灰色の夢

くさかみのる

灰色の夢

 灰色の夢だ。オレの夢はいつだって灰色ではじまり、赤で終わる。

 変わることなく繰り返される光景。ウンザリできたなら救われただろう。だが現実は違う。毎回驚くほどに泣かされるんだ。あの過去に日を繰り返す灰色の夢に。絶叫して、逃げて、叫んで、赤に染まるシーンで夢から醒める。

 今日だって、そうだった。



「っは、っ……っうぇ」

 胃から込みあげそうになる得体のしれない不快感に口元を手で覆うが、食べ物など入れていない胃から逆流してくるものはない。それでも嘔吐えずきが治まらないのだから神様を呪ってやりたくもなる。

 視界が揺れている。まだ脳が夢と現実を区別できていないのだろうか。いやそんなことはない、なぜなら世界がグレーではないのだから。

 見慣れない場所だ。天井から手錠がぶらさがっている。最近まで使われていたのだろう、鍵の部分がひどく傷ついている。またわずかだが血痕も確認できた。

 足元がゆれる。

「よぉ相棒、起きたかい?」

 声が聞こえた方を向けば扉を背に男が立っていた。

 大柄な男で、扉よりもさらに伸びた首を持つ彼は小さな扉の前で余計に大きく見える。

「……お前、は」

土倉つちくら 信彦ぶのひこ。って、お前さんにゃ自己紹介した気がするんだがな」

 言ってタバコを差し出しながら口元を上げて笑う土倉。受け取りながら思い出そうとするが、うまく情報が出てこない。

 40代手前だろうか、よれたスーツを着たニヤケ顔をする男で無精髭まで生やしている。愛嬌があるといえば聞こえはいいが正直、胡散臭い。土倉はオレが見ていることに気づくとタバコに火をつけ、そのままジッポを投げてよこした。

「船酔いか?」

「だろうな」

「外の空気に当たるといいらしいぜ。歩けるなら連れてってやるよ」

「1人で行ける」

 助けは要らないと出された手を無視してタバコに火をつけジッポを投げ返す。

 肺いっぱいに煙を吸い込むと、ふらつく足で甲板に出た。

 潮の匂いがしない。海ではなく湖なのだろう。頬をたたく風はきつく痛いほどだ。

「相棒、気分はどうだい?」

「中よりマシだな」

「ならこのまま外にいるか? もうすぐ下船だろうしよ」

 デッキの柵に腕をのせて前を見る土倉の視線を追いかけると、小さく島が見えた。

 冷たい空気のおかげで頭が冴えてくる。そう、オレと土倉は警察で、目の前にある島に用があるのだ。

「あれが、脱獄犯が逃げ込んだっていう島なのか?」

「連絡によりゃそうだな。元は無人島で、リゾート地にするための開発工事中らしい。ったく、面倒なところに隠れてくれたもんだぜ」

「開発途中なら島にいる人間は少ないだろう。探しやすいんじゃないのか?」

「残念ながら、人の手が入ってない場所が多い。森に隠れられちまえば探索は骨が折れる。だろ?」

「そう、だろうか」

 オレのつぶやきに土倉は肩を竦めた。

 仕事内容は簡単だ。島に逃げ込んだ脱獄犯を探すだけ。調査に当たるのがオレと土倉の二人なのは、大人の事情のためだ。オープン前のリゾート施設に余計な噂を立てたくないという希望を上司が聞いてしまったから。

 脱獄犯は殺人未遂を起こした小僧だと聞くが、見つかるかどうかは五分五分。森に逃げてしまえば土倉の言うとおり捜査は困難を期すだろう。だが同時にこうも思うのだ、脱獄してきたばかりの小僧が地理も知らない、食料のありかも分からない森に入るのかと。

 死ぬつもりでもなければ、正常者は未知の森に足を踏み入れたりしない。小僧の精神鑑定は正常値だったと聞いている。頭は通常の人間と同じレベル。だとするのなら脱獄し、飲まず食わずで逃げてきて、体力も底をつきそうな状態で森に入るとは思えない。

 隠れるとすれば建設途中の施設のどこか。

「ともかく、港に着いたらオーナーとお話だとよ」

「誰だそれは」

「この島に、リゾート施設を作ろうって考えた頭のおかしい女だよ」

「女」

 どくりと心臓がはねた。

 なぜだろう。あの島に女がいると聞いた瞬間に違和感が体中を駆け巡った。

 当然のように、島には男しかいないのだと思い込んでいたのだ。なぜだろうか。分からない。

 ただ違和感だけが残る。

「どうした? 青い顔して。まさか吐くつもりか!?」

「いや……髪色は?」

「は?」

「その女の髪色は、なんだ」

「知るわけないだろ相棒。女にはまだ会ってないんだ」

「……」

 船の汽笛が鳴る。上陸の合図だ。

 音が、波の音が消えていく。

「嵐が来るな」

 土倉の声が、やけに耳にこびりついた。




 Twitterで会話して、書けと言われたから一部だけ書いた!

 書いたから!!

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