#116 まいご
──ジャパリパーク。
日本本島から遥か遠く離れたとある諸島は、数年前からそう呼ばれるようになった。
きっかけは、その島で発生する『サンドスター』という物質が発見されたことだった。
『サンドスター』が付着した動物は、『フレンズ』と呼ばれる人型の生き物に姿を変える。
初めて『フレンズ』を発見した時、人々は世紀の大発見だと大喜びした。
やがて、科学者たちが島にありとあらゆる動物を持ち込み、サンドスターを集めてはフレンズ化させ始めた。
この獣は、この鳥は、爬虫類は、どんなフレンズになるのか。
どんな生態で、どんな感情を持っているのだろうか。
フレンズの存在は、生物学の発展に大いに貢献した。
最初は世界的な科学者が集結する巨大な研究機関だったが、人々はフレンズを利用したテーマパークを設立しようと考えた。
これが、ジャパリパークの始まりである──。
「…だってよ」
看板を読み終えたアスカは、ぶっきらぼうに振り返る。
「なるほど、分かったのです」
「理解したのです。我々は賢いので」
彼女の目線の先にいた博士と助手は、平然と答えた。
「絶対分かってないだろ…」
アスカがぼやく。
「もっと、文字を勉強しなければいけないのです」
「なのです」
2人はそう言いながら、看板をまじまじと見つめる。アスカは目を細めた。
「フレンズは文字なんか覚える必要ないっての。ほら、あそこの子たちみたいに人間と関わった方が勉強になるよ」
アスカは、家族客と会話を交わすスカイインパルスを指さした。ハクトウワシが両手を腰にあて、偉そうに何か言っている。自慢話をしているようだ。
「あんなアホにはなりたくないのです」
「ただのジャスティス野郎なのです」
「はいはい」
見られていることに気がついたのか、ハクトウワシはアスカ達を見るや否や、手招きをした。
「ハーイ! この子、すっごく面白い子よ! みんなも話さない?」
彼女の目の前には、5歳ほどの小さな少女が楽しげな顔をして立っていた。
「何なに? こんにちは!」
アスカはすぐに駆け寄ると、膝に手を当ててかがみ、少女と目線を合わせた。少女はにっこりと笑う。
「わたし、スカイレースをみにきたの!」
「スカイレース? 明日の?」
「そう! わたし、そらをとびたいの!」
「空かー。良いね、楽しそうだよね!」
「…フレンズさんに抱えて飛んでもらう、ということは出来ないんでしょうか?」
笑みを浮かべながら少女を見ていた父親らしき男性が、アスカに話しかける。
アスカは背筋を伸ばした。
「申し訳ございません、それは許可されている時でないと出来ないんです……イベントがあれば出来るのですが、この前開催したばかりなので…」
頭を下げるアスカに、男性は笑いかける。
「分かりました、ありがとうございます」
「明日のレースを楽しんで頂ければ」
「はい、そうします」
「どうせなら、今すぐ連れて行ってあげたいんだけどね…。明日の練習にもなるし」
「そうだな…まあ、明日を楽しみにしててくれ」
「優勝は間違いなく私たちよ! 応援よろしくね!」
決めポーズをする3人を前に、少女は跳び上がった。
「おねーちゃん達、かっこいー!」
「レッツジャスティス!!」
「かっこいーー!!!」
会話の盛り上がりを見ながら、博士と助手は眉をひそめる。
「…別に、羨ましくなんかないのです」
「…我々、騒がしいのは嫌いですもんね」
「ダメだなもう…もっとさ、明るく行った方が良いよ?」
会話から抜けてきたアスカが、腕を組みながら歩いてくる。
「構わないのです。明日の準備もあるので」
「なのです」
「はーあ。ま、その内なんとかなるか…。じゃ、私も明日の準備に行くとするか」
スカイレースを明日に控えたホートクエリアは、活気に満ちていた。他のエリアと比べて人口密度がとりわけ高くなっており、フレンズ達はせわしなく動き、接客に励んでいる。サンドスターを消費しすぎないよう、ジャパリまんを咥えながら作業するフレンズもいた。
「アスカさん!」
作業へ向かうアスカに、男性ガイドが必死に駆け寄った。
「…ん? ヨシアキ君?」
「大変です。セルリアンが大量発生していて…」
ヨシアキと呼ばれたガイドは、小声で勧告する。
「えっ」
「今日は人口密度が高いので、無線では流さないようにしてるんですよね? 自分、できる限りスタッフに伝えときます!」
「分かった。場所は?」
「特別監視区です」
「…了解。対策本部に行ってくる」
「よろしくお願いします!」
全速力で駆けていくヨシアキの背中を見ながら、アスカは呟いた。
「監視区なら、大きな事故にはならないかな…」
翌日のスカイレースは、大成功に終わった。
優勝は宣言通り、スカイインパルスが勝ち取った。準優勝はスカイダイバーズ。どのチームも接戦だった。
観客は湧き、誰もが満足して帰って行った。フレンズ達も、大満足していた。
が、スタッフや一部のフレンズ達は、大量発生したセルリアンの対処を秘密裏で行っていた。楽しんでいるフレンズや客にばれないよう、厳重にセルリアンを追い込み、倒していく。アスカはレースに顔を出しながらも、セルリアンの対処も指示していた。
