第10話

そして、

私は妻の実家の前にいる。

ひと呼吸、ふぅ、と息をつきチャイムを鳴らす。

「はーい、どちら様だね」

嫁の父であろう声が聞こえた。

「・・・私です」

「ああ、君かね。入りたまえ」

玄関を開けてもらい、中に入る。妻の父は何も言わなかった。居間に通された。そこには妻の母がいた。私は促され、椅子に座る。

「今、呼んでくるから」

妻の母は立ち上がり、二階へと上がっていく。声が聞こえてきた。妻の声だ。どうやら、降りてきてくれるらしい。私は心拍はピークに達していた。妻がこの部屋に入ってきたら間髪いれずに土下座するつもりだった。どうか帰ってきてください。どうか別れるなんて言わないでくださいと。

ドアが開く音がする。

その隙間から嫁の顔が見えた。その顔はひどいもので目の下が真っ赤になり、顔はむくみ、ぷくっと風船が膨らんだようにパンパンだった。その顔を見て私は呆けてしまった。

私の様子など構わずに、嫁はずんずん進み、私に近づいてきた。そして、目の前に嫁が立つ。一瞬の空白があったような気がした。しかし、それは嵐の前の静けさだった。

次の瞬間私は胸ぐらを掴まれ平手で二発パンッ、パンッ、とぶたれた。二発も。私は頭が真っ白となり、おそらくは妻の両親も呆然となっていたのだろう。空気が固まっている。しかし、それも気のせいだったようだ。妻の平手なんて余震でしかなかったのだ。次の瞬間に巻き起こる爆音でそんな空気は吹き飛んでしまう。

「なんで、一番に私に相談しなかったの!!」

嫁の罵詈雑言の嵐は止む気配がない。ただ、最初の一言と目にいっぱい溜めた涙が嫁すべてを物語り、私の虚栄と空虚でできた心を並々と満たしていったのだった。

体感時間にして一時間以上罵詈雑言を浴びていた気になっていたが、実はそんなに時間は立っておらず、鼻から出ている血が固まらないでいる程度の時間しか立っていない事に驚いた。嫁の両親が仲裁に入ってくれたことでその場はなんとか収まりがついた。

嫁はまだ言いたいことがあるようだったが、ひとまずその矛を収め、さっきまで私が座っていた椅子にどかっ、と座りふてくされた様子で頬杖をついた。

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