第9話 ダンスを踊るように

 神様がいるのなら。もしも万能の神、ゼウスのような神が実際にいて、そんな彼に一つだけ、何でも願いを聞いてもらえるのなら。一体どんな願いをするだろう。大金持ちになりたい、魔法使いになりたい、不老不死になりたい、少し聡い人は、願いを叶える権利を増やしたい、なんて思うかもしれない。そして、この手のありがちな、心理テストレベルの質問で回答の上位に入るものが、もう一つ。


「え、今、何て・・・?」

確実に聞こえていたのに、漫画のキャラのように、僕はもう一度聞き返す。

「だ・か・ら、死者に会えるって言ったんだよ」

その時、僕の脳を、鬼ごっこをする子供たちのように、思考が縦横無尽に駆け巡った。僕は刹那固まり、そして渚に言葉を返す。それは、死者の冒涜だとか侮辱だとかの怒りの言葉や、純粋無垢な子供のような再生への喜びみたいな直接的なものではなく、規則を改定する際、新たに注意事項を付けて穏便に済ますような、中道的なものだった。

「・・・ふぅん、タイムマシンでも作るのか?」


 僕は興味なさげな間投詞を投げかけ、自分に素直になれない思春期少年のようなリアクションをする。

「あはは、そんなわけないでしょ!」

死者に会えると言われて、恐らく誰もが思いつくネコ型ロボットの秘密道具の一つを、渚は笑って否定した。

「ゾンビでもないよ?」

僕が言う前に、渚は選択肢を潰していく。

「流石にそれは無理。そんなことできたら、世界は壊れちゃうだろうよ」

自分の言う死者との再会も、実現したら十分世界を混乱に陥れるものだとは思うが。

「じゃあ何だよ」

僕は直接聞いた。

「にひっ」

博士は悪巧みをする少女のように、嬉しそうに笑った。


 まるで、ダンスを踊っているようだ。博士が語る死者再会の方法よりも、僕はそれを嬉々として語る彼女の笑みに魅かれた。とても嬉しそうで、とても楽しそうで。その姿は、世界の禁忌に踏み込もうとしている研究者ではなく、ただ純粋に好奇心のまま赴く旅人が映っていた。

「どう?面白いだろう!」

正直、細かいことは苦手で、彼女が説明したメカニズムもいまいちピンと来なかったが、ああ、面白い、僕はそう言った。すると、僕の返答は、将棋を指しているときに話しかけられて返すなまじ返事のようだったらしく、彼女はむっとした顔をした。

「その目は信じてないね!もう、これだから素人は・・・」

「そんなことないさ」

いい夢だ。僕は笑った。

「何より、いきいきとしているもんな」

「・・・む。認めてくれるのかい」

彼女は少し困った顔で、髪をぽりぽりとかく。どうやらいざ認められるのも初めてのことだったようだ。確かに、一般常識があるのなら、無理だと一蹴されるのだろう。

「あんたも変人だね」

そうかもな。僕はもう一度笑った。


「何でそんな研究を?」

物事には理由がある。僕は彼女の目的が気になった。でも、その質問をした後で僕は少し、あ、と思った。死者に会いたい理由など、言わずとも知れている。

「両親に、会いたくてさ」

アタシの親、幼い時に亡くなっちゃってね。博士は言った。切なくではなく、気さくな調子で言われると、逆に反応に困った。

「あ、気にし成さんなよ」

そんな僕を察して、彼女は、小さい頃の話だからさ、と付け加えた。

「遺産を丸ごと相続してね。だから、お金は余ってるってわけ」

「それで研究を・・・」

「軽蔑するかい?例えば貧しい国に寄付をするとか、そういうのに使えばいいのにって」

今まで言われたことがあったのか、博士は少し自分を卑下して言った。

「お金って持つもんじゃないよ。人間を狂わせる」

どうも昔何かあったように博士は言った。僕はそのラインまで踏み込めなかった。


「さて、ありがと」

本を片付け終わって、僕は帰ろうとした。具体的に助手が何をするか、いまいち分からない。

「あれ、どこ行くの?」

博士は、僕を呼び止める。他にも仕事が?僕は尋ねた。

「いや、ここ住むんでしょ?助手なら」

「・・・」

僕は一瞬聞き間違いでもしたかと思い、声が出なかった。

「ほら、着いて来なよ」

言われるがままに、カルガモの如く後を追う。博士は一階の研究フロアから、地下室に僕を案内した。

「揃ってるんだよ、生活用品一式。だから住むには困らない」

「・・・住むのか?」

「うん」

彼女は僕がした質問が素っ頓狂だと言わんばかりに、すぐさま返事をした。

「だが・・・」

「ああ、大丈夫大丈夫」

彼女は僕が言いたいことを自信ありげに読み取ったようで、つらつらと恐ろしいことを言ってきた。

「アタシは科学者だよ?もしアンタがアタシに手、出して来たら、ホルマリン漬けにするから!」

「・・・笑えないな・・・」

冗談だろ?僕はそう聞きながらも、少しくらいの可能性を感じる。どうかな?博士はまたにっと笑って、まだまだ手伝ってほしいことはあるんだから!と、僕の手を引き一階へと戻った。

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