、


「知ってるわ。でも、今更トキサダなんて呼ぶのいやよ。トーキーのが呼びやすいわ」


そういった。

ジャクリーヌはトキサダの友達の中でも特に付き合いが古い。

ジュニアハイスクール時代からの付き合いだ。

いまさら、彼女が、トキサダを真っ当に呼ぶことなど100%ありえないのだが。

それでもトキサダは『トーキー』と呼ばれるのが好きではなかった。

トーキーとはTalkyであり〔人が〕おしゃべりな ことを指す単語が当てはまるのだ。


「それでも、なんて呼ぶな。うるさいやつだと思われるだろ」

「そんなの気にしないでいいわよ。トーキーのことを馬鹿にできるのはあたし以外には認めないわ。もしあなたの事を馬鹿にするやつがいたら—―――あたしのグロッグで穴だらけよ」

「怖いなぁ—―――まるで恐怖政治だ。」

「そう。ここクリーブランドは恐怖政治の温床だもの。皆多かれ少なかれ染まっていくのよ」


 ジャクリーヌはクリーブランド警察の元警官だった。しばらく前に結婚と同時に職を辞して—―――そして今は離婚調停の最中でもあった。


「今は離婚調停の最中なはずじゃなかったかい?」

「そう。離婚調停中で書類審査の真っ最中。書類が通ったら晴れて、シングルに戻れるって寸法よ」


続けて—―――ジャクリーヌは少しすねるような顔をして


「—―――大体、あんたが私をフルからいけないのよ? あたしがあんなロクデナシと結婚する羽目になったのはトーキー。あなたにも責任があるんだからね?」

「それは、どうかな。君の元夫と僕には何の関係もない」


彼は眼鏡を直しながら、ちらりとジャクリーヌを見た—―――まるで侵害だとでもいうように。


「何よ?頭はでも、ハートがチキンなんだから。あの時にあたしと結婚しとけば、こんなことにならなかったに違いないわ」

「その話は何べんも聞いたよ。フッタことは悪いとは思うけど、あの時はあれが最善だった。それは今も変わらないさ」


トキサダはホットコーヒーをすすりながら何度目かになる答えを言う。


かつてはクリーブランドはオハイオ州最大、全米でも上位10位以内に入る大都市であったが、重工業は衰退し、工業の衰退に伴って、金融、保険、ヘルスケア産業などサービス業を主体とする経済に移行していった。


また、変わったところでは、クリーブランドはロックンロールの歴史においても重要な位置を占めている。1951年、クリーブランドのDJ、アラン・フリードはリズム・アンド・ブルースをロックンロールと呼び、若者にロックンロールを流行させた。エリー湖の湖畔にはロックの殿堂が建っている。


2010年のフォーブス紙の調査では、クリーブランドは、米国で最も惨めな都市に挙げられている。一部の地区における貧困層の集中や教育改善のための資金不足など、クリーブランドは未だに大きな問題に直面し、また、治安も大きな問題と化しており、2007年度の「全米危険な街ランキング」では第7位に挙げられるなど、数年で評価が一変している。2013年には10年近く誘拐監禁されていた女性3人が発見されるクリーブランド監禁事件が起こっている。



「でね?――――ドアを開けてみたら、ヒューイさんが倒れてたんですって不思議よね?」

「不思議?」


ジャクリーンが何を言っているのか解らなくてトキサダはメガネの中から見上げ気味に聴いてみせた。


「ええ、不思議だわ。トーキーはそうは思わないのかしら?だって密室よ?部屋には荒らされた痕跡はないし、窓もしまってたって。それにお爺さんは車いすの生活よ?大の字になって転がっているなんておかしいじゃないの。そうは思わない?」

「思わないね」

「何でよ?—―――密室事件じゃないの?不思議じゃないなら—―――トーキーにはわかるんでしょうね?」

言ってみなさいよ—―――と、ジャクリーヌは目の前にあった、彼のポテトをかっさらって、


「外れたらこのポテトはあたしのもんよ?」


そうつづけた。



解いてみろとジャクリーンは言う。

トキサダは気は乗らなかったが、暇潰し程度に考えてみることにした。

ドア。仰向けに転がった被害者。そして密室。ここから連想されるのは――――


「まぁ―――大方。ヒューイ爺さんのことだ。鍵穴から外を覗き見て――――それと気づかずに客がドアを開けたんだとおもうね」

「なんでわかんの?」

「癖だよ。あのじいさん。僕が行ったときにも同じようにしてドア開けたんだ。その時も軽く頭をドアに頭をノックされて—―――ダウン仕掛けたのさ」


前にも同じような事があった。

今年の11月の初めにトキサダは彼の家を訪ねてそして、その時にもヒューイは仰向けに転がったのを思い出した。


そこまでの大方の推理を聞いて、ジャクリーヌはふいと横を向いた。


「面白くないわ――――だからこのポテトはあたしがいただくわ」

「ああ、僕のポテト!」


どうやら推理はあたりだったようだ。


実際――――その推理は当たっていた。

ジャクリーヌは見てきたかのように推理を面白くなさそうに語る目の前の日系3世をすこし憎たらしく思いながら、それでも

(やっぱりトーキーはすごいわね。中身はポアロでも入ってるんじゃないのかしら)

と考えざるを得ないのだ。

背中にジッパーがあって、中身は名探偵なんじゃないだろうかと思うこともある。

それほどにトキサダの推理は鋭いことが多かった。

彼はその時の現場を見てはいない。のにもかかわらず、言い当てて見せる。

そして、彼は昔から――――ジャクリーヌのヒーローであり続けている。

(あたしのテディベアがなくなった時も、すぐに言い当てたし、疑いを晴らしてくれたことだってあったわ――――あなたはもう忘れてしまったかもしれないけどね)

ジャクリーヌはニンマリとしながら、昔のことを思い出す。


「なんだよ—―――ニマニマ笑って」

目の前ではトキサダが文句を言っているが気にしない。

「別に—―――何でもないわよ。さぁ、今日は買い物に付き合ってもらう約束よ?

もうすこししたら、お店も空いているころだわ。タイムアップまで付き合ってもらうんだからね」

「わかったよ。全く昔から君は変わらないな」


そういいながら—―――トキサダはまたコーヒーを一口すするのだった。

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