Strange Mages
矢州宮 墨
加藤マサヒロと奇妙な落とし物
【1】
加藤マサヒロは急いでいた。よほどのせっかちでなければ、必要性に迫られず急ぐ者はいない。彼は、むしろマイペースだった。
「うおおおお、このままじゃ遅刻しちまうぜ。」
時刻は朝。彼は私立シイタケ高校へ通学するため、そして遅刻しないために走っていた。
「やれやれ、太極拳に熱中しすぎるのも考え物だな。とにかく急がなきゃな。」
彼の通学路は有って無いようなもの。彼はひたすら無軌道に学校を目指すのであった。それは彼が走り始めてから六分後の出来事だった。
彼は脇目もふらず走っていたわけだが、フェンスを乗り越え、しゃがむように着地した時にそれは彼の眼前に現れた。
「む、これは…本か。」
彼は何気なくそれを手にとった。本はひたすらに黒く、分厚いものであった。そしてその表面には『Ⅳ』とだけ印字されている。
「はて、なんでこんなところに本があるんだか。…あれか、落とし物ってやつか。もしかして。」
彼はこの本をどうするべきか、とりあえず移動しながら考えることにした。
【2】
私立シイタケ高校。それが俺の通う高校である。校風は自由な感じで、居心地はそれなりに良い。時々変な事件が起こったりもするけど、あまり気にならない。俺が知るかぎり、変な事件の中心には俺、もしくは友人の熊田、あるいは担任の音無先生が居るからだ。人間、理不尽な事件に巻き込まれればストレスを感じるものだが、俺の周りで起きている事件というのはいわゆる自業自得ってやつなのだ。
それにしても、この本をどうするか考えている間に高校に到着してしまうとは、我ながら間抜けである。なんだかんだで校門が閉まる前に着けたのはラッキーではあるのだが。むむ、向こうからやってくるのは…ああ、熊田か。
「おーい、熊田ー。」
こういうことは奴に相談するに限る。きっとなんとかしてくれるはずだ。
「なんだよマサヒロ、また変な用事じゃないだろうな。」
なんてやつだ。
「おいおい、いきなりそれはないだろう。ちょっと落し物を拾ったから、その相談だよ。」
「ふーん、落とし物ねぇ…。」
「この本なんだが、どうしたものかと思ってな。」
俺はそう言って本を手渡した。
「う、見た目通り重いな、この本。」
熊田は本を開き、ページをめくり始めた。しかし二、三ページめくったところで手が止まる。
「なんだ?ここから先が開かないぞ。」
「ひょっとして糊か何かでくっついているんじゃないか?」
「ほう、何のためにそんなことを?」
「それはきっと、黒歴史を抹殺するためだろ。」
俺のこの発言を聞いた熊田が、こちらに聞こえる程のため息をついた。
「やれやれ。おっと、マサヒロよ…そろそろ行かないと遅刻になっちまうぜ。」
ハッとして時計を見るともう刻限が迫っていた。
「ぬっ。いかんいかん。」
「その本は放課後にでも音無先生に届けておこうぜ。この辺に交番はないんだしさ。」
【3】
放課後。それ即ち授業からの開放である。結局例の本は今の今まで俺が預かる運びとなった。俺と熊田は音無先生を目指して職員室に向かっていた。隣りの熊田が口を開く。
「音無先生は相変わらず歩くのが早いな。」
「ああ、まったくだぜ。」
音無先生は帰りのホームルームが終わるとすぐに職員室へ行ってしまう。俺の席は窓際に近いので、先生を追いかけるのには多少不利である。普段はそんなことを気にする必要はないのだが…。廊下の角を曲がると、先生の姿が見えた。
「おーい、先生ー。ちょっと待ってくれー。」
音無先生は足を止め、振り返った。
「んん?どうしたの?」
「うっかり落とし物を拾ってしまったんですが。」
俺はそう言って本を差し出す。
「本。ふむ…。」
音無先生は少しの間目を閉じ、
「ちょうど本に詳しい知り合いがいるから、その人に相談しに行きましょう。」
と言った。音無先生はこの本を妙に警戒している様子だった。そして彼女は携帯を取り出し、その知り合いと思われる人物に電話をかけ始めた。その間、俺は例の本について、何気なく考え事をしていたのだった。
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