女子校産青林檎

弍ヶ下 鮎

第1話

 どんな退屈な日々にもそのうち明るい未来はやって来るのだと信じている。そう思っていないとこの鈍行のようにノロマな日々を生きていけない気がする。

 大人は学生時代を毎日が楽しかったと言い懐かしむけれど、当の私たちからはつまらない日々を過ぎた時間が美化しただけに思える。

 そんなつまらない日々にしがみついている私たちはまるで、紅く熟れるのを待ちながら風に揺れる青林檎のようだ。




 季節は暑くなってきた5月、今年はいつもよりも断然暑いけれど私と朝の登校風景は変わらない。満員電車に揺られ、密着してくる変に息の荒いおじさんの脛を蹴っ飛ばし、駅から延々と続く長い坂を登り崖の上の学校に辿り着く。電車の中ではしおらしくしている同じ制服を着た女の子たちも、校門に入ると本性を見せる。


 坂を登ったことで体が火照った女子高生たちのいる教室は少し丈の長いスカートを仰ぐ音で溢れていた。女子校の中は秘密の花園などではない。断じてない。そこかしこでカラスが羽ばたくようなバサバサという音がする。開いた窓から少し涼しい風が吹き込む。芳村凜音は窓際の席に着きつつ、隣の席に座る玉藻涼子に声をかけた。

「おはよー、藻。今日暑いねー」

「はよー。ほんと、まだ夏じゃないのにねー。スカート短くさせてくれよって感じ」

暑さのせいか涼子は不名誉な渾名を訂正する様子も見せずにうなだれたまま答える。それから頭を机につけたままこちらを向き、少し長くなったショートカットをクルクルと指に巻き付けていたと思ったら

「あー、暑い。髪軽くしに行こっ!」

と唐突に決断しスマートフォンを開く。ネットで美容院の予約を済ませるとこちらを向き、

「凜も短くしたら?」

と私の髪を見て言う。私の髪は背中の肩甲骨辺りの長さでたしかに少し重い。しかしショートカットにして似合わなかったら、と後のことを思うと切る決心がつかない。

「うーん、今の髪型気に入ってるし別に……」

「ほらいつも何も変わらないとか言ってばっかりなんだから、自分から変わらないと!」

「いやー、いいよ別に」

と相手が取り付く場所を無くすように無気力に答える。もう何度目にかなるやり取りだと思い直したのか涼子は先程と同じように机に突っ伏した。


 予鈴がなり、担任教諭がホームルームのために教室に入ってくる。と、その後に見慣れない若い男性が付いて入ってくるのを見て教室内のバサバサという音がなり止み、その音が今度はザワザワと隣の席の人間と話す声に変わる。教卓の前にたったおばさんの担任は手をパンパンと高く打ち鳴らすと

「静かにしてください。まず号令」

と日直の生徒に指示を出す。少し緊張気味の声で朝の挨拶を終えると、担任は

「皆さんも気になっていると思うので先にご紹介いたします。今日から教育実習でこのクラスを担当することになった篠崎彩人先生です。では、少し自己紹介をお願いします」

そう本人に自己紹介を促した。

「ご紹介に預かりました篠崎彩人といいます。これから3週間という短い時間ではありますが、みなさんと楽しい時間を過ごしていけたらと思います。よろしくお願いします」

と少々堅苦しい挨拶が終わったあと拍手と生徒の話し声でまた少し教室がざわつく。というのも教育実習というのは自分の卒業した学校に行くのが通例である。そしてこの学校は女子校だから男子の卒業生はいない。疑問が浮かぶのも当然だった。するとその疑問に答えるように担任が口を開く。

「篠崎先生がこの学校に教育実習に来たのは、先生の母校が今年は多くの教育実習生を抱えているという理由で受け入れの抽選から外れてしまったからです。学校ではあまり見かけない若い先生に現を抜かすことがないように勉学に励んでください。以上」

最後の発言は教室の笑いを誘い再度の歓迎の拍手と終わりの号令で朝のホームルームは閉められた。


 ホームルームが終わりふたりが出ていくと早速教育実習生への講評が行われる。

「結構かっこよかったよね!俳優の―――みたいな感じで!」

「あー、わかる。目のクリッとした感じとか髪型とかね」

「ああいうマッシュ系の髪型好みだなー、顔ちょっと童顔のカワイイ系だったよね」

「えー、あたしはあんまり好みじゃなかったな」

「ちょっと根暗そうじゃない?」

と散々に好き勝手なことを話しながら、みんな一様に熱っぽくなっているのはやはりここが女子校だからか。積極的な性格ではない私はその輪に加わろうとはせず、隣の涼子に

「あの先生のことどう思った?」

と声をかける。涼子は

「うちの学校じゃあ稀に見るカッコよさだったね。原じいとは比べ物にならないよ」

と答えた。原じいとは社会担当のおじいちゃん先生で、たしか今年で63になるはずだ。男子大学生と比べられてしまうとはあの人にとっても酷なことだろうなぁ、と同情しつつ薄い頭髪を思い出して笑ってしまう。これからの数日は面白いかもしれないとさっきまでの挨拶を思い出しながら考えた。

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