僕、男の子だけどエッチな声優がんばります!
池田コント
第1話 不本意な告白
抜けるような、気持ちのよい青空が頭上に広がっていた。
昼間から顔を出していた青白い月を早駆けの厚い雲がさっと隠してしまった。
学校の屋上。放課後。
学校の敷地周辺には背の高い建物がなく、青い田畑が延々と続いている見晴らしのよい景色が広がる。気合いの入った運動部のかけ声がグラウンドから昇ってきていた。
「こんなところに呼び出して、ごめん」
目の前の男子が話し始めて、ハッと我に返る。
彼は隣の隣のクラスの同級生、早坂くん。成績優秀、眉目秀麗、スポーツ万能と三拍子揃った高身長の男子で、真面目な人柄の非の打ち所のない人気者だ。
面識はあるがこれといって会話をした覚えはない。
「呼び出した理由は、もしかしたら薄々気がついているかも知れないけど……」
『大切な話があるので放課後一人で屋上に来て欲しい』としたためられた手紙に呼び出されたままに来ただけで皆目見当がつかない。
果たして、女子に人気のイケメンが言うことは、
「俺、君のことが好きなんだ」
(え? それって……)
「君がプリントをバラまくところやお茶をこぼすところにいあわせて、最初はなんてドジな子なんだろうと思っていたんだけど、段々目が離せなくなって、今では一日中君のことばかり考えている。君に恋をしてしまったんだ……君が好きなんだ」
彼の言葉がじわじわと頭に染みこんできて、ようやく気づく。
これは告白なのだと。
真剣な彼の瞳。
意識した途端心臓が早鐘のように脈打ち始め、視界がグラグラ揺れてくる。血液が燃えるように自己主張し、体中をめぐっていく。酸素が薄くなった気がするのは、学校の土地が盛り上がって高い場所へ昇っているせいか。いや、そんなはずはない。
「いきなり付き合ってくれとは言わない。けど、交際を前提に友だちから始めてはくれないか。もちろん、恋人からでも構わない。お願い、します」
早坂くんは深く頭を下げると同時に右手をのばしてきた。首の後ろがびっくりするほど赤く染まっていて、
(ああ、彼も恥ずかしいんだ)と思った。
友だちという響きが少し魅力的に聞こえたけれど、交際前提とあってはうっかりその手をつかむわけにはいかない。自分の手をひっこめる。
「ごめん、気持ちはすごく嬉しいけど……だけど、その、ごめん。でも、だって……」
突然風が吹いた。吹き飛ばされそうなほど強い風。
けれど、スカートはなびかない。
そもそもスカートをはいてない。なぜかって、
「僕は男の子だからッ!」
僕こと
「僕はホモじゃないから!」
「俺だって違う! 好きになったのがたまたま君だっただけだ!」
「ホモはみんなそう言うのら!」
「のらっ!?」
(か、かんだ……!)
「と、とにかくっ、男の子が男の子とラブラブするなんてそんなのおかしいよ!」
早坂くんの表情が落胆に陰る。
(そんなガッカリさせたいわけじゃないのに)
早坂くんは口を開く。
「おかしいのは、俺だってわかってる。でも、どうしようもないんだ。俺は君しか……」
「ご、ごめん、本当にごめん。早坂くんのことは嫌いじゃないけど……っだけど……友だちじゃダメかな?」
「それじゃダメなんだ……なあ、せめて一回でいいから」
「一回でいいから……?」
どんな要求をされるのか。握手か、許容して抱擁までならなんとか……。
早坂くんは懇願するように言った。
「キス、しよう」
「き、ききき、キス!?」
キスって接吻、マウストゥマウス!? 恋人がするやつ?
