第7話「たんぽぽの暴走」

「あーその次は3ですね。次は7」


「そんな……僕より円周率を覚えているなんて……。

 うわああああああ」


 一人目の彼は香菜に円周率の暗記で敗北し、教室から勢いよく去って行った。


「ちなみにネイピア数は 2.718281828……」


「分かった。お前のすごさはもう分かったから」


「ふふふ、勉学なら負けませんよ」


 いや、円周率とかネイピア数の小数点覚えるのは意味あまりないだろ……。

 すごいけどもさ。


「おいおい……。こいつは一筋縄では行かなそうだぞ」


「やべえよ僕、物理で行こうと思っていたのに」



 一人目の完膚無きまでのやられように会場に緊張感が走っている。


「さてテンポよくいきましょう。

 二人目の方、お願いします」


「ふふ、僕の出番か……!

 僕は二年の蹴球 盛男(けりだま さかお)だ!」


 あ、あいつは……!


「おー、サッカー部のエースさんじゃん」


 ふんぞり反って眺めていた夏芽も意外な来客に前のめりになっている。


「瀬川夏芽さん、いや夏芽部長。

 ぼくはサッカー部だけど、この部に是非入りたい。

 兼部を認めてほしい」


 ははーん。こいつは瀬川さん狙いだな 。

 目が必死だ。


「認めるよ。でも、まずはこのオーディションで今までの足跡を示すのだ!」


 瀬川さん、先輩相手にも上から目線なのね……。


「ありがとう……!

 当然ぼくの足跡はサッカーさ! いくぞ! 華麗なリフティング!」


 おー確かに上手い。これは好評価か……?


「それ、たぶん私もできるね。

 ボール貸して」


「なんだって? この高等テクニックをできるわけが……」


「いいからよこす」


「は、はい」


 そう言って、盛男先輩から強引にボールを受け取ると


 夏芽は


 本当にそっくりそのまま


 ……むしろそれ以上のテクニックを披露した。


「う、うそだろ……。僕より上のテクニックを持つ人がこの学校にいるなんて……。

 しかも、一年生の女の子……」


「うわああああああママアアアアア」


 そうして盛男先輩は叫びながら、またもや勢いよく教室から去っていった。


「すごい! 夏芽さん!

 ぼくも運動は好きですが、夏芽さんの足元にも及ばないです!」


「えへへ、ありがとう香菜ちゃん」


「瀬川さん、サッカーやってたの? 上手すぎでしょ」


「いや、別に。ちょっと運動得意なだけだよ」


「いや、ちょっとってレベルじゃないだろ……」


「まあまあ、私のことは置いといて次いこ!

 時間は有限だよ」


「そうですね。それでは次の方……」



 かわいい女の子を求めてやって来る男共の発表会なんぞ

 そりゃ格好いい所をみせようとするさ。


 その結果が勉学方面では


「……であるからこの熱定数から」


「ハイパーサーミアで腫瘍が加温できますね♪」


「あああああああああ!」


「……つまりナチスからユダヤ人を守ったその人は……!」


「樋口季一郎さんですね!」


「あひーん」


 と次々、香菜にボコボコにされる。

 それならば運動だ! と体力自慢に出ても


「ラケットのフレームでリフティング!」


「私、それもできるね」


「僕は縄跳び!」


「あー、私のほうが上手だね」


 と瀬川さんに潰される。

 ていうか教室で運動自慢は少し厳しいだろ……。



「お前らそんな才能あるなら、他の部で活かせよ」


「なに言っているの。自分で作った部活の方がおもしろよ。

 それに運動したいわけじゃないし」


 こうやって才能が無駄になるのか。


「私は香菜ちゃんと佐須駕野君を見て沸き出すインスピレーションを形にしたいだけ」


「インスピレーションねえ……」


「ぼくは一正さんと一緒ならどの部活でもいいですよ」


「ちょっとお前、その発言はやばい……!」


 そんな誤解される発言はやめろ!


「何であんな噂のやらかし野郎に……くそが」


「あのポジション奪ってやる……」


 ほら、香菜のファンから睨まれる。


「いじめられちゃうだろ!」


「あーもう、気にしいですね」


「お前が気にしなさすぎなんだよ!」


 本当に勘弁してくれ。


「殺す……」


 ええええ、そこまで憎まなくても。

 そんなに香菜のこと好きなの……。


 って女の子?


「はいはい次いきますよ」


「それでは23番目の方お願いします!

 お、今日初の女性の方です!」


 げ、さっきの殺すとか言ってた奴じゃねえか!


「始めまして、赤姫さん。私は一年四組の葵 蒲公英(あおい たんぽぽ)と言います!」


「すごい名前のやつが来たぞ……!」


「そんなこと言わないの佐須賀野君。それに君の苗字の方がすごいよ」


「それは言わない約束だろ」


「そんな約束をした覚えはないよ」


 そんな風に瀬川さんと初めての女の子登場に浮き足だっていると、

 たんぽぽちゃんは飛んでもない足跡を残し始めた。


「私は大それた経歴なんてのはないんですけど、足跡は最近残し始めました。

 赤姫香菜さん、貴方が大好きです!!!」


 ええええ、何言い出してるのこの子。

 さっきの殺すの意味は、俺を殺すでやっぱり合っているのかよ!


「見た瞬間ですかね、一目惚れってやつです。私に電撃が走りました!

 香菜ちゃんのくりっとした目が好きです。香菜ちゃんの小さくてスラっとしてる体が好きです。

 それにその綺麗な肌! とても美しい髪! 全部好きです!」


 驚愕の告白が彼女の口からさならがらマシンガンのように繰り広げられる。

 香菜はどんどん顔が真っ赤になっているが、彼女の告白はまだ留まらない。


「そして、香菜さんは誰にでも親切なことや、すごく頭がいいことも知りました。

 そんな香菜さんをどんどん好きになってしまう、私がいるんです!」


 こいつ…完全に本物だな。

 お気の毒に……。

 いや、ここまで好きになってくれる同姓なんて中々いないからおめでとうかな?


「や、やめてください、葵さん、恥ずかしくて死んじゃいます……」


 やっぱり、あいつ褒められ下手だな。これは見ていてめちゃくちゃ面白いぞ。


「あの子……おもしろい」


 瀬川さんの目がキラキラしている。


「とにかく、香菜さんへの思いこそが私の残す足跡です!」


 いや、意味わかんねえよ。

 でも、面白いからもっとやれ。


「おもしろい……! 面白いねたんぽぽちゃん! いい足跡だよ!」


 瀬川さんは大変ご満悦のご様子である。


「簡便してください夏芽さん。ぼくはもう、なんていうか、限界です!

 お気持ちは非常に嬉しいですが、この愛に耐えられる自信がありません」


「何言っているんだ香菜! ちゃんと応えてやれ!」


「うるさいですよ!」


 困っている香菜をいじるのはとても楽しいなあ。

 散々やられっぱなしだったからこれは当然の逆襲だ!


「すみません……。香菜さん、困らせてしまったみたいで……。

 ですが私はこの一緒の部活に入れるチャンス、絶対に掴んで見せます!

 見ていてください香菜さん!」


「あの子、やる気も他の人と段違いだね……」


 瀬川さんはそう言いながら頷いている。

 決して足跡部にやる気があるのではなくて香菜に興味があるだけだろ。


 しかし、さすがの一正でも、もとい佐須駕野一正でも

 この状況はとても愉快なので黙っているのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る