#113 ともだち②

 自分に抱きつきたまま離れないそのフレンズに、ケツァールは困惑した。

 

 彼女は、このフレンズを知っていた。

 

 他人と関わろうとしない自分を、真っ先に気にかけてくれたフレンズ。

 どう声をかければ良いのか分からない。

 

 

 謝罪するべきか?

 いや、黙って彼女が泣き止むのを待つべきか…?

 

  

 迷っている内に、そのフレンズは顔を上げた。

 涙を浮かべながらも、彼女は笑っている。

 

「ずっと気にしてたんだ! 元気にしてるかなーって。ヒトがいなくなってから何とかパークを盛り上げたいと思って、色々と動いてたから…なかなか会いに行けなかったの。会えて良かったー!」

 

 その瞬間、ケツァールの脳裏に彼女と話したときの場面が蘇った。

 

 

 優しく声をかけてくれたこと。

 ガイドを連れてきてまで周囲に打ち解けさせようとしてくれたこと。

 間近で見る、花火の話をしてくれたこと。

 

 

 彼女は──ダーウィンフィンチは、何の悪気もなく、ただただ自分を気にかけて、親切に接してくれたのだ。

 

 

 それなのに、私は……

 

 

「…私は……」

 

 

「?」

 ダーウィンフィンチは首を傾げた。

 

 ケツァールはダーウィンフィンチの肩に手を置き、そっと自分から遠ざける。

 

「ど、どうしたの…?」

 

 心配そうな表情を浮かべるダーウィンフィンチを前に、ケツァールは頭を下げた。

 

 

 

「ごめんなさい…!」

 

 

 

「…へ?」

 

「私が悪かったわ…。こんな私を気にかけてくれたのに、あんなに冷たくして…」

 

「ケツァール…」

 

 パニック状態に陥っていた広場は、いつの間にかしんと静まり返っていた。

 

 滅多に目にすることが出来ない、幻とも言われる美しい鳥のフレンズ。その彼女が、頭を下げて謝罪しているのだ。

 

 誰もが彼女に視線を向け、考えた。が、フレンズ達が考えていたのは、彼女が頭を下げていることに対する疑問ではなく、彼女に対する違和感だった。

 

 

 ──何かが違う。

 

 彼女はもっと、綺麗だったはずだ。

 

 今のケツァールは、何故か輝いて見えない。

 

 彼女に限らず、他のフレンズ達も、特技や特性を失い始めている。


 

 

「…ケツァールが何故頭を下げているのかは分からないが、それよりも今は、この状況をどうにかしないと大変なことになるぞ」

 

 トキイロコンドルが、眼鏡のつるをくいっと上げながら話す。隣のヘビクイワシも頷いた。

 

「その通りでありましょう。現に、演劇のメンバー達にも支障が出始めています。私達もその内…」

 

「あぁ。十分に有り得る」

 

 

 

 そんな話をされているとは思ってもいないダーウィンフィンチは、ケツァールに屈託のない笑顔を向けていた。

 

「良いんだよ! 友達になってくれれば!」

 

「友達……」

 

 久々に聞いた言葉だった。

 

「…もちろんよ」

 

 ケツァールは、初めて他人に笑顔を向けた。それを見たダーウィンフィンチは、両手を上げて歓喜する。

 

「やったー!! 友達増えてハッピー…って、あれ? 何か、フレンズが減ってない…?」

 

 我に返った2人は、周囲を見渡した。

 

 よく見ずとも、広場にいたフレンズの数が減っていることが分かる。

 

 2人の動向に目を向けていたフレンズ達も、このことに気がつき、ざわめき始めた。

 

 

「…フーカがハカセ達に連れて行かれて、何人かそれに連いて行ったっぽいわね」

 

 やつれた表情のオオフラミンゴが、呟くように言った。

 

「つ、連れて行かれた…?」

「どこにだ?」

「そ、そうだ! 私達、『輝き』が…」

「そうだった、どうしよう…!」

 

 事態の急変を思い出したフレンズ達が、再びパニック状態に陥り始める。

 

「……」

 

 しゃがみ込むフレンズや死んだ魚のような目をするフレンズを見て、ケツァールは大きく頷いた。

 

 

「みんな!!」

 

 

 ケツァールの大声に、一同はまた静まる。

 一斉に視線を集めた彼女は、両手をぎゅっと握りながら声を張り上げた。

 

「みんなが『輝き』を奪われているのは、あのヒト型セルリアンの仕業だわ」

 

 途端に、フレンズ達は見開いた。

 

「…やっぱり……」

「じゃあ、太刀打ちできないじゃん…!」

「もう終わりだ…。フェスティバルも出来ないよ…!」

 

 

「…………」

 

 悲しむフレンズ達の中でただ一人、眉をひそめたまま硬直するフレンズがいた。

 

「カントク…?」

 隣にいたキジが、そのフレンズ──ヘビクイワシの顔を覗き込む。「どうしたの? そんな顔して…」

 

「…私のせいです……」

 ヘビクイワシは声を震わせた。

 

「待て、お前のせいではない。少なくとも」

 唯一事情を知っていたトキイロコンドルが、すかさず彼女のフォローに入る。が、ヘビクイワシは聞く耳を持てないようだった。

 

「私のせいです……どう責任を取れば……」

 

「落ち着け。まずはケツァールの話を聞こう」

 

 キジは訳が分からず、首を傾げた。が、すぐにケツァールに目を向ける。

 

 

「あのセルリアンは私たちを騙して、フェスティバルもろとも私達をここから追い出す気よ。でも、何か解決策はあるはず…! みんなで考えれば、きっと良い方法が見つかるわ」

 

 

「………」

 

 

 フレンズ達はうつむき始める。

 

 が、ケツァールは話し続けた。

 

「どうすればあのセルリアンに対抗できるか、みんなで考えましょう。フーカもその内来てくれるはずよ」

 

 必死に語りかけるも、返事がない。

 

「…みんな……?」

 

 ケツァールは、フレンズ達を見回した。

 彼女に賛同する者はおらず、誰もがうつむいたまま顔を上げない。

 

「ちょ、ちょっと、どうしたの…?」

 

 先程とは打って変わった空気に、ケツァールは困惑する。

 

「ねえ、ダー、何か言ってちょうだい──」

 

「…無理だよ……」

 

 ついさっきまで笑っていたはずのダーウィンフィンチも、うつむいたままぼやいた。

 

「…え……?」

 

「無理だよ…! セルリアンに対抗する気なんて、私にはないよ…」

 

「な、何で…」

 

「もう良いんだ……友達もいらないし、セルリアンなんてどうでも良いし、ぶつぶつ…」

 

「………」

 

 別人のような態度に、ケツァールは確信した。

 

 あいつが、行動をエスカレートさせている…!

 

 どうする…?

 私だけで、何ができる…?

 

 考えれば考えるほど、分からなくなる。

 

 次第に彼女は、今まで何を考えていたのか、記憶を失い始めた。

 


 あれ…? 私……

 

 

「…こんなに考えても仕方のないことを一生懸命……考えていたの…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 『輝き』を失ったフレンズ達を、一人のフレンズが睨むように見渡していた。

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