#114 かがやき

「まずいことになりました」

 

 

 私が出てくるのを今か今かと待つフレンズ達が、窓の外からこちらを覗き込んでいる。

 

 博士はカーテンを閉めながら、いつもの平然とした表情で話を始めた。

 

「フレンズの『輝き』が、次々と失われているのです」

 

「かがやき…?」

 

 私は、ボスが流した映像を思い出した。

 


 輝き。

 炎の渦をバックに、アスカが放った言葉である。

 

『それは、輝きが……』

 

 必死な表情でそう言いかけたところで、映像は途切れてしまっていた。



「フレンズはそれぞれ『輝き』を持っています。綺麗に歌えること、踊れること、物を作れること、自信があること……フレンズは、その輝きを原動力に生きています」

 

 博士に助手が続いた。

 

「その輝きを奪うのがセルリアンです。輝きはサンドスターが由来していると思われますが、輝きを失うと、フレンズは原動力を失います。例え本人が動こうとも、原動力がなければ何もすることが出来ません」

 

 なるほど…。それでオオフラミンゴさんはあんなに落ち込んでいて、綺麗だったアキちゃんとケツァールさんが綺麗に見えなくなっていた訳だ。

 

「ハカセ、これは奴の仕業と見て良さそうですね」

 

「そうですね、ジョシュ。とにかく、セルリアンがフレンズ達の輝きを次々と奪っているようです。我々もいつ奪われるか分かりません。ここからはフーカ、お前だけが頼りです」

 

 輝きを奪われないヒトの私だけが、頼れる存在という訳か。これは大変なことになってしまった。

 

 あの騒動の後、運良く輝きを奪われていなかった博士と助手は私をログハウスに呼び、緊急会議を開くことになった。アキちゃん達には、広場で待機してもらう事にした。

 

 ケツァールさんとヘビクイワシさんが一際動揺しているように見えたが、私には訳が分からず、理由を聞こうにも博士に急かされたので聞けなかった。

 

 今頃、広場で何かトラブルが起きていなければ良いのだが…。

 

「とにかく、今できる最善の策を考えるのです。我々の頭が動く内に」

「それしかないですね。我々の頭が動く内に」

 

 頭が動く内にって…。動かなくなったら、私はどうすれば良いんだ?

 

 とにかく、本当に困ったことになった。

 

 しばらく沈黙が続く。

 

 言葉に迷っていると、助手が突然目を閉じ、博士によりかかった。

 

「……へ?」

 

 博士が声を裏返す。

 

「じょ、ジョシュ? どうしたのです?」

 

 体を揺さぶるが、助手は動かない。

 

「寝てる…の?」

「分かりません。まさか、ジョシュも輝きを…」

「輝きを奪われると、意識を失うの?」

「意識を失うというパターンも、聞いたことはあります。ですが、何故このタイミングで…?」

「と、とにかく、息はしてるよね?」

 私の言葉に、博士は助手の口元に耳を近づけた。

「…息はしていますね」

「良かった。とにかく原因を…」

「原因…。しかし、心当たりはどこにも…」

 

 私と博士はひたすら考えた。心配しているのか、博士は助手の体から手を離さない。

 

 しばらく考え込んでいると、博士がはっとして助手から手を離した。

 

「─! まさか…」

 

「まさか?」

 

 私がオウム返しをした瞬間、博士は真っ青になりながら声を震わせた。

 

「…こいつは、セルリアンかもしれません」

 

 博士は、震える手で助手を指差した。

 

「せっ……セルリアン!?」

 

「はい、これで証明できるはずなのです」

 

 博士は机に置いてあったコップの水を、助手の手元にかけた。


「なっ、どういうこと──え?」

 

 

 私の目の前で、信じられない事が起きた。

 

 

 水のかかった部分が、茶色く変色したのだ。

 

 

「ひっ……」

 

 出したことのない声が出る。が、博士は少し眉をひそめただけで、表情を崩さなかった。

 

「やはり、セルリアンなのです。理由は分かりませんが、セルリアンは体に水がかかると変色し、固まります。個体によっては元に戻ったり戻らなかったりするようですが、きっとこいつは戻らないでしょう。何せこいつは──」

 

 ぺらぺらと話していた博士の口が、急に止まった。

 

「…? どうした?」

 

 博士は突然首を傾げ、両手で頭を抱え込んだ。


 

 

「こいつは……何でしたっけ?」

 

 

 

「…はい?」

 

「…思い、出せないのです……」

 

「思い出せない?」

 

「セルリアンの生態が……ええと、その、思い出すので、待つのです……!」

 

「えぇ……?」

 

 私はこれ以上困れないくらい困惑する。

 助手の件と言い、目の前で起きている事が、全く理解出来ない。

 

「あれは図書館で勉強をしたはず…! なぜ思い出せないのですか…!?」

 

 博士は頭を抱えたまま、自分と戦っているようだった。

 どうすることも出来ずに呆然としていると、助手が目を開き、首だけを動かして博士を見た。

 冷淡なその目付きに、私は背筋が凍るのを感じた。

 あの時のアリツカゲラさんを見た時と、同じような感覚だ。

 

 

 逃げろ、楓花!!

 

 

 私は反射的に博士の腕を掴み、ドアに向かって駆け出した。

 

「博士、逃げよう!」

 

「! わ、分かったのです!」

 

 今の状況だけは理解できたのか、博士は咄嗟に立ち上がり、全速力でドアへ向かった。

 

 勢いよくドアを開けると、私を待っていたフレンズが数人、こちらをぽかーんと見ていた。

 

「みんな、逃げるのです! セルリアンなのです!」

 ぽけーっとしているフレンズ達に、博士が怒鳴るように叫びかける。途端にフレンズ達は物凄いスピードで翼を広げ、飛び立った。

 

 運良く、飛べないフレンズはこの中にはいないようだ。

 フレンズ達が一目散に逃げる中、私と博士はログハウスから出てきた助手と向かい合った。

 

 

「フーカ…」

 

 

 姿は助手そっくりだが、声は明らかに彼女のものではない。

 無機物のようなそいつの目付きに、私は鳥肌が止まらなかった。

 

「助手はどこですか」

 

 博士は目を光らせながら、そいつを睨みつけている。

 

「助手…? ああ、あの子なら輝きを奪った後、あそこに置いてきました」

 

「場所を教えるのです!」

 

「ちょ、ちょっと博士、落ち着いて…」

 

 博士をなだめた後、私はそいつへ数歩近づき、声をかけた。

 

「…あなたは、何者ですか?」

 

 その瞬間、そいつは全身に光をまとうと、そのまま変形し出した。

 形はあっという間に整い、光がぱっと散ると、そこに現れたのは……

 

 

 

 アスカだった。

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