アイバト! 愛のバトル。つまりは女子高生がいっぱい出てきてバトルするだけの話

池田コント

第1話 如月イヴ

 花の匂いの香しい季節になった。

 小高い丘の坂道をせっせと登る途中で、左手には海まで続く街並みを見下ろせ、上には桜の樹が美しい。

 花びらの祝福を受けながら、私はここへたどり着いた。

 このときをどれだけ待っていたことか。

 喜びに心が震え、口元が緩むのを止められない。

「うふ……」

 止められない、止まらない。それならいいや、笑っちゃおう。

「……うふふふふふふ! よくぞ逃げずに待っていたですね!」

 ビシッと指を突きつける。

 その建物に。

 私の登校を首を長くして待ち望んでいた、私立霊験学園に。

 この私、天才剣術家にして超ドレッドノート級美少女、如月イヴの迫力に圧倒されては、創立三百年を誇る名門学園も恐れをなしたのか、一言も口にしない。

 一点の曇りもない白壁で、日本一の美校と謳われると聞いたがこの程度か。

 まぁ、外見もきれいだし伝統もあるのだから、今日から喜んで通ってやろうじゃないか。

 なにせ、イブは高等部一年生。花も恥じらう女子高生なのだから。

 この私に学歴と名誉とその他諸々のステータスを与えることを許してやろう。

「それに……」

 私はそっと鞄に忍ばせていた手紙を取り出して、潰さない程度にぎゅっと握りしめた。

 そうだ。ここにはあの人がいる。

 私の憧れの先輩、百合花塚恭子(ゆりはなづかきょうこ)さまがいる。

 あのすらりと伸びた素敵なおみ足がこの学園敷地内の土を踏み、あの可憐なお口がこの校舎の中の空気を吸っているのだ。

 つまり、間接キスならぬ関節足跡、間接呼吸。

「はぁうわぁああ! これはもはや恋人以上ワイフ未満の関係といっていいのではないでしょうか! ないでしょうかぁああ!」

 ドキドキするあまり、過呼吸に陥りそうになりながら、ハッと我に返る。

 落ち着け、落ち着くのよイヴ。素数を数えて、一、二、三……。

 この学園に入れば、百合花塚先輩とお近づきになれることは間違いない。あの長く美しい髪の毛を拾えることだってあるかも知れない。

 けれど、それが最終目標ではないのだ。

 なにせ、私は百合花塚先輩の生年月日も出身地も好きなものもスリーサイズも家族構成も知っているが、先輩はおそらく私のことをなにも知らない。

 私は、先輩のあどけない野苺のそばに並んでいるホクロの位置も知っているが、先輩は私の性感帯がどこかも知らないのだ。いざ致すとなったら、探り探りにするしかないのだ。

 探り探りに一つ一つ開発してもらうことは、私にとっては望むところだかが、そういう話でもない。

 先輩は私の好意を知らない。

 この燃え立つような好きの気持ちを、知らない。

 だから、私は、それを知ってもらおうと思った。

 もう一度、手紙を握りしめる。

 この手紙を今日こそ、渡す。

 そして、告白するのだ。

 先輩のことが、好きだって……。

 キンコーンカンコーン。

「あらら、いけません。始業式が始まっちゃうですね」

 私は慌てて校門をくぐる。

 ……その瞬間。

 じゃきーん!

 地面から無数の槍が隙間なく飛び出して、私のいた空間を貫いた。

 寸前で悪寒を感じ、後方へ飛び退かなければ、私は今頃スズメの焼き鳥のようになっていただろう。羽をむしって味塩コショウかけたスズメちゃんに竹串を刺しただけのヤツだ。つまり串刺しだ。

「これは……どういうことです?」

 当惑する私の耳に、聞き慣れた高笑いが聞こえてきたのはそのときだった。

「おーほっほっほっほ! さすが、稀代の劣等生イヴさんですわ。校則もお読みになってないと見えるわね」

「あなたは、犬吠埼麗華(いぬぼうさきれいか)!」

 かさばりそうな特大の縦ロールを巻いて、絵に描いたようなお嬢様が背後に現れた。

 この子は私とは小学校からの付き合いで、初めて同じクラスの隣の席になった頃からなにかとつっかかってくる。

 今日もどうやらそのつもりらしい。

「校則ってどういうことですか」

 麗華はわざとらしく自称エレガントな仕草で生徒手帳を広げると、あるページを読み上げる。

「校則の第十三条、その二、遅刻者には槍を持ってその登校を阻む」

 そして、自称エレガントな仕草で生徒手帳を閉じた。

「そんなバカな話が……」

「あら、おバカさんはどちらかしらね。ここは認識者専門の教育機関。数々の武術家、英雄、傭兵、暗殺者を輩出した歴史ある学園! 力こそ正義! 勝利こそ至上! 勝てば官軍! 生き残った者が歴史をつくる……そういう学園ですわよ!」

