イミタシオン・ヘルト〜神殺しの英雄〜

煉獄の業火を放つ鶏

第1話

 激しい豪雨が血の海を洗い流し、燃える木々を消化する。

 辺りは魔獣が食い散らかしたであろう死体が沢山あり、その死体の中には僕の知り合いの冒険者も居た。

 僕以外の冒険者は勇敢に魔物の大群に立ち向かいそして散って行ったのだ。

 僕はその光景を、魔物に蹂躙されるところを見ていることしかできなかった。足が鉛のように重くて、大量の魔物に畏怖していたのだ。

 見ていることしかできなかった後悔に押しつぶされ、己の弱さを実感させられる。

 それでも……それだけでも彼女だけは救けたい。

 彼女に護れてばかりの僕だったけど今だけでも護りたい。……だから動いてくれ僕の足!

 僕は竦んでいた足を動かして、彼女の元に駆けつける。

 狩って、狩って、狩って、剣が血の色に染まって切れ味が落ちても斬り続けた。

 自分の血か返り血なのかも判別がつかない程全身が血に濡れた頃、魔物を全て狩り尽くした。

 僕は肩で息をし、その場に崩れる。

「アイネ……良かっ……た」

「私を助けてくれてありがとう。レイクスの

 後ろ姿とても格好良かったわ」

 真紅の瞳に茜色の長髪、手の甲に紋章が刻まれた彼女――アイネ=グリムレイドは微笑んだ。

「格好良くなんてない! 僕は恐怖で足が竦んで、皆が殺されるところを見ていることしかできなかった」

「それでも私を助けてくれた。レイクスの方が私より弱いのに」

「それは……アイネが好きだから」

 僕の顔が熱くなる。アイネに顔が赤くなっているのがバレないか心配だ。

「惚気話は終わりか?」

 低い男の声が聞こえ、空間から覆面を被った男が現れた。

 こいつからは人間ではない異様な空気を感じる。

「もしかして貴方がこの惨状を招いたの?」

 緊迫した空気に包まれる中、アイネが問い掛ける。

「ああ、そうだ。俺がこの惨状を招いた。まだ本調子じゃないから調節が難しいな」

「何でそんなこと……」

 男は鼻で笑い、

「それはなお前を殺す為だ。しかし、ただお前らを殺すのはつまらん。そこでだ、取引

 をしよう」

「取引ですって?」

「ああ、そこの少年を見逃してやるからお前の身を差し出せ」

「……分かったわ。その取引受けましょう」

「 アイネが死ぬ必要なんてない! あいつの言っていることは戯言だ!僕達で戦えばきっと殺せる!!」

 僕は声を荒げてアイネを止める。

「残念だけどレイクス……それは無理よ」

「何でだよ? 僕達だったら何でもできるってアイネが言ってたじゃないか」

「あれは人間を超えた存在よ。私達でどうこうできる筈がないわ。だからレイクスだけでも生きて。貴方が私を助けてくれたから私も貴方を助ける」

「……覚悟は決まったか」

「ええ、決まったわ」

 そう言って、アイネが男の元に行くところを僕は手を掴んで止めた。

「……離して」

「アイネが死ぬなら僕も死ぬ。だから一緒に……」

『バインド』

 僕の言葉を遮ってアイネが拘束魔法を僕にかけた。

 手足が拘束されて僕は前のめりに倒れる。

「ごめん、レイクス。貴方には生きて欲しいの。これが私の願いだから」

 僕はアイネの言っていることが理解できないまま唇を奪われた。

「さようなら……レイクス」

 別れの言葉を残してアイネは行ってしまった。

「どうしてだよ! アイネが居ない未来なんて僕は望まない! だから僕を、僕を置いてかないでくれよ」

 掠れた声で訴えるがアイネが振り返ることはく、男と話す声が聞こえる。

「約束は守って貰うわよ」

「良かろう。俺はあの少年を殺さない。印の無い、無能など殺さずとも勝手に朽ち果てる」

「あら、そんな強気で良いのかしら? 寝首を掻かれても知らないわよ」

「それは面白いな。その言葉を胸の内にでも刻むとしよう。与太話はこれで終いだ。楽に殺してやる」

「彼に伝えたいことがあるから、伝えたら殺していいわよ」


「レイクス……」

 アイネは穏やかな笑みを浮かべ、潤んだ瞳で僕を見つめた。

「愛してる」

 笑顔から涙が溢れ落ち、そして吐血した。

 そのままアイネは倒れ、背中に大きな穴が空き、そこから大量の血が溢れていた。

 声にもならない叫び声が上がる。

 アイネが死んだ? そんな筈がない。アイネは強いから負ける訳がない。

 しかしそれは、ただの幻想だと気付かされる。

 アイネによって拘束されたバインドが淡い光となって消えた。

 それは術者が死んだということを証明してのだ。

 僕は絶望と男に対しての怒りの気持ちが募る。

「目的は果たした。俺は完全なる復活の為に眠る。その間に強くなれたら相手してやる」

「おい、待てよ」

 そう言い残して立ち去ろうとする男を僕は止める。

「待てって言ってるんだよ!」

 僕の呼びかけを無視する男に僕は血に濡れた剣で襲いかかる。

 しかしその攻撃は、見向きもせず男に止められ、剣先を折られた。

 そして、男は振り返り、

「次、攻撃したら殺すぞ」

 覆面から溢れでる殺気と鋭い視線に当てられ、僕は身を強張らせ、男が消えるまで立ち尽くした。


 僕は何の為に生き残ったのか分からない。他の冒険者は全員見殺しにし、恋人のアイネまで殺されてしまった。

 本当に愚かだ。自分が無様過ぎて笑いが込み上げてくる。


 何が救けたいだよ! 僕は冒険者を見殺しにした罪から逃げたくて重たい足を動かしただけじゃないか!

 アイネを護って自己満足に浸りたかっただけじゃないか!

 殺されたアイネの敵すら討てなかった。死ぬのが怖くってそこから動けなかった。

 何が自分も死ぬだよ。出来てないじゃないか。


 結局僕は……何一つ変わってないじゃないか。

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