#92  こうろん②

 メンバー達は、一斉に顔を上げた。

 

「カケルと、話してた…?」

「何を話してたの…?」

 カケルと話すことは、何ら悪いことではない。ただ、何もかも見透かしているようなディアトリマと、それに過剰に反応したヘビクイワシの心情が気になった。

 

 何か、変なことを話したのだろうか。

 

 不安になるメンバー達をよそに、ヘビクイワシは眼鏡のつるをくいっと上げた。

「…確かに、私はカケルと話をしました。ですが、特に変なことは話しておりません」

 彼女の額に冷や汗がつたうのを、一部のメンバーはしっかりと見た。

 鳥類は目が良い。時には、遠くにいる者であってもその表情を細かく確認し、相手の意図を読み取ってしまうのかもしれない。

 

「本当に? じゃあ、私が空耳しただけ?」

 

 ディアトリマは、疑いのこもった目でヘビクイワシを見つめる。

 かつて生態系の頂点に立っていた巨鳥。確認されているフレンズの中で、もっとも古き時代を謳歌していたとされる動物。

 

 フレンズ達は、息を飲んだ。

 まだ意味は何も分かっていないのに、何故か恐怖を感じる。

 嫌な予感がする。

 話を引っ張るディアトリマに、キュウシュウフクロウが小さく手をあげ、意見した。

 

「あの、ヘビクイワシさんとカケルさんは何を話していたんですか? それが分からないと、私たち話についていけないのですが…」

 

 ディアトリマは一瞬キュウシュウフクロウを見た後、一気に話した。

 

「ヒトがいた時にやった最後の公演が終わった後に、ヘビクイワシがカケルを呼んで、『シンデレラはもうできないかもしれない』って言ってたんだ。カケルが悲しそうに『なんで?』って聞いたら、ヘビクイワシは『セルリアンに脅されたから』って…」

 

「セルリアンに…?」

 トキイロコンドルの目が細くなる。

 ヘビクイワシは、ディアトリマから目をそらした。

「…セルリアンって、もしかしてあの…?」

 キジの一言に、オウギワシが声を張った。

「すっ、スザクが封印した奴か?!」

「まさかカントク、あの騒動の前からセルリアンの存在を知ってたの…?」

 ヒメクビワカモメが、不安げに問いかける。

「………」

 ヘビクイワシは、俯いたまま答えない。

 

 ディアトリマがしびれを切らした。


「何でお姉さん達に黙ってたの!? みんなに相談してくれれば、何でも乗ったのに…。ただでさえあの騒動でみんな暗くなってるのに、これ以上場の雰囲気を紛らわせようとしたの?!」

 

 監督の顔は上がらない。

 

「私だって、ヒーロー物に戻そうって監督が言わない限りは黙ってようって思ってたