第21話 確執

 温泉を出てヒューたちと合流すると、早速夕食を食べに行くことになった。だいぶ先に風呂を終えていたらしい男二人は、レナが来るのを待っていてくれたようだ。レナは小さく頭を下げて言った。

「ごめんなさい、遅くなって」

「いや」

 ヒューは短くそう答えた。彼の顔にちらりと目をやると、どこかけんのある表情だ。レナが遅いことに怒っているのか、それともエヴァンと何かあったのだろうか。とても聞く勇気はない。

 食堂は客でいっぱいだった。どうやらそのうち三分の一ぐらいの面積は、ハンターの大きなグループで占められているようだった。テーブルの上をジョッキと酒瓶でいっぱいにして、楽しそうに騒いでいる。大部屋が埋まっていたのは彼らのせいかもしれない。

 席についたレナは、赤ワインと、獣肉とキノコのソテーを頼んだ。肉もキノコも、近くの山岳地帯で採れたものらしい。首都キルグライスのように山と海の幸両方とはいかないが、片方は堪能できそうだ。

 男二人も、肉料理と赤ワインにしたようだった。全員の料理が揃うと、誰からともなく食べ始める。会話は無く、周囲の喧騒ばかりが耳に入る。レナは残り二人の様子をちらちらとうかがったが、どちらも顔を上げようともしなかった。

 レナは陰鬱な気分で、食事を口に運んだ。せっかく雰囲気も良くなってきたと思っていたのに、また逆戻りだ。仕事が終わるまでずっとこんな感じでは、息が詰まってしまう。

 ラスさんが居ればよかったのに、とつい思ってしまった。きっと、エヴァンが来た夜のように、話を盛り上げてくれただろう。

 いや、他人に頼ってばかりではだめだ、自分でなんとかしないと。今回の仕事は、レナが主役なのだ。実際に魔獣に会えばヒューが指揮をるのだろうが、レナがパーティーリーダーと言えなくもない。

 ワインをぐいっと飲んで、こっそりと深呼吸したあと、レナは努めて明るい口調で言った。

「このお肉、おいしいですよね。癖があるけど、ワインと合ってて」

 レナは男二人を交互に見た。せめて顔を上げてくれるのを期待したのだが、

「そだね」

 反応といえばヒューの一言だけだった。エヴァンは完全に無反応だ。二人とも、黙々と食事を続けている。

(うう)

 めげそうになりながらも、別の話題を考え始める。何か仕事のことでも質問してみるのがいいだろうか。魔獣と会った時の作戦だとか。

「おかわりいかがですかー?」

 突然声をかけられて、レナはぱっと顔を上げた。恐らく自分より若い、可愛らしい服を着た女の店員が、酒瓶を持ってにこにこしている。手元のグラスに目をやると、空になっていた。

 レナは追加を注文すると、一口飲んだ。カタン、と音を立ててグラスをテーブルに置く。

(今度こそ……)

 気合を入れ、レナは再び挑戦することにした。


 その後、何度か話題提供を試みたものの、結局のところ、あまり上手くはいかなかった。少しは会話が成立した時もあったが、すぐに途切れてしまう。それに、会話と言ってもレナとヒューの間か、レナとエヴァンの間でのことで、男二人は決してお互いに会話しようとはしなかった。

 の度にワインを飲んでいたものだから、レナはすっかり酔っぱらってしまった。こんなに飲んだのは初めてだ。酔うとどうなるのか自分でも知らなかったのだが、どうやらひたすら眠くなる性質たちらしい。暴れたりしなくてよかった、と人ごとのように考える。

 瞼が落ちそうになって、慌てて首を振る。さっきからずっとうとうとしているし、なにやら短い夢まで見ている気がする。さすがに見かねたのか、ヒューが心配そうな口調で言った。

「レナちゃん、大丈夫?」

「らいじょ……だいじょぶ、です」

 はっきり答えたつもりが、呂律ろれつが回っていなかった。エヴァンも心配しているのか、ちらちらとレナの方を見ている。今なら三人で会話になりそうな気もしたが、もう新しい話題を考える気力がない。

 気が付くと、目の前に水の入ったジョッキが置かれていた。誰かが頼んでくれたらしい。ごくごくと半分ぐらいを一気に飲むと、少し頭がすっきりした。

 目をぱちぱちとさせる。いつの間にかエヴァンの姿は見えないし、向かいの席に座っていたはずのヒューは隣にいる。どれぐらいの間かは分からないが、眠っていたらしい。

 どうやら、思った以上に飲んでしまっていたようだ。ヒューたちと一緒にいる時でよかった、と肝を冷やす。

「よくないよ、飲みすぎは」

 呆れたようにヒューに言われ、レナは少しむっとしてしまった。そもそも彼らが仲良くしてくれたら、こんなことにならずに済んだのに。

 残った水を飲み干して、席を立つ。視界が揺れて、それと一緒に体も揺れた。足をもつれさせたところを、ヒューに支えられる。

 ヒューに手を引かれ、客室のある二階へと向かった。階段の途中で、レナはぽつりと言った。

「エヴァンさんは、悪い人じゃないです」

 その言葉を聞いて、ヒューはぴくりと眉を動かした。冷たい視線でレナを見下ろすと、押し殺したような声で言った。

「どうしてあいつの肩を持つの? レナちゃんが狙われてるかもしれないんだよ?」

「それは」

 彼の口調の中に怒りの気配を感じて、レナは胸の奥が冷たく、苦しくなった。露店広場の話をしようと思っていたのに、言葉が出てこない。

 無言のまま、二階に着く。立ち止まったヒューは、腕を組んでレナの顔をじっと見た。

 露店広場の話をすれば、少しは考えを変えてくれるだろうか。それとも、馬鹿にされるだけなんだろうか。そんなことで分かるわけないって。

「答えてよ。早く」

 急かすようにヒューが言う。黙ったままのレナに対して、ヒューはわざとらしくため息をついた。何か言わなきゃと思うのに、言葉が出ない。

 レナは唇を強く噛み締めた。不意に、まぶたの端から、ぽろり、と涙が一粒こぼれた。ヒューはそれを見てぎょっとしたようだったが、何も言わなかった。

 くるりと身をひるがえし、レナは逃げるように走り去った。

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