第22話 初めてのデートは甘酸っぱい
「遅いよさすがのくん! こんな美人を待たせるなんて、さすがのくんやるね~」
「いきなり予定前倒しにしたのは瀬川さんだろ! なんも準備してなかったんだし勘弁してよ」
「おっ、確かに身だしなみに気を使っているような気がする。私によく見てもらおうとがんばったんだね!」
……だめだ、全く口で勝てる気がしない。
おかしいな、気分で押しかけて来た瀬川さんが悪いはずのに何故か俺が悪いみたいになっている。
世の中のモテ男諸君はこんな状況でもイライラせずに女の子を立てることができるんだろうか?
……逆立ちしても俺にはできそうにない。
「あーもう、待たせてごめん。それでこれからどうするの」
「あ、諦めたねさすがのくん。かわいい。でもだめだよ、デートはねー、男の子がリードするものなんだよ。さすがのくんがんばって!」
なんか今日の瀬川さん、普段の数倍小悪魔チックじゃね?
振りとは言えデートなんて初めてなのに、こんな状況ムリゲーすぎだぞ!
「あっ……、あとえと……」
と、情けない態度を見せていると、開いていた手にすごい勢いで紙くずが飛んできた。
自然と手に吸い込まれたこの不自然なまでの精度。さっそく"香菜アシスト"の出番である。
落ち着いてその紙クズを開いて中を確認するとこう書かれていた。
『デートノサイショハ、オシャレナカフェデ、アールグレイ』
◆◆◆
時は遡り三日前の部室。瀬川さんによる作戦立案の場面。
「さて、さすがのくんは監査員を騙し通すような自然なデートをしなければなりません。
しかし!!! さすがのくんにそれを望むのは酷だよね?」
作戦立案者の瀬川さんはしたり顔でそう俺に問いてくる。
「いや待ってくれ。デートの経験がないだけで、やってみると意外とデートの才能があるかもしれな……」
「絶対ないですね」
最後まで言葉を発するまでもなくぽぽちゃんに一蹴されてしまった。
いやさあ、どうせそんな才能なんてないんだけどね。
男の子の意地ってものがあるじゃん? もう少し聞いてくれてもいいじゃん?
「ここまで見てきた限り、ご主人様にその才能を保有している確率は非常に低いとぼくも思います……」
「香菜までひどい!」
「勝手に落ち込んでるさすがのくんは放っておいて、このままデート作戦を行っても絶対ボロがでると思うんだ。そこで、ここはやっぱり香菜ちゃんの出番だよね!」
「ぼくの出番! ご主人様のためならば何でもしますよ!」
今回は一周回って香菜自身のためでもあるしな。
いつもより気合の入り方が違う気がする。
「香菜ちゃんはさすがのくんがデートで困るたびにあらゆる手段を講じてアシストしてあげてほしいの!」
「分かりました。ご主人様のだめだめデートを、ぼくが素敵な方向へ導いて見せます。ぼくの全ての知識をフル活用します!」
香菜のデート知識をフル活用って……。
お前、確かにメイドとしては優秀かもしれんが、実年齢は中学二年生だろ。
お子ちゃまデートになるんじゃないのか?
◆◆◆
……とその時は考えていた。
しかし、いざ"香菜アシスト"が発動された時、その考えは間違いだったと気づく。
(「アールグレイってなんだよ!!! なんだその大人びたワードは!!!」)
そう心の中で絶叫。
しかし兎にも角にもこのままおどおどしている訳にはいかない。
メイド監査という名のストーキングは既に始まっているのかもしれないのだ。
とりあえずカフェに向かうしかない。
俺の切れるカードはそれのみだ。
「よ、よし! とりあえず、カフェに行こう瀬川さん」
「……ふふ、悪くないね。行こっか」
こっそり香菜のメモを読んだつもりだった。
しかしあの瀬川さんの顔、アシストに頼ったの絶対バレてる。
さすがの洞察力だよ……。
「うーん、何にしようかな、アイスコーヒーでいっか。店員さん、私はアイスコーヒーのレギュラーで」
場所は家から少し離れた駅近のカフェ。
今まで「入ってみようかな、いやでもよく分からないしなあ」と結局一度も入ったことのないカフェについに足を踏み入れた。
結局、アールグレイってなんだ。
すごく、中二チックな名前にはすこし惹かれる……。
カフェまでの道で必死に考えたが全く分からない。
オシャレナカフェデアールグレイって、何すればいいの?
もう少し分かりやすくアシストしてください香菜さん。
「さすがのくんもさっさと注文しなよ」
……だめだ。ここは恥を忍んで瀬川さんに聞くしかあるまい。
「ねえ、カフェでアールグレイって何すればいいの?」
そう聞くと、瀬川さんは目をぱちくりさせて、如何にも「何いってんのこいつ」みたいな顔をした。
そして次の瞬間には爆笑するのであった。
「あははははっ、何言ってるのさすがのくん。こんな普通の日本のカフェにアールグレイなんてあるわけないじゃん」
「は、え?、どういうこと。あっ……アールグレイって動詞じゃなくて名詞か……」
「そのくらい分からないなら調べようよ。何のためにスマートフォン持ってるの? アールグレイはお茶の一種だよ」
ぐぬぬ……確かにその通り。
つか香菜も香菜だろ。イギリス仕様のデートプランやめろや。
と、悔しがっていたら、突然瀬川さんはスっとこちらに身を寄せて耳元で囁いてきた。
靡なびいた綺麗な黒髪からとてもいい匂いがした。
めちゃくちゃドキドキしたのは言うまでもないが、どうやらそんな場合ではないようだ
「……あんまりボロだしすぎないように。二つの視線を感じるよ。一つは香菜ちゃんだろうけど、もう一つは予想通り監査員さんに間違いないね……」
「……お、おう……」
と、それを伝えると瀬川さんは身を翻し万遍の笑みを浮かべて、
「さっさと席ついて楽しくおしゃべりしよ?」
と俺に問いかける姿は、例えこれが振りとは言えど、デートというシチェーションも相まって胸のドキドキが抑えられない。
もしかしすると、俺はこの瞬間が人生のピークなのではないのか?
結局、カフェテリア初心者の俺は「俺も同じやつ下さい」という情けない注文をかました。
そして席に着くと、「それでね、帰り道に見かけた鯉が面白くて~」とか「そういえばレッサーパンダとたんぽぽちゃんって似てない? 雰囲気が」とか少し、いやかなり着目点のおかしい話をしこたま聞かされて退店した。
正直何一つ、共感できる話はなかったが、なんだかな、いいなあデートって。
その雰囲気だけで楽しいと感じてしまう。
……この後のめちゃくちゃな計画も忘れてしまうほどに。
「さて、これからどうしよっか。といっても、例の作戦まで時間もあんまりないしもう映画館いく?」
「……せっかく忘れてたのに思い出しちゃったよ、その計画」
「あ、ひどいさすがのくん。後でたんぽぽちゃんに言いつけちゃおー」
「それは勘弁して。ぽぽちゃんが怒ったら何されるか分からん」
さて、本当にどうしようか。微妙な時間だ。
今から唯一最初から行くと決めていた映画館に行くと二時間ほど暇になる。
すごい楽しいこの時間だし何か有効に使いたいが、如何せん何も思いつかないのが悲しいところ。
「瀬川さんに決めもらうってのは……?」
「それはだめだよ。男の子が導いてこそだよ。香菜ちゃんの大学ってイギリスでしょ? そのイギリスの人たちの監査なんだからリードしてあげなきゃだめみたいなイメージあるしね」
まあ言わんとしてることは何となく分かるが……。
と、そのとき"香菜アシスト"第二弾が、SNSを通じて飛んできた。
瀬川さんにばれないようにこっそり確認。
『予定には余裕をもって行動しましょう。どんなトラブルがあるか分からないですよ。大事なことです』
「よし、瀬川さん。さっさと目的地に行っておこう。どんなトラブルがあるかわからないしね。余裕を持つことは大事だよ」
「それ、香菜ちゃんの受け売りでしょ?」
うっ……。するどい。
さて、電車で三駅移動して最寄りの映画館へ到着。
見る予定はこてこての恋愛映画。
ここまではなかなか順調な疑似デート。
でも、問題はここからである。
この映画館から役者が一人追加される予定なのだ。
……それも絶対何かやらかしそうな役者が。
「まだ時間あるし、期間限定のマダガスカルショップでも見にいこうよ」
「瀬川さん、ほんと変わったものが好きだね……」
……と、男の子がリードするとは何だったのかと言わんばかりにさっさと行こうとする瀬川さん。
それを追っているその時だった。
フードを深く被った女の子が前から歩いて来て、すれ違いざまに何か俺に呟く。
「……ヒューゲルさん、接近中です。気を付けてくださいご主人様……」
その声が香菜と気づいた時には、香菜は颯爽と消えてしまった。
俺と瀬川さんが全く気づかないなんてなかなか手の込んだ変装だな。
……なんて考えてる暇はない。ヒューゲルさん接近中だと!?
すると本当にヒューゲルさんが突然現れた。
「やあ佐須駕野くん。偶然だね」
うそつけ! デート中ずっと尾行していたのは知ってるぞ!
ていうかお前どこでも執事服かよ!
ショッピングモールでめちゃくちゃ目立つぞ、今までどうやって隠れてやがった!
……なんて言う事ができるはずもなく。
「ぐ、偶然ですねヒューゲルさん。その……お疲れ様です?」
なんて挨拶するのが正しいんだ!? 今のはマイナス評価か!?
「……横にいる女性と非情に親しげだが、二人は交際しているのかな? 手元の資料によると一ヶ月前は同世代との関わりはないと記されていたが」
この人ためらいなしか! 欲しい情報まで一直線か!
それになんだその資料とやらは! 個人情報もへったくれもねえな!
……と、心の中で突っ込むことしかできない俺に代わって瀬川さんが物怖じすることなく応える。
「初めまして私、瀬川夏芽と言います。さすがのくんとは最近からお付き合いさせてもらってるよ」
「……ほう、この僅かな短期間でここまで社会性を持つように導くとはさすが香菜だな。まあプリンスド大学を飛び級で卒業しようともなると当然か……」
「プリンスド大学……? なんのことかな?」
うまい、さすが瀬川さん。香菜が違法入校してることを感づかれていないと取れるナイスな返事!
「いや失礼、こちらの話だ。……だが二人は本当に交際しているのか? どうにもそのようには見えないんだが……」
「つ、付き合ってますよ! なあ、夏芽?」
うおおおお、勢いで名前で呼んでみたけど、めちゃくちゃこそばゆいいいい。
「そうだね、一正くん」
それに対して首を傾げ余裕の笑顔で返してくる瀬川さん、正直すごくいいです。名前呼び。
「うーん、まあ本人達がそう言うのならばそうなのだろう。すまなかった邪魔をして。それでは私はこれで失礼させてもうよ」
と、なんとかヒューゲルさんを撃退したと確信したその瞬間。
唐突に爆弾が投下されてしまう。
「あー! さ、さすがのさん! こんなとこで会えるなんて、超うれしいです! ああ、私ってなんて幸せ者ー! まさか、たまたま見に来た映画がさすがのさんと同じ映画だなんてー!」
顔を真っ赤にして、眉をピクピクさせ、半ばやけくそに叫びながらこちらへ駆け寄ってくるその人物。
中学二年生の香菜より辛うじて大きいくらいの小さな体を目一杯動かして走ってくる。
外はねが特徴的な青髪、あれは間違いなくぽぽちゃんこと葵 蒲公英である。
最悪のタイミングで最後の役者が登場してしまった。
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