せんせい

南無山 慶

第1話

「みち。みちはさ、女教師好きだったよねー。

じゃあさ、今日私が先生みたいな格好で行ったらドキドキしちゃうぅ?」


あやかからメールが入ってきたのは、待ち合わせの30分前だった。

もう部屋を出てるんじゃないの?と思いつつも、

「も、もちろんです、、、」


と、気弱な返事を送った。


待ち合わせ場所、郊外のショッピングモールの立体駐車場の片隅でスピードを落としてその姿を探す。

平日の午前中は車も人も少ない。


白いブラウス姿の女性をみつけた。

あやかだった。


ゆっくりと目の前に車を停めるとあやかがさっと乗ってきて、俺は車を走らせた。


20分ほどで、ホテルに着く。

この塀をくぐるのは2度目だった。


さっきのメールの件には俺は触れられなかった。あやかの姿を見てからの俺は、すっかり気弱な少年に成り下がってしまっていたし、あやかはどこか、話しかけてはいけないような雰囲気を放っていた。


たまに言葉を交わしたことといえば、久しぶり、元気だった?、ここ右でいいんだっけ?、なにか食べる?、くらいだった。そして、最後になってようやく、このあいだと同じところでいいかな?と聞いた。


助手席から降りてきたあやかを改めて見つめた

黒いパンプス。細めな、8センチほどのかかとのもの。

グレーのタイトスカートはひざを隠さないほどの丈

黒いストッキング。

白いブラウスは襟とボタンが丸めで大きめだった。柔らかくタイのようにスカーフが巻かれていた。

美しい顔は清楚に化粧がされていた。少し、赤が深い紅。

髪の毛はボリュームを抑えるようにセットされていた。ショートの隙間からピアスが見える。

肩には少し大きめのトートバッグ。黒くて、しなやかな素材に見えた。


あやかせんせい、だった。

「。。。」

言葉を失った。

単純に、美しかった。美しいという言葉以外にはなにも必要のない女性がそこにいた。


先生は視点を俺に合わせずに、斜め上や自分のすぐ近くの何点かを短く見つめたあと、上目遣いにこちらを見て

「こんにちは。みちくん」

小さな声で言った。


二人の間の距離、3歩ほどの距離の彼方のその女性、あやかであり先生に向かって俺は精一杯答える

「こ、んにち、は。。せんせ。。。」

心ここにあらず、といった顔をしていたと思う。

「きれいだよ、あやか!ううん、あやかせんせ!」

とでも言えばよかったと思う。でも、言葉にならない。


あやかは小さく微笑んだ。緊張がほぐれたと言ったほうがよさそうで、大きくひとつ息を吐きながら

「よかったぁー」

と言った。大きな声だった

「せんせーに見える?」


「いや、見えるとか、見えないとか、、、 すごいよ。あやか。なんだろう。大好きだよ。ありがとう。。感動してるし、、、 綺麗うん。ほんとに。綺麗だよ。。。」

改めて頭の先からつま先まで見つめて言った。

「ありがとうございます、先生。」

左手を差し出した。


「えへへ」

と笑いながらあやかは腕を組んできた。

「みちくんのためにせんせいになってきたんですよ?」

斜め下から覗き込まれ、ドキドキした。心臓が口から飛び出すほどドキドキした。必死で落ち着きを装って、右手であやかの頭をそっとなでた。

「かわいいよ。ほんとに。ありがとう。」

「あー。先生にはちゃんとした言葉で話さないとダメだよ」

「あー。そ、そですね。すみません。せんせ。」

フフっと笑いながら言ってみたものの

(やばい。完全にあやかペースだ、、、)

と、心臓の高鳴りをまるで抑えることができないまま、部屋に入った

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