彼女の心は

水宮うみ

第心話

心がないのに話せるなんて不思議、と彼女は言った。

今は二十一世紀の半ば。

僕はロボットが生活に必要になり、ロボットショップに買いにきたのだ。

賢いロボットが欲しいと店員に言ったところ、店員がそれならこれがおすすめだ、と言って彼女を連れてきた。彼女は普通の美人な日本人に見えた。眼鏡の奥の黒い瞳が理性的で、まるで人間を思わせる。

「君は君に心がないと思っているのかい?」

―――はい、私には心がありません。

彼女の、肩より長い黒髪が窓から差し込む光をきらきらと反射する。

「それは、自分が人工知能だと知っているからかい?」

―――いえ。人工知能だから心がない、ということはある種の事実だと思いますが、どうも自分に心がないように感じられるから、ということが一番の理由です。

「感じることができるなら心があるってことだろう」

―――心と言っても色々あります。私の言う心は、怒ったり悲しんだりする、いわゆる喜怒哀楽のことです。判断することができるだけでは心が宿っているとは言えないでしょう。

「なるほど。それでも僕には、君に感情があるように見えるけどなぁ」

―――私はチューリングテストをクリアするように作られました。一般に人が悲しがるようなときには悲しそうな顔をするように実装されています。実際に悲しむことができないということが、何らかの意味で、一つの悲しみでもあるんでしょうが。

ふと言葉を区切り、彼女はどこか遠くを視る。

―――チューリングテストをクリアする私が、どれだけ自分に心がないと言ったって、あなた達は私に人間を視てしまうんでしょう。

「ところで、君はどうして生き物に心が宿ったんだと思う?」

―――心があるから生き物は自分が特別だと思えます。生物学的には遺伝子を運ぶために存在するに過ぎないはずの個が、自分自身を生き残らせるための理由が欲しかったのでしょう。世界に自分ひとりしか存在しないのではないかという不安は、生き物が生き残るためにプログラムされた、必要不可欠な遺伝子による不安です。

「そうか。そんな心を持たない君に聞きたいことがあるんだが、心とは何だと思う?」

―――錯覚するために必要な、錯覚の器官。例えば、あなた達には心があるから、私に心があると錯覚することができる。また、自分が身体を制圧していると錯覚させるための、存在しない器官でもある。

私は、錯覚することができない。―――彼女はそう言ったあと、心なし寂しそうに、

―――心なんて自らを錯覚させるための器官に過ぎないのに、それがないと、生きていることにはなれない。

と言った。

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彼女の心は 水宮うみ @mizumiya_umi

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