考え事。

 昼休みもあともう少しで終わるというところ、あたしは足早に生徒会室にいる三人とサヨナラする。

 かと言って教室に戻った所で特にする事などない。強いていえば次の授業の準備位だ。


「……全く、あのオヤジは何なの」


 誰もいない廊下にそんなあたしの独り言が木霊する。あたしは自慢のツインテールの片方を弄りながら早歩きで教室へと向かった。

 教室につくや否、一番仲のいい親友である佐藤 伊織があたしの元に駆け寄ってくる。

 ちなみに伊織を一言で表すとしたら、『花』だ。ブロンドのサラサラな髪と意思の強そうな真っ直ぐな瞳、それでいてスタイルも抜群。正しく今あたしのやってるゲームに例えるとメインヒロインと言うやつだろう。


「エリーどこいってたのさ!」

「あ、うん、ちょっと用事がね」

「ふーん」


 伊織はどこかあたしを疑うかのような瞳で見つめてくる。


「……さては、噂のお兄さんの所?」

「ち、違うし!!」


 少し拗ねながらそっぽを向く、その反応に対して伊織は、「ふーん」と疑う言葉を掛けてくるもんで、あたしは少しイラッときた。


「さ、さっさと次の授業の準備したら!」

「言われなくてももうおわってますよーんだ!」

「んグッ!」


 今の会話を見て分かる通り、あたしは伊織に弱い、あたしの痛いところばかりを付いてくる様は鬼畜主人公成分を思わせる。

 しかし、伊織は出来るやつなのだ、割と自分のスペックに自身のあるあたしでも、伊織はすごいと思う。

 例えるならば、太陽が伊織で月があたし、と言ったところだろうか?

 そんな口に出せば痛いヤツ確定のセリフを思い浮かべながら昼休み終了の鐘がなる。


「とりあえず、後でじっくり聞かせてねー!」

「気が向いたらね……」


 伊織はブロンドの髪をなびかせながら自分の席へと戻っていく。あたしはその後ろ姿を見て、ちょっとだけムカッとした。



 ××××××××××



 退屈な授業が始まると、いつもあたしは脳みそを半分授業に使い、もう半分は別の考え事に使う。そして今回その半分の考え事と言うのが、言うまでもなくオヤジの事だ。


「……えー、で、あるからして……」


 あたしは教卓に立つ先生の口癖に少し微笑んだ後、考え事に脳みそをフルに使うことにした。

 結局結論から言えば、あたしはあの父親が嫌いだ。どこをどう嫌いなのか聞かれたら数時間程ぶっ通しで喋れるほどに。


「(篝はどうするつもりなのかな?)」


 ふと篝の顔が思い浮かぶ、そう言えば篝は最近普通にあのオヤジと会話をしている。ごく自然に、あたしはそれに少しイラッとしている。それでも篝の事だ、何か考えがあるに違いない、だってあたしの大好きなお兄ちゃん何だから。


「(……あれ、そう言えばあたし、最初は篝の事が嫌いだった気が……)」


 その真相を紐解くには、幼少時代まで遡らなくてはならない。なんて、よくあるドキュメンタリー番組で使われる言葉と共にあたしは過去の記憶にダイブしていく。



 ×××××××××××



「ママー、俺学校いきたくないよ!」


 それが篝の毎朝の口癖だった。それを何とか言いくるめ学校に行かせるお母さんの行動は毎朝の恒例行事。そして、


「チッ、気持ち悪い」


 そんな光景を横目に、舌打ちと罵倒を吐くのも毎朝の恒例行事だった。

 そんな篝の重度のマザコンは治るはずもなく、悪化していく。そして篝のマザコン全盛期とも言えるだろう中学時代。丁度今の高校の学年を、そのまま中学に移した、つまりあたしが中学一年生だった頃。

 実を言うとあたしは中学時代、あまり仲のいい友達というものがいなかった。なので授業間の休みや、昼休みなどはずっと教室で一人だった。

 そんなある日、クラスの中心グループである一人の女子がいつも一人でいるあたしにちょっかいを出してくるようになった。しかしその内容と言っても対した事ではなく、あたし的にはイジメ、とかではなくただ軽く弄られている。という認識だった。そんなある日、放課後、いつも通り誰もいない教室で身支度を済ませていると、クラスの中心グループである、一人の女子がやって来た。

