#99  おどし

 演劇のメンバー達は、朝日が上がると共にステージ前に集合した。

 

 トキイロコンドルが徹夜して書き直した物語を詳しく説明し、復帰したメンバー2人を交えての練習が始まる。

 物語の流れは、前と変わらない。ただ、復帰した2人の枠が新たにでき、物語がより複雑になった。

 なるべく早くフーカに披露するためにも、練習は着々と進められた。

 日がすっかり上り、他のフレンズ達が会場準備をしにやって来る頃に、メンバー達は休憩のじゃぱりまんを食べていた。

 

「おっはよう! 早くない? いつからいたの?」

「もしかして、今食べているジャパリまんが朝ご飯かしら?」

 

 じゃぱりまんを頬張るメンバー達の元に、会場の装飾を担当しているオオミチバシリとコウノトリが声をかけた。

「おはよう! そうだよ。早いでしょ?」

 キジが元気に答えると、2人は目を丸くした。

「早っ! 私なんて、さっき起きて急いで走ってきたところだよー…」

「やる気満々なのね。楽しそうで何よりだわ」

「ありがとう! 2人は何してるの?」

「今はねー、見ての通り、椅子とか机とかをひたすら持ち込んでるよ。博士が、椅子がたーくさん入ってる倉庫を見つけてくれて!」

「第1回スカイレースをやった時に使われていた椅子が、そのまま残っていたのよね」

「そうなんだー、頑張ってね!」

「あっ、じゃぱりまん持って来すぎたんですが、良かったらいかがですか?」

 キュウシュウフクロウが、2人にじゃぱりまんを差し出した。

「わぁ、ありがとう! ボスにもらったやつを走りながら食べてたから、ちょうど足りなかったところだよ」

「助かるわ。いただきます」

「良ければ、他の皆さんの分も持って行ってください」

「ほんと!? ありがとー!」

 

 楽しそうに会話をするメンバー達を横目に見ながら、トキイロコンドルは安堵の溜め息をついた。

「みんな元気を取り戻せて、本当に良かったな」

 隣にいたベビクイワシも、安心そうに答える。

「えぇ。これも全て、フーカのおかげでありましょう」

「完成した作品を早く見せないとな」

「…………」

「……どうした?」

 空を仰いだまま話さなくなったヘビクイワシの顔を、トキイロコンドルはしかめた表情で覗き込む。

「何だ? 突然黙り込んで」

「……トキイロコンドル君は、気になりませんか?」

「? 何がだ?」


「私が、セルリアンに脅された内容を」

 

「…!」

 トキイロコンドルは、見開いた。

 過去の揉め事については出来るだけ忘れることにしていたのだが、この問題はトキイロコンドル自身も以前から気になっていた。

 ヘビクイワシが、何故セルリアンにヒーロー物をやるよう脅されたのか。

 どこで、どんな風に脅されたのか。

 その時のヘビクイワシは、無事だったのか。

「…それは確かに気になるな。だが、わざわざ明かしてほしいことでもない。もう過ぎたことだしな」

 トキイロコンドルは、表情を変えずに言った。

 すると、ヘビクイワシは地平線の辺りを眺めながら、

「多分、トキイロコンドル君はそう言うと思いました」

 と、淡々と言った。

「ですが、ここで話しても良いでしょうか? もちろん、メンバー達には明かしません。少し時間もありますし、あちらが盛り上がっている内に手短に話すので」

「私は構わないが、何か理由でもあるのか?」

「はい。ここだけの話ですが、セルリアンは私達が後にフェスティバルを開くことを予想しているかのようでした。あの時のセルリアンの言動が、今後起こるかもしれないトラブルを示準していたら…。ここでトキイロコンドル君だけにでも言っておいた方が、そのトラブルを抑えられるのではと思ったのです」

「そうか」

 太陽は空高く昇ろうと、地平線を越えていた。

 日光に目を細めながら、トキイロコンドルはメガネのつるをくいっと上げた。

「…それで、どんな事を言われたんだ?」

 ヘビクイワシは、少し俯き加減に話し出した。

 

「ヒトがいた頃の最後の公演をする少し前に、私はひでり山の中腹で日記を書いていました。そこでヨシアキ君に声をかけられたのですが、姿形は明らかにヨシアキ君だったはずなのに、彼は自らをセルリアンと名乗ったのです」

 トキイロコンドルは、黙って話を聞いている。

「私は意味が分からず冗談として聞き入れたのですが、ヨシアキ君はその場で姿を変えたのです。それも、この私に…。当然私は驚いたでありましょう。姿を変えられるセルリアンなど、信じ難いものでしたし…。そこで、セルリアンに脅されたのです。演劇はヒーロー物をやれと」

「………」

「何故ヒーロー物をやらねばならないのか聞いたところ、彼は『近い将来、パークの何もかもが終わるから、無駄に幸せなシンデレラをやるよりも、争いが多いヒーロー物をやった方が滑稽だ』と答えました」

