#102 おちこみ

「…フーカさん?」

 

 写真にすっかり気を取られていた私は、アキちゃんに肩を叩かれて我に返った。

 

「…あっ、ごめん!」

「その写真が気になるんですか?」

「う、うん……あっ」

 声をかけてきたのは、青を基調としたカラフルな姿をしたフレンズだった。色以外は、シロクジャクさんとそっくりである。彼女は確か、クジャクさんだ。

「それは、かなり前に撮られた写真ですわ。確か…このカフェがオープンする前に撮られた写真だったような…」

「……この人って、誰?」

 私は、アスカの隣で笑う、アスカにそっくりな女性を指さした。年齢は、こちらの女性の方がかなり上のように見えるが…。


 クジャクさんは、写真に顔を近づける。

「あぁ…その方は確か、フーカさんのお母様だったはずです」

「お母さん……? あぁ、なるほど」

 当然と言えば当然か。ここまで似ているのだから、親子以外の何者でもないだろう。

 


 …ん? 待てよ…?


 この世界は、私がいる世界よりも数十年先の未来なんだよな…?


 ある考えが脳裏をよぎった瞬間、背筋がぞっとした。

 


「…この人の名前って、分かる…?」

 恐る恐る聞いてみる。

「いや、そこまでは…」

 クジャクさんは眉をひそめた。

「私も存じ上げませんね」

 シロクジャクさんも首を傾げる。

「ただやはり、口調も行動も、アスカさんにそっくりな方でした」

「強いて言えば、アスカさんほど活発ではありませんでしたね」

「…そっか…」

 名前が分からないのなら、信憑性は低いが…

 

 

 もしかしたら、この人は──

 

 

「ピアノがとても上手だったわよ」

「え?」

「この人でしょう?」

「あ、うん…」

 突然話に入ってきたのは、オオフラミンゴさんだった。

「この人、たまにパークに来ては、ステージでピアノを弾いていたわ。すごく綺麗な音を出すのよね。ヒトの間では、かなり有名なピアニストだったらしいわよ」

「ピアニスト…?」

 一瞬、頭の中が真っ白になった。

「…あぁ、なら違うか…」

 自分に言い聞かせるように、ぼそっと呟く。

「? 何が違うんですか?」

「あっ、いや、何でもない…」


 まさか。

 ピアニストだなんて、そんな…

 

 …いや、でも……

 

「…あの、アスカさんの名字って、何て言うか分かる?」

「…みょうじ?」

 3人は首を傾げた。

「うん。名字」

「みょうじって…何でしょう?」

「あ、えっと……アスカさんの名前はアスカだけじゃなくて、その前にもう一つあると思うんだ」

 うーん、なんと言えば良いのか…。

 きっとフレンズに名字という概念は無いだろうから、アスカはアスカだったのだろう。

 博士がいれば、分かってくれたかもしれないが…。

 

「あぁ、確か『オダ』だったような…」

「!! ほんと!?」

 答えてくれたのは、またしてもオオフラミンゴさんだった。


 オダ…私と同じ名字だ…!

 


 ということは、やはり……

 


「…この人、私かもしれない」

 


 思わず、口に出して言ってしまった。

 

「…え? この人が、フーカさん?」

 アキちゃんが、驚いた様子で聞いてくる。

「確かに、フーカさんともとてもよく似ていますわね」

 クジャクさんが、写真の女性と私を見比べながら言った。

「でも、おかしくないかしら? このヒトがフーカなら、今いるフーカも大人になっているはずじゃない」

「いや、私は過去から来てるから…」

「過去から…?」

 フレンズ達は、訳が分からないと言わんばかりに首を傾げている。会話が気になった他のフレンズ達も集まってきたので、玄関は満員状態になっていた。

 

 


「…つまり、アスカのお母さんがフーカ、ってことですか…?」

 

 


 コハクチョウさんの問いかけに、私は軽く頷いた。

 

「…多分」

 

「ええっ!?」

「フーカさんは、ピアノが得意なんですか!?」

「親子なのに、アスカのことは何も知らないの?」

「ちょっとよく分からないんですけど…」

「過去から来たってどういうことですか…?」

 

 またしても、質問攻めにあう。

 室内はざわめいた。が、私はどの質問にも答えられなかった。

「…いや、分からない…」

「? 分からない?」

 

「だって、私も分からないから…。何で私がここに来たのか、ここが本当に現実の世界なのか、未来なのか…」

 

 何もかも、分からない。

 

 さっきまでざわついていた室内が、私の言葉でしんと静まり返った。

 

「…あっ、何かごめん…。今のは忘れて」

 

 フレンズたちは、呆然としている。


 …わ、話題を変えよう!

