恋愛を騙る
夜飯
彼女を語る
愛というのは二人で育てるもの、恋というのは一人で抱くものと誰かが言っていた。その点で僕は恋を育てるのが上手かった。
布団に転がったまま十二時に迫る時計を見つめる。テレビをつけると各国代表の選手が陸上トラックの上を走っていた。
「おはようサツキ」
枕元へ声をかける、返事はない。
少し小突くと少し震えた。
「―――もう朝ですか」
間延びした声色。自分ももう少し寝ていてもいいと錯覚してしまう。
彼女と出会ったのは五月。
学校において人間関係が固まる頃合い。東京オリンピックが一年後に迫った二〇一九年。ぼくは何かに飢えていた。
よく知る人から恋愛奥手だと認知されていた僕、答えるは「真に好いたおなごが現れぬ」の一言だった。小学生の頃、とある女子の帰り道で先回りをし、路傍の花をちぎりとり、通学路に花道をつくったことがある。おもえばそれは一つのアプローチであり、奥手ではなかったのかもしれない。
そんな僕が手に入れた彼女との関係。小学生の僕が見たらどうおもうだろう。
彼女は人気だった。どれほど人気だったかというと、アイドルのライブチケットが開始十秒を経ずに売り切れるみたいに。
というより文字通り、僕は彼女を数千万人の欲望のなかから掴み取ったのだった。
布団から起き上がり,手のひらの上に彼女を乗せる。手のひらに収まる程度の彼女。雛鳥に触れるようにやさしくつかんだ。
彼女の存在を知ったのは誰かのツイートだっただろうか。検索エンジンの名前でしか聞いたことがない会社がAIモデルのテスターを募集をしていた。何かの期待を胸に応募フォームを踏んだ。人に寄り添うAIモデルの試験的運用―――利用規約にはそんな感じのことが書かれていが長ったらしく全部は読まない。最後に出てきたあなたがAIではないことを証明してくださいというチェックはブラックユーモアに富んでおり三文小説のネタになりそうだった。
忘れていたころに当選通知と共に端末が届いた。スマートホンと変わらないような外見。少し違ったのは液晶がとてもきれいだったこと。覗き込むと鏡としても使えそうだった。
AIモデルはテスターの求める人格になる。亡くなった配偶者、老後を共に過ごす孫のかたちで受け入れたテスターもいるらしい。僕はそこまでの希望は考えてなかった。友人に相談したところ、面白がり、冗談だろうか「お前にゃ、この先彼女の一人もできないだろうから。彼女になってもらえ」といわれた。僕はそれにのった。確かにこのまま生きていても恋心をいだくことはなさそうだから。
こうして僕に彼女ができた。
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