 トキイロコンドルは、顔をしかめた。

「そんな、くだらない理由で…?」

 ヘビクイワシは軽く頷く。

「はい。もちろん私は反抗したのですが、『ヒーロー物にしなかったら、フレンズ達の輝きを奪う』と…」

「…輝き……?」

「はい」


 トキイロコンドルは、過去の自分の言動を酷く後悔した。

「そんな、理不尽な、言い方で…」

 後悔と共に、苛立ちの感情が湧いてくる。

 無駄に幸せな、シンデレラ…? 意味が分からない。

「もちろん、当時はそのセルリアンの存在は誰も知らなかったので、誰にも言うなと口止めもされました。しかし、カケルに話した時に、つい口が滑ってしまって…」

「…それで、突然ヒーロー物にしようと…」

「はい。私も、無理してヒーロー物をやろうなどという考えは一切ありませんでした。なので、ヒーロー物とシンデレラを混ぜた物語にすると決まった時は、輝きを奪われるのではないかとヒヤヒヤしたでありましょう」

「そうだったのか……すまなかった」

「いえ、悪いのは私で──…いえ、過去のことはもう忘れましょう」

「…そうだな」

「問題はここからでありましょう。セルリアンは私との別れ際に、『ヒトはすぐにいなくなる。ヒトがいた頃の盛り上がりを取り戻そうとしても、その内フレンズも消滅する。せいぜい頑張るんだな』と言ってきました。それが本当かは分かりませんが……現に、そのセルリアンは姿を現し、何かを企んでいる可能性もあります」

「…フレンズが、消滅…?」

「はい」

「流石にそれは、有り得ないと思うが…」

 冗談交じりにトキイロコンドルは言う。

 サンドスター火山の噴火活動を停止させない限り、フレンズは消滅しないはずだ。あるいは、パーク内に生息する動物を1匹残らず島から出すか、島ごと潰すくらいしか考えられない。そんなことがセルリアンに可能なのだろうか?

「何が起きるのか、セルリアンが何を考えているのか、私にはさっぱり分かりません。全て、ただの脅しなのかもしれない…。ですが、少しくらい危機感を持っても良いのではないかと思うのです」

「…まぁ、そうだな…。あのセルリアンが復活した、という噂も耳にしているからな」

「私が心配症なだけかもしれませんが」

「とにかく、今はやれることをやろう。それしかない」

「…そうですね。ありがとうございます」

 談笑するメンバーの元へ向かうため、2人は立ち上がった。


 歩き出した瞬間、ヘビクイワシの耳元で、ささやく声がした。

 

 

 

「残念、時間切れです」

 

 

 

「…え」

 

 ヘビクイワシは振り返る。

 

 そこには、笑みを浮かべた1人のフレンズが、背筋をぴんと伸ばして立っていた。

 

「…リョコウバト君? どうしました?」

 

「時間切れです。ヒーロー物にしてくれると信じて、最後まで見ていましたが…」

 

「? ヒーロー物も入っていますよ?」

 首を傾げる。が、ヘビクイワシはそこで気がついた。

「…! まさか…」

 

「あの時、『輝きを奪う』と言いましたよね?」


 ヘビクイワシは確信した。


 彼女は…セルリアンだ。

 

「…悪いのは私です。犠牲は私だけで構わないでありましょう」

 

 赤いメガネの奥の瞳が、リョコウバトを睨みつける。

 しかし、リョコウバトは動じなかった。愛想の良い笑顔を絶やさないまま、明るい口調で話す。

 

「いえ、あれは脅しではありません。本当です。セルリアンは、フレンズの輝きを奪うことができます。それはあなたも知っているでしょう? 監督さん」

 

 ヘビクイワシは、メンバー達の姿と、その元へ向かって歩くトキイロコンドルの背中を見た。

「…皆の輝きを奪うなど、私が許しません」

 せっかくまた団結して、良い方向に向かっているのに。

「フェスティバルに向けて、チホー中のフレンズ達が準備を進めています。貴方が邪魔をしたとしても、絶対に成功はしないでありましょう。フレンズの力を甘く見ないでいただきたいです」

 リョコウバトから目を離さないまま、ヘビクイワシははっきりと主張した。

 

 リョコウバトは、「ふふっ」と鼻で笑う。


「成功しない? なら、私が何をしようとフレンズ達には関係がないのでは? フレンズの力を甘く見ないでほしい? それはこちらの台詞です」


 そして、無機物のような冷たい目で、ヘビクイワシを見た。

 



「セルリアンの力を、甘く見ないでいただきたいです」

 



「………」

 

「カントクー! リョコウバトー! 何話してるのー?」

 

 キジに声をかけられ、ヘビクイワシは振り返る。

 

「すみません、すぐに向かいます」

 

 そう一言かけてからリョコウバトの方に目線を戻すと、

 

 


 彼女の姿は、そこにはなかった。

 

 


 



 

 

 強い風が、音を立てて吹きつけた。

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