 

「あ、あと、この人は何ていうの?」

 私は慌てて、アスカの隣に写っている見覚えのある男性を指差した。

 彼は間違いなく、あの時私のスマホを拾ってくれたガイドだ。

 

「あぁ、ヨシアキさんですか?」

「ヨシアキさん…?」

「アスカさんより少し後に入ってきたガイドさんです。鳥に凄く詳しくて、頭の良い方でした」

 なるほど、ヨシアキっていうのか…。名前を知ったからと言って、どうにかなる訳でもないが。

「ハカセとジョシュに、しょっちゅうちょっかいを出してましたよね」

 タンチョウさんの声に、数人のフレンズがくすくすと笑った。

「でも、とても良い方でしたよ。気さくで優しかったですし……。でも…」

「…でも?」

「あっ、いえ、何でもありません」

 タンチョウさんは、両手を横に振った。

「…?」

 でも、何だろう?

 疑問を抱えていると、オオフラミンゴさんが手をぱんぱんと叩いた。

 

「写真の話はこの辺にして、飲みかけのドリンクを片付けてしまいましょう。少し休憩したら、また練習よ!」

 

 彼女の掛け声に、メンバー達は自分の席へと戻っていく。

 クジャクさんが、私とアキちゃんに「お2人もごゆっくりしていってください」と言ってきた。

 

 フレンズだけで運営しているカフェの原理も気になることだし、ここはお言葉に甘えよう。

「どんなメニューがあるの?」

 椅子に座りながら、私はクジャクさんに聞いた。

「ヒトがいなくなってしまったので、食べ物は出せなくなってしまっています。お茶は色々な種類があります」

 すると、クジャクさんはカウンターから箱を持ってきた。

「一つ選んでください」

 箱は仕切りで何等分かに区切られており、その中に様々な色や形をしたティーバックが入っていた。

 なるほど。フレンズは字が読めないため、このような手段を取ったのだろう。香りや色から自分の好みを見つけ、お茶にしてもらう…なかなか良い考えだ。

「…これが『おちゃ』なんですか…?」

 アキちゃんは、ティーバックを見つめながら首を傾げている。

 

 取り敢えず、私もアキちゃんも、何となく気に入ったティーバックを選んでお茶にしてもらうことにした。

 クジャクさん曰く、ヒトがいなくなる前にアスカがたくさんのティーバックを置いていってくれたため、今の所は在庫がたくさんあるのだという。

 お湯は、ポットで沸かしているようだ。

 元々はヒトが働いていたらしいが、ヒトがいなくなる前に、常連だったクジャクさんがアスカに店番を頼まれたらしい。

 

 お茶を待っていると、後ろに座っていたタンチョウさんが話しかけてきた。


「フーカさん…」

「? 何?」

「私達、ステージに出られなくなるとか無いですよね…?」

「…え? いやいや、それはないよ」

 私が全否定すると、タンチョウさんは小さな溜め息をついた。

「はぁ…良かったです…」

 丁度良い。PPPの話題を持ち出してみよう。

「その…PPPっていうグループが来るから…?」

 すると、タンチョウさんとその隣にいたマナヅルさんが、がっくりと肩を落とした。

「そうなんです…。PPPが来るのは私たちとしても歓迎なのですが、とても複雑な気持ちで…」

「私たちが前座になっちゃいそうなのよね…。」

 やはり、とても落ち込んでいるようだ。

 博士に言われた通り、少し励ましてみることにする。

「前座とか、そんなことはないと思うよ? 私もPPPを直接見たことはないけど、何があろうと、自分達のやりたいことを精一杯やれば良いと思う」

 途端に、2人の表情が明るいものになった。

「ありがとうございます…! そう言っていただけると、励みになります…!」

「確かに、私達のやりたいことは…変わらないわよね」

 

 が。

 次の瞬間、2人はまたがっくりと肩を落とした。

 

「でも…やっぱり相手がPPPとなると…」

「……落ち込むわよね…」

 

 えぇ…?

 どんだけ落ち込んでるんだ…?

 PPPと自分達をそこまで比べる必要が、どこにあるのだろうか…?

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