「ごめん。無理だよ。そんなの、できない」
「お願いだ。痛くしないから」
「痛いものなのッ!?」
手首をがしりと握られる。力強い男らしさに僕の手は震えて逃れることができない。
許容範囲外の強要。衝撃的に過ぎる襲撃。具体的には迫る早坂君の顔。目。唇。
強迫な恐怖に顔を背けるも、直前に顎をつかまれて強引に顔を向けさせられ、腰もがっしりつかまれて……。
「あっ」
早坂くんが気の緩んだ隙に渾身の力を振り絞って、脱兎のごとく逃げ出す。
(友だちになりたいって言ってくれたらよかったのに)
昼時に一緒に食事をしたり、空いた時間に昨日みたテレビの話をするような、普通の男友だちに。
「待って!」
つかまれた手首を、渾身の力で振りほどく。
(痛……ッ)
変に力を入れて筋を痛めたか。しかし、体力測定では女子平均にも劣る僕の筋力ではそうでもしなければ逃れられない。笑いがこみ上げるほど、僕は弱いのだ。
ともかく今は逃げなければと走り出し……。
ボイン。
なにかにぶつかって跳ねとばされた。
屋上の扉のところだ。コンクリート壁の硬い感触ではなく、弾力があってやわらかく、衝突しても痛みはない。
(マシュマロのような……うーん、確かにさわったことはあるんだけどなんだっけ、このぽよんぽよん)
「んっ……」
その正体を見極めようと目をこらして、
「わっわっわわわわっ……ごめんなさい!」
女の子のおっぱいをじっと見つめている自分に気づいて慌てて謝った。
背の高い女子だった。僕が小柄なこともあるが、僕の目線の高さはせいぜい彼女の胸元の高さでしかなく、顔を見ようとしたら見上げなくてはいけない。
僕からぶつかったというのによろけたのはむしろ僕の方で、彼女は豊かな胸以外いささかも揺るがない。うちのブレザーの制服じゃなく、黒のセーラー服を着ているが、その少々レトロな雰囲気がよくなじんでいる。
彼女を見て、僕は、
(幽霊みたいだ)
と思った。
肩の下くらいまである黒髪はとてもつややかで美しいにもかかわらず、前髪は切りそろえておらず伸びるに任せている。おかげで目元はよく見えない。
肌は病的なまでに白く透き通っていて、肌というより陶器といった方がしっくりくる。
背が高いのに制服から出た首や腕はほっそりとしていて、なのに胸だけは不釣り合いなほど大きくて、
(そして、やわらかい……って僕はなにを!?)
「これ……て……ロゲ」
ボソボソと聞き取りづらいつぶやきは、幽霊っぽさに拍車をかける。
「え、あの、その……そ、そこ通りたくて、その……どいて欲しいなって……」
果敢に交渉を試みるも、彼女はいきなりガシッと僕の肩をつかみ、
「これなんてエロゲだーッ!」
絶叫した。多分絶叫。目の前でこんなにも大きな声を出された経験がないので暫定一位とするしかない。なにもかにもが全部吹き飛んでしまうんじゃないかというほどの叫声は彼女が僕の肩をしっかりつかんでいたから吹き飛ばずに済んだ。
「エ、エロゲ……? って……?」
聞き慣れない単語だ。なんとなくエッチなことのような予感はする。
(エロってついてるから)
でも、彼女は疑問には答えてはくれず、それどころか僕の戸惑いや、この状況や、この距離感や、ここが学校であるといったことにはまったく注意がいかない様子で、長い前髪からやっとのぞけた瞳はまっすぐに僕を見ていた。
「え、あれ……? なんで……嘘、本当に? マジで? この子、女の子じゃない」
スンスンと鼻を鳴らして彼女は驚愕する。まるで嗅覚で性別を判別したかのように。
そして、僕のコンプレックスを刺激する。
「こんなに声も見た目も、女の子なのに! 男の子だ、この子は!」
その目は切れ長で凜々しく、でも今は泣いたように赤くなっていて、僕の両肩をつかんで離してくれなくて、それはそう、とても、異常なまでに興奮した様子で、大切なおもちゃを取り上げられたような剣幕で、彼女は叫んだ。
「せっかく! 理想のヒロインにピッタリなのに! 新作のシチュにそっくりなのに! 今からでも女の子になれよ! 生まれ直してよ! なんでここで終わりにするんだ。最後までしろよ!」
「ふぇぇ……? な、なんのこと!?」
意味が理解できない。
「逃げたのに追いつかれて暗がりに追い込まれろよ! 嫌がるところに歪な情愛を注ぎ込まれて、抵抗むなしく●されろよ! 軽く拒否られた方が燃えるだろッ!? そこからがスタートだろッ!? 壁に追い詰められろ。金網バックってのがミソだ。荒々しい獣のような性欲にさらされて気持ちとは裏腹に感じちゃえよ、YOU! 屈服だ! 屈服だ! ほら、そこのお前もボーッとしてるんじゃない! 今だ、イケイケ、セッ●スだ! ア●ルにザ●メンぶちまけろッ!」
頭がポーッとなって、彼女の言っていることの半分も頭に入ってこなかった。
ただ、なにかとてつもなく無茶な要求をされているのはわかった。
ちらりと早坂くんを見てみる。彼は真っ赤な顔をしていて、目が合うなりバネ仕込みの人形のように勢いよく顔をそらした。第三者の介入により、自分を取り戻したのだろう。
「……ちっ。なんだよ。せっかくチャンスだと思ったのに……そう、めぐりあえたと思ったのよ」
僕たち要望に応えられないとわかったようで、幽霊の彼女は盛大なため息をついた。
その反応は心臓を鷲づかみにされたような気分にさせる。
すがるような思いでかろうじて聞き取れていたさっきの単語の一つを尋ねた。
「あ、あの……ザー●ンって一体なんですか?」
それが僕、美幸翼と。
彼女、直見ライチとの出会いだった。
思えば、僕はこのとき既にエロゲの幽霊に取り憑かれていたのかも知れない。
けれど。
僕はきっとこの出会いをずっと待っていた。
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