セルリアンは、レースが終了する前に何とか駆除された。関係者たちは胸をなで下ろした。
そんな事も知らないフレンズ達は、レースが終わったあとも盛り上がりが抑えきれず、サプライズでスタッフを呼んで打ち上げをしようと企んでいた。
「ジャパリまん、まだー?」
「こらフルル、まだ食べちゃダメよ! 食べたかったらもっと持ってきなさい!」
「えー? じゃあ、持ってくるねー」
「わっ、ちょっと待てフルル、オレも行く!」
「その机はそこでお願いします〜。あ、それはそっちで〜」
「ほら! そこの3人も優勝気分に浸ってないで準備する!」
「おー、ソーリー!」
「サーバルとかジャガーも、友達連れて来てくれるってー!」
「でもあの子達、夜行性だから真っ暗になってから来るんじゃ…?」
「とりあえず、暗くなる前に準備を終わらせなきゃ!」
「電気、持ってきました!」
「これで良いのー?」
客の立ち入りは禁止されているひかり山の山頂で、フレンズ達はせっせと準備をしていた。
目標は、アスカ達人間をあっと驚かせること。素晴らしいイベントを企画してくれたスタッフ達に、感謝の意を伝えたかった。
「こ、これ、クラッカーなんだけど…誰がやる…?」
「誰か、クラッカーが平気な奴いるかー?」
「無理無理むりむり!! クラッカーはムリ!」
「でも、アスカはこれ大好きだったよ?」
「じゃあお前がやれよ!」
「無理だって! 怖いもん!」
「ヒグマとか呼んでくれば良かったー…」
山頂からは、様々な声が聞こえてくる。
この後 パークを取り巻く大きな災害が起きるとは、誰もが思ってもいなかった。
「なあ、誰が一番可愛かった?」
「誰って、フレンズか?」
「あったりめーだろ! で、誰だよ?」
「そうだなー、あの子可愛かったな。パ何とかちゃん」
「パだけじゃ分かんねーよ!」
「分かった! あの子だろ、白と黒の」
「そーそー! オレンジ色の靴下履いてた」
「あー、確かに可愛かったわ」
「スカートん中もチラチラ見えたしな」
「このド変態が、タヒね!」
「おめーも変態だろーが」
髪を染めた大学生らしき青年が3人、静かな森の中を騒がしく歩いていた。3人は、他のエリアへ繋がる港へ向かっていた。
「でも、金かけて来た甲斐があったな。ジャパリパーク」
「そうだな…頭が健康になるわ」
「それ、目の保養って意味でか?」
「ちげーよ! …って言ったけど間違ってはねぇな」
「もっと素直になれよー…ん?」
青年の1人が、前を見る。
「何だ、あの人…?」
2人もつられて前を見ると、1人の男性が彼らに向かって一直線に走ってきていた。
「だいぶ必死そうだな…」
「事件か?」
「やめろよ、物騒な」
やがて男性は3人の前で立ち止まり、息を切らしながらスマホの画面を見せてきた。
「すみません、この子、見かけませんでしたか…?」
「え…?」
彼らは画面をのぞき込む。そこには、ジャパリまんを持ちながらこちらに笑いかける少女が映っていた。
「いや、見てないですね…」
「そうですか…すみません、ありがとうございます」
「迷子ですか?」
「はい、目を離したら…。見かけたらインフォメーションの方にご連絡願えますか?」
「分かりました。気をつけて見てみます」
「よろしくお願いします」
男性は一礼すると、すぐに走り去ってしまった。
「……大変だな、迷子は」
「ここ、広いしなぁ」
「思い出したわ。俺も昔、水族館で迷子になって大号泣してた」
「あー、俺もあったな」
昔話に入りながら、3人はまた歩き出す。
突然、近くの草むらからガサガサと音がした。
「わっ!?」
「ビビったー…何、動物?」
「フレンズじゃなくて?」
「フレンズだったらラッキーだな」
「そんなこと言ってる場合か…? 変な奴だったらどうすんだよ」
ガサガサッ。
「ひっ!!」
「そ、そんなにビビんなよ、お前の声の方が怖いわ」
「なんだなんだ…?」
1人が草むらに近づく。
否、草むらから1人の少女が出てきた。
「わーっ!?」
これには3人が飛び上がる。
「…なあ、この子って…」
「…ウソだろ…」
その少女は、つい先程スマホで見た姿そのものだった。
俯いたまま顔を上げない少女に、青年が恐る恐る、話しかける。
「…だ、大丈夫……? お父さんとこ、行こう?」
青年が手を差し伸べても、少女は顔を上げない。
「…困ったなぁ」
「とりあえず電話だな…えっと」
パンフレットを見ながら電話をかける。残りの2人は、再び少女に声をかけた。
「キミ、名前は? 迷子だよね…?」
それから幾つ質問をしても、少女は答えなかった。
電話をしていた青年がスマホをポケットに戻した瞬間、少女は突然、森の中に向かって走り出した。
「えっ、ちょっ! 待て!」
「ウソだろおい…追っかけるか?」
「追っかけるしかねーだろ…!」
「わ…分かった!」
青年たちは、少女と共に森の中へと消えていった。
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