 あたしは、「あぁ、また弄りに来たのか」なんて軽い認識でせめて一言挨拶を掛けて帰ろうと席を立ち上がる。


「え、と、サヨナラ」


 あたしが一言そう言うと女子はあたしを嫉妬と憤怒が混じったなんとも言えない目で見つめてくる。


「ねぇ、エリーってさ……ウザいよね?」


 その一言であたしはやっと理解した、これまでのあれはいじりではなく、イジメだったのだと。


「ご、ごめんなさい……」


 あたしは初めて他人から投げつけられた暴言にそう返すしか無かった。


「そういう所とかホントウザい! 何でアンタ見たいなのが篝先輩の妹なの! アンタよりアタシの方が相応しいし!」


 あぁ、そうかこの人はあのマザコン兄が好きなのか、と言うかあたしが今こうなってるのは全部兄のせいだ。

 ……だからあたしは目の前の女子にこう言おうとした。「あたしの兄はドがつくほどのマザコン何だよ?」と。

 でも、何故かその言葉が出せなかった。


「何とか言ったらどうなの!」

「……ごめんなさい」

「だからゴメンじゃないから!」


 そして女子はあたしの胸ぐらを掴もうと近寄る。あたしはこれから行われる暴力を覚悟して目をつぶった。しかし、数秒待ってもあたしの胸ぐらは掴まれる様子はない。


「俺の妹をいじめるな!!」


 そんな聞きなれた声と共に目を開ける。そして見えたのは、割とガッチリしてる後ろ姿と窓から差し込む夕日と被ってぼやけて見える黒髪。正しく例のマザコン兄だった。


「か、篝先輩、これは、その……」

「もう二度とエリーにちょっかい出すな!」

「でも……」


 目の前で女子と兄が言い争っている。こんな必死な兄は見たことがない。家ではお母さんに抱きついて甘えているのに。

 気がつくと女子はどこかに走り去っていた。


「どうして……」


 あたしはまず感謝ではなく兄にそういった。兄だって聞こえているはずだ。毎朝あたしが兄に舌打ちと罵倒を浴びせていることを。


「……あたし、アンタの事が嫌いって分かってるでしょ! それなのに、なんで……」


 あたしは気づけば兄の胸を強く叩いていた。兄はそれを受け止め困った顔を浮かべている。そして言ったのだ。


「それでもエリーは俺の大事な妹だから、それに、家族を大事にしない俺はママがきらいって……」


 いつの間にかあたしは涙が零しながら兄に抱きついていた。そんなあたしの頭をあたしが泣き止むまでずっと兄が撫でていてくれた。


「……ヒグッ、グス、ひ、一言余計、だし!」


 それでもその言葉だけは今でも鮮明に覚えているのだ。「俺の大事な妹」と言う言葉を。

 それからあたしは兄を、、篝を好きになった。自分でもチョロいなぁー、とは思うけれど。あの日の、まるでテンプレのような兄の行動はあたしのハートを射抜くには簡単だったのだ。

 そんな事があってから数日たったある日、突然お母さんの出張が決まった。あたしもそれなりにショックではあったが、姉に酷いことをしたオヤジも出ていくと知り、内心スカッとした。しかし、ドがつくほどのマザコンである篝を撃沈指せるには簡単な出来事で、お母さんが出ていって数日もしないうちに篝は見る見るうちに痩せこけていった。

 そんな篝にあたしが出来ることは無いかと考え、そしてしたのが、朝起きると妹がブラコンになってましたドッキリだ。あたしが篝のベットに忍び込む際、何故かアイリとバッタリ遭遇したのは予想外だったが、それでも篝の為と言い聞かせ、飲み込んだ。

 と言うここまでが、あたしの篝を好きになった経緯なのだが、あともう少し程話すとあたしが篝を好きから大好きになった理由が分かる……


「おーいエリー君、教科書の五十六ページ……」

「は! はい!」


 そう言えば授業中なのを忘れていた。だからその話はまた今度にしよう、とにかく一番肝心な事は、あたしが篝を大好きである、という事だ。






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