第21話 それでも人は希望を抱く
・・・はぁ。
柄にもなく、息巻いちゃったねぇ・・・。
これは、アタシの役目だって・・・思ったもんでね・・・。
あいつには、迷惑かけられない、って、あいつにばっかり、重荷、背負わせられない、って、思ったんだけどねぇ・・・。
調子、のっちゃったなぁ・・・。精神分析家気取って、心理戦で相手を上回った、って、そう思ったのに、結局、こんなオチなのか・・・。何だか、アタシらしいちゃ、らしいかな・・・。今までアタシがしてきたことは空回りばっかりだったし・・・。
それでも、最後くらい・・・。いや、これが最後になるなんて、本当は思ってなかったけど・・・最後くらい、いい恰好したかった・・・。びしっと、琴音を殺した男を捕まえて・・・警察にでも引渡して・・・もう大丈夫だよ、って言いたかった。そっか、アタシ、子供と変わらなかったんだ。ただ、好きな人に褒めてもらいたかっただけ・・・。あいつに、褒めてもらいたかった・・・。親に褒められたこと、アタシ、無かったから、あいつに、褒めてもらいたかったんだ・・・。
褒めて、くれたかなぁ・・・。頭とか、撫でて欲しかったなぁ・・・。まぁ、もしアタシがあいつの代わりに殺しちゃったら、あいつ、怒ったかもねぇ・・・。だって、本当に一番憎んでいるのは、あいつなんだから・・・。それを横取りしようとしたアタシに、ばち、でもあたったのかねぇ・・・。
あ、そうだ・・・。泣いて、くれるかな。アタシが、こんなになっちゃったって、あいつ、知ったら。悲しんでくれるかな。そうだといいな。できるなら子供みたいに、わんわん泣いてほしい。出来るなら、琴音よりも、千尋っていう人よりも、泣いて欲しい・・・。
でも・・・。ここって、普段、ほとんど人が通らない場所だったっけ・・・。だったら、アタシのこと、誰も見つけてくれないかもしれない・・・。一人で、誰からも見送られることなく、ここで、朽ちていくのかもしれない・・・。
やだな。
そんなの、悲しいよ・・・。誰からも、誰一人からも、見られない、だなんて。そう、考えたら・・・琴音、って、羨ましいな・・・。死ぬときに、羨ましいも、何も、ないって思ってたけど・・・一人で逝くよりも、何倍も、何千倍も、いい。だって、分かるじゃん・・・。耳元で、アタシの名前呼んでくれて、涙、流してくれたらさ・・・ああ、悲しんでくれてるな、って、アタシのこと、想ってくれてるな、って、分かるじゃん・・・。
はぁ、ほんっと、なに、やってるんだろうねぇ・・・。正直いえば、気がつかなかった、ってわけじゃ、ないと思うんだ・・・。多分、っていう、範疇は出ないし、気付かなかったにしろ、気にしなかったにしろ、結果、こうなってるから、どう言い訳しようと同じだけどね・・・。
かち、って、聞こえていた気はしたんだ。時計の針が鳴っている音、みたいな・・・。でも、そんなの、分からないし・・・。それが今後の命運を左右するなんて、分からないし・・・。そもそも、そんな仕掛けを始めから用意していたのなら、脅し道具にしろ、特攻覚悟にしろ、さっさと使えば良かった。でも、あの男は使わなかったし、その素振りすら、見せなかった。あいつを殺す為の切り札として、とっておいたのかな・・・。
もう、熱さも感じなかった、痛さも感じなかった。今も、もう、何も感じない。耳も、聞こえない。目は、ほんの少しだけ、ぼやーっと、だけ。ちょっと離れたところで、あの男が真っ黒焦げになって、外から誰か判別がつかなくなっている、っていうのは、かろうじて、見えるけど。
爆発した。あの男が、アタシに苦し紛れに刃物を持って迫ってきたとき、ぴかって、実際に光ったのかはたまた錯覚か、ともかく、目にとてつもない刺激が来たのは覚えている。それだけ。後はもう何も覚えていない。気づけばアタシは地面に伏せ、指一本すら動かせず、ほんの僅かな声さえ出せなかった。生きているのが不思議なくらいだった。多分、爆弾は、あの男の後ろで爆発したんだろう。だから、アタシはその男が壁になってくれたおかげで、ほんの少しだけ、衝撃が緩和されたのかな・・・。
まぁ・・・いくら考えたところで、もうすべてが後の祭り・・・。あの爆弾があの男の最後の策だったにしろ、あの男の及ばないところにあるものだったにしろ、どちらにせよ、アタシが負けたことには変わらない・・・。そう、アタシは負けたんだ。負けて、一人で死ぬんだ・・・。
ごめんね・・・。会わせてやりたかった、千尋に。アタシ、言ったのにね、一刻も早く、研究、完成させてみせるって。アタシが先に逝っちゃうな・・・、あっちに。お父さん、お母さん、元気かなぁ・・・。ああ、こんなことなら、あいつにアタシの成果、引き継いでおけば良かった・・・。そうすれば、いつの日か、また、会えたかもしれないのに・・・。
そういえば、言ってたな、あいつが・・・。琴音、笑ってた、って・・・。死ぬのに、もうすぐ、死ぬのに、笑ってたって・・・。分かる気がする・・・。他ならず、あいつに看取られるのなら・・・笑みも溢れる気がする・・・。琴音にはあいつが側にいて・・・健二、って人には、楓が側にいた・・・。最期まで、側に。それなのに、アタシは・・・。
「---」
耳は聞こえない。だから、喋っているかなんてのも、分からない。でも、間違いない、気配を感じるのは、間違いない。え・・・?アタシは思った、もしかしたら、って。最後に神様が、贈り物をしてくれたのかな、って。
人はこんな死に瀕しているときでも、希望を抱く。でも、アタシは思った。なまじ抱いた希望は、そのあとすぐに、大きな絶望に変わるって。つまり、真相は、アタシを見下げ、顔に笑みを浮かべ、助けようともしないその人物は、当然アタシが最も会いたかったあいつではなく、アタシが知らない、見たこともない、女だった。
偶然通りかかったとも考えにくい。だって、笑ってるから。嬉々として、笑っているから。死にかけているアタシを見て、笑っているから。
「---」
聞こえない、けど、何か言っている。アタシに向かって、何か言っている。
え・・・?
思わずアタシは恐怖した。もう死に一直線に向かっているから、恐ることもないだろうに、それでもアタシは恐怖した。その女は自分の足を、アタシの顔の上に持ってくる。それを見て察した。潰される。
止めて!もしかしたら、あいつがこの後来てくれるかもしれない・・・。アタシを見つけてくれるかもしれないっ!それなのに、爆発でほとんどアタシの顔は焼け焦げたけど、それでも、アタシの顔を踏み潰すなんて、しないで!アタシが誰かわかるようなことだけは・・・しないでっ!
お願いっ!
叫んだ、声も出ないのに。涙ながらに祈った、もう枯れているのに。そんなアタシの想い、願い、そんなものが通じる筈もなく━。
「バーイバイ♥」
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