どうしてこうなった!?

風見祐輝

第1話 暗闇

 真っ暗な場所。


「ここはどこだ……?」


 そこで目が覚めた男は、違和感で身を固めた。

 右手を床に突き起き上がろうとするが、その右手に妙な感触がある。金属のような、なにかが腕に嵌められ、その先が何かに繋がっているようだ。そしてこの暗闇でも分かる何かがその先にいる。

 静かな呼吸音が聞こえ、ほんのりと体温まで伝わってくるような近い距離に誰かがいるのだった。


「だ、誰……?」

「……」


 そう呼びかけてみるが、その誰かは返事をすることはない。

 ただ静かな寝息が聞こえてくるだけだった。


 男は目を凝らして周囲を窺うが、真っ暗闇の中に唯一ある光源はただ一つ。小さな蛍のような明かりだけ。その他はなにも見当たらない。窓の隙間から差し込む光も、何もないのだ。


「なんだろう……この腕輪のようなものの先にはいったい何がいるのだろう」


 少し右腕を動かしてみると、シャラン、といった音が鳴り、鎖かなにかで繋がれているようだ。そしてその少し先には何者かが繋がれている。少し動くが未だに反応がない。

 人なのか、それとも何かの動物なのか。真っ暗闇でそこに何がいるのかさえさっぱり分からないのだ。ただどう考えても動物とは思えない。おそらく同じ人間だと男はなんとなく思った。


 ──なんでこんな所にいるのだろう……。


 男はここに来るまでの記憶を必死に思い返す。

 しかし最後の記憶はどこか曖昧で朧気だった。


「……確か、大学から帰る途中に……誰かが後ろから……」


 大学の正門を出たところで、何者かに後ろから襲われ、スタンガンのようなモノで気を失わせられたような気がする。そんなはっきりとしない記憶だけが蘇って来た。


「ま、まさか誘拐……」


 男はそんな最悪のシナリオに思い当たった。

 何故なら、彼は現総理大臣の息子である。その息子を人質に、政府に何かとんでもない要求をするテロリストに拉致監禁された。

 男はそう確信に至ったのである。


 ただそうすると、この鎖で繋がれた先にいるのは誰だろうか。そう疑問が湧き上がる。

 気持ち良さそうに立てる寝息は、どこか安心感を齎すが、


「くっ、僕の監視役のテロリストの一味か……」


 そう思うと揺り起こすことすら憚られた。

 しかしこうして黙っているのも、どこか落ち着かない。真っ暗闇で恐怖心が募る一方である。ただ黙っていると気が狂いそうになるのだ。

 男は意を決し、寝ているであろう何者かに向かって左手を伸ばす。するとそんなに離れていない距離にいる何者かに手が触れた。


「んんっ……」


 手が触れるとそんな声が聞こえてきたが、まだ眠っているようだ。


「──お、おい、起きてくれ……??」

「う、うううんん……」


 少し揺すってみた。手に触れる感触は、ぷにっ、とどこか柔らかい感触だ。

 こんな感触はいまだかつて経験のない柔らかさだった。


「おい、なあ、起きてくれ……」

「──!!」


 なおもその柔らかいものを揺するようにすると、声にならない声を上げ飛び起きる何者か。


「お、起きたか──」

「──き、きゃああああああああああああああああっ!!」


 バチン!! と、何者かの手のひらが、男の頬を完璧に捉えた。真っ暗闇で防護も取れない男はその衝撃をもろに食らう。


「──がはっ!!」


 男はもんどりうって床に転がる。


「だ、誰かーーーーーーっ! 痴漢よーーーーーーーっ!!」


 そんな声が暗闇に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る