#96  あき

 博士のログハウスは、懐かしい木の香りがした。

 

「失礼しま──」

 

 博士に促されて中に入るや否や、私の目にある物が飛び込んできた。

 

「…えっ?」

 

 机の上に置かれた、鳥の剥製。

 その鳥はとても美しい羽色をしていて、ガラスの中に丁寧に収められていた。

 今にも動き出しそうな体勢で、木にとまっている。

 

「何これ、剥製…?」

「名前をよく見るのです」

「? 名前? ──あっ」

 

 ガラスに貼り付けられた札には、『スズメ目ヤイロチョウ科 ヤイロチョウ』と書かれていた。名前の下には、説明文らしき文章がつらつらと書かれている。

 

「ヤイロチョウ…? って、もしかして」

 私の脳裏に、1人のフレンズの姿が思い浮かぶ。

「アキです」

 博士にそう言われ、私ははっとした。

「…あれ? そう言えば、アキちゃんは?」

「だから、この剥製がアキなのです」

「…はい?」

 

「アキは元々、生きていた動物ではなく、剥製だったのです」

 

 …どういうことだ……?

 必死に頭を回転させる。

 

「! まさか……」

 


 アキちゃんは、元の姿に戻ってしまったのか…?

 


「…残念です」

 博士がうつむいた。

 

「な、何で…」

 

「分かりません。レースの準備をしていたメンバーが、朝起きたらアキがおらず、代わりにこの剥製があったと言っていました。準備でサンドスターを使い過ぎてしまったのかもしれません」

 

「嘘……」

 

 私は絶句した。

 

 

 

「…あ、フーカさん!!」

 

 

 

 突然、ドアの開く音と共に、聞き覚えのある声がした。

 

 

「え?」

 

 振り返ると、そこにいたのは──

 

 

 アキちゃんだった。

 

 

「えっ? えっ、あ、あれ…?」

 

 私は動揺する。

 

「アキちゃん、だよね…?」

 

「え? そうですけど…?」

 

 慌てて確認しようと、博士を見る。

 

 すると。

 博士が、私を見て少しにやけていた。

 

 ま、まさか……

 

 

 騙された……?

 

 

「考えてみるのです…! 光をくぐってパークに来たのなら、生きていないはずがないでしょう? それにこの剥製は、ガラスに囲まれています…サンドスターが入ってくるはずがありませんよ…!」

 

 そう言って、博士は最後に「ふふっ」と笑った。

「フーカもまだまだですね」

 

 騙された……!!

 

 私は苛立ちを覚えたが、それよりもアキちゃんがちゃんといることへの安心感が上回った。

 それに、博士がはっきり笑うのも初めて見られたので何だか満足だ。

 

「? 何かあったんですか…?」

「いえ、何でもないのです。とにかくフーカ、頼み事があります」

 首を傾げるアキちゃんをよそに、博士は私にそう言った。

「? 何?」

「この剥製は、他のチホーにある博物館から持って来たものです。博物館にいたフレンズは、間違いなくヤイロチョウだと言っていました。博物館には別の用事で行ったのですが、これを調べればアキについて何か分かるかもしれないと思い、ついでに持ち帰ってきたのです。どうでしょう?」


 どうでしょう? って、突然言われても…。

 

「要は、この札に書いてある文書を読んでほしいのです」

 

 あ、なるほど。

 フレンズは、文字があまり読めないんだったな。

 

 私は、札に書かれた文章を声に出して読んだ。

 

「『ヤイロチョウ、スズメ目ヤイロチョウ科……日本では本州中部以南に飛来する夏鳥で、森林の薄暗い場所を好む。ミミズや昆虫を食べる。人間による森林の開拓などによって、生息数は減少しており、絶滅が危惧されている。高知県の県鳥でもある。寄贈、兵庫県安芸市、安芸市動物公園、動植物保護センター…──あ!」

 

「……?」

 

「そういう事だったんだ…!」

 

「何なのです? 勿体ぶらずに教えるのです」

 1人で感動していた私を、思考が追いついていない博士が急かしてくる。

 

「アキちゃんの足輪に書かれてるのは、街の名前だったんだ」

 

「まち…?」

 アキちゃんが首を傾げる。

 

「ここはホートクチホーって呼ばれてるでしょ? それと同じで、その場所の名前ってこと。日本の兵庫県っていう場所に、『安芸市』っていう町があったんだ」

 

「…ややこしいのです」

 博士は顔をしかめている。

 

「とにかく、アキちゃんはその『安芸』っていう場所の、動物が保護されている施設にいたみたい。信憑性は低いけど、『あき』って名前の市は他にないと思うし、足輪からしても間違いないと思うんだ」

 

「動物が、保護…」

 博士は、何か思い当たる節がないか考えているようだ。

 

 アキちゃんは、ほとんど意味が分かっていないようでぽかーんとしていたが、突然はっとして声を上げた。

 

「そうだ!! 私がよく見る夢に、ヒト? に捕まる場面がありました。私はそのまま身動きが取れなくて、ヒトがたくさんいる所に連れていかれて…綺麗だとか可哀想だとか、色々な事を言われる夢でした」

 

「ヒトの、見せ物にされたのですね」

 博士が、少し皮肉を込めて言った。

 

 だんだんと分かってきた。

「多分、アキちゃんは怪我か何かをしてて、そこを人に保護されたんだと思う。その後、動物園で展示されたんじゃないかな」

 

 だからきっと、人混みが苦手なのだ。

 

「動物園…なるほど、分かりました。やはり、剥製を持ってきて良かったのです。この鳥は、とても美しいのです。たくさんのヒトが魅了したことでしょう」

 

 しかし、疑問が1つ残っている。

「でも、何で光をくぐった時に私の足元にいたんだろう…? 怪我が治った後に、動物園から逃げ出したってこと?」

 

「多分、そうだと思います」

 アキちゃんが、自ら頷いた。

 

 確かに、そうだとしたら初めて会った時にお腹が空いていたことにも頷ける。

 しかしまあ、兵庫からお隣の京都まで、よく飛んだものだな…。と、口に出したい所だったが、日本の地名を知らない2人に言っても話を余計にこじらせるだけなので、やめておいた。

 

「…さて、アキの謎が大方解けたので、次の話に移りましょう。フーカには、明日からまた別の仕事を頼みたいのです」

 

「どんな仕事?」

 

「歌とダンスをやりたいと言っているメンバーの手伝いなのです」

 

「歌と、ダンス…? あぁ」

 思い出した。ひでり山の頂上で、オオフウチョウさんが踊っていたあのグループだ。

 あのメンバーなら問題も(多分)なさそうだし、演劇よりはすんなりと行くだろう。

 


 と、思っていたのだが。


 

「彼女達はなかなか良い雰囲気で練習をしていて、仲も良い…のですが、大きな問題が1つできてしまいまして」

 

「…え、えぇ…?」

 

 一難去って、また一難。

 フレンズには、トラブルが付き物なのだろうか…?

 とりあえず、萎えるのは問題の内容を聞いてからにしよう。

 

 

「フェスティバルに、ジャパリパーク1のアイドル・PPPが参加することになったのです」

 

 



 

 

 ……ケパブ………?

 

 

 ………って、アイドルなの…?

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