「な、なんですって……!」

 痺れるような衝撃が私の全身を駆け抜けた。

 学校案内もろくに読まなかったが、まさかこの学校がそんなトンデモ学園だったなんて。

 百合花塚先輩がいるからって、あとなんかここを卒業すると箔がついて就職に便利らしいって……その他のことを一切考えてなかった。

 なんてこと。

「ちなみに……こんな校則もあるわ」

 ショックを受けている私を、いかにも愉快そうに見つめていた麗華は、そのただでさえ蛇みたいな目に更に残虐そうな光を灯した。

「第二十条、弱者の恋愛を禁ず。学園内外を問わず、純不純、同性間異性間を問わず、一切の過度の交友を禁止する」

 な、なんてこと……。

 乙女は恋愛をするのが仕事だというのに、職務を放棄しろというのか?

 ニートになれってか?

 私は違うが、だらしない下半身とぷにぷにとした胸元のぜい肉しか取り柄のない女子高生などどうすればいいのだ。私は違うが。ただの脂肪の塊となってしまうじゃないか! 下品に男と見るや色目を使ってパコパコする以外、他に能なんてないんだから!

「弱者はうつつを抜かさず、日々の研鑽や鍛錬に励むべし……ただ、学園武術ランキングの上位者には恋愛や遊びも認められているわ。自分より弱いものに対し、愛の告白や交際することができる……ところで、あなた、憧れの先輩がいらしたんでしたっけねぇ?」

 麗華は私の好きな人のことも知っている。知ってて言っているのだ。

「ちなみに、ですけれど、百合花塚先輩の学園武術ランクは二位ですわ」

 つまり……。

 百合花塚先輩に告白するためには、先輩を倒して学園一位にならなければならない? あれ? 二位でもいいのか?

 強くなければ告白もできないというのか。

 なんて学校だ。なんて学校だ!

「おほほ……これは大変ねぇ。潔く諦めるしか他に手はないんじゃなくって? ためにならない妄想なんてやめにして身の丈に合った付き合いというものを覚えたらいかがかしら……あ、そうそう、そういえば、私ちょうど遊園地のチケットを……」

「諦める……? そうですね、ふふ……冗談きっついです!」

 私はブレザーの内ポケットから筆ペンを取り出すと、手紙の表に書いてある『恋文』の字にバッテンをつけてその横に『果たし状』と書き改めた。

「上等です! 学園最強の剣士として勇名をとどろかせ、必ずや告白をしてみせましょう」

 そう、先輩に想いを伝えるためになら先輩すら倒して見せる。

 待っていてください、先輩。このイブ、茨の道を登り切ってみせます。

 だが、そんな燃えに燃える私に、冷血女麗華は水を差す。

「……あはっ! 遅刻して死にかかっている人がなにをえらそうに! あなたなんか最下層で同級生と傷のなめ合いでもしているのがお似合いよ。身の程を知りなさい」

「なにをー! 私に同級生とペロペロしてろというですか。ごめんこうむる! 私は同い年のちんちくりんなんかじゃなく、豊かに実った年上ボディを堪能するです」

「ちんち……失礼ですわね! これでも出るとこ出てますのよ! 脱いだら、脱いだらすごいんですのよ! だいたい、学園上位どころかあなたは遅刻者。スタートラインにも立てていないじゃないですか」

「うぐ……誰もあなたのプロポーションの話などしとりゃーせんですが、確かにその通り……いや! いや! 否! よく考えたらあなただって遅刻してるでしょうが!」

「な、なんてこと! 気づかれました! そこに気づくだけの知能がおありでした!」

「むむ……なんて失礼な、むむむ……」

「むむむむ……」

『勝負!』

 異口同音に言い放ち、戦闘準備を開始する。

 私の武器は、日本刀。鞄から柄を取り出すと、自分の左胸に押し当てる。

「……んっ」

 刀身はない。したがってこのままでは斬れない、刺さらない。しかし私は斬りたい、刺しこみたい。ゆえに、必要なものは今この場で生成する。

「んんんっ、あっんんんっ……きて、きて、きてぇ……うん、よし、大丈夫。来たれ、霊刀エンジェルスワロー!」

 柄を握った右手を横に振るうと、心臓という鞘から抜き出すように銀に輝く刀身が生まれ出た。

 これぞ、私自身から生まれいでし霊刀。私にしか作れない、私だけの武器。

 心器。 

 自分の精神に宿した神霊を素とするこの武器はそう呼ばれている。

 対して、麗華も自分の胸のふくらみに柄を押しつけてそこから戦斧を生み出していた。

「ぅんん……うん……はぁぅうっん……ん、いらっしゃい、霊戦斧クリミナルエンプレス、私の覇道を切り拓くために!」

 鋭い視線を絡み合わせ、得物を構える。

 同時に、大地を蹴った。

 キィウイイイン!

 金属音にも似た霊気の衝突音が響き渡る。

 初撃は互角。いや、わずかに向こうの方が重い。背後に跳んで間合いをとろうとすると、すかさず麗華は踏み込んできた。戦斧を低く構えての突撃。

 だが、こちらの方が早い。体勢を正して二撃目。

 ガキイィイ!

 戦斧の刃ではなく、柄の先端で弾かれた。そして、麗華は瞬時にその場で一回転して遠心力と重みを乗せた強烈な一撃を放ってくる。

 丸太をも両断する力任せの一撃。

 私はぐっと外に流れた刀を引き寄せ、渾身の力で振り下ろす。狙いは麗華ではない。戦斧の方。

 グウィイイインイィ!

 ボカアアゥウウウア!

 地面が爆ぜた。

 戦斧の刃がふれた先は、巨大な獣の爪でえぐられたようにコンクリートがひっぺがされ、地肌がむき出しになって飛び散っている。

 弾けたコンクリートや小石がぶつかったのだろう、体のあちこちに小さな傷ができていた。

 なんとか戦斧の軌道をそらすことができた。が、麗華の技は、この一発の破壊力が怖い。直撃を喰らったらと思うと、震えが走る。

「相変わらずのバカ力でいやがりますね。ゴリラお嬢様」

 私がいうと、麗華は生意気な微笑を浮かべた。

「なんとでもおっしゃい。防戦一方ではありませんか」

 ムカッ!

 余裕ぶっていられるのも今のうちだ。すぐにその顔を敗けた悔しさでひきゆがませてやる。

 戦いの中でようやく気も乗ってきた。私はスロースターターなところがある。エンジンのかかりが遅いのだ。真の実力は、ここから始まる。

 左に半身を引き、背をかがめ低く保ち、左足を後ろにすると同時に右足に重心を置く。

 左手の親指と人差し指で輪を作り、そこに納刀するように霊刀を通す。すると、刀身を通した端から紺色の鞘が出現した。

「如月流抜刀術トキツバメ」

 気の高まりを感じる。鞘に納められた刃に澄んだ霊気が流れ込み、大気が鳴動していた。

 風の動きを肌で感じる。風の動きだけではない。風の流れてくるその先にあるものの、気配も一緒にふいてくる。

 今、目を閉じたとしても、麗華がどこに立っているのかがわかる。

 この空間が私の懐のうちに抱え込めるかのように、距離は狭く、身近に、懐かしくさえ思う。

 私が動けば刹那に決着する。

 トキツバメは神速の技。胸ばかり育って動きの遅い麗華に逃れるすべなどない。

「行きます!」

「くぅっ!」

 麗華が反応するのが見えた。遅い。

 スローモーションを見るかのようだ。

 私の刀は止められない。

「くらいやがりなさい、必殺の……ォお!?」

 ズルリッ!

 視界が揺れる。地面がぬかるむ。予想外の感覚に体勢が崩れた。

 なんだこれは、麗華の技か?

 いや、違った。視界の端に黄色い影を見つけた。

 バナナだ。

 バナナの皮だ。

 これでもかってくらい、まっ黄色な、どイエローな、キングオブバナナの皮だ。

「誰ですかこんなところでバナナを食べたのはー!」

 だが、私に怒りを表す時間も余裕もなかった。神速で動き出した私は神速でスピンアウトして空中で一回転、二回転、三回転……十回転!

 神速の勢いでガードレールの外に放り出されていた。

(わぁ……おばちゃんちが見えるぅ……)

 人間不思議なもので、こんなどうしようもない絶体絶命に瀕すると、案外のんきな思考になるらしい。現実逃避なのかしら。

 なんて場合ではなく、かといってどうすることもできず、私はせめてこのかわいい顔だけはきれいに残りますようにと祈りながら、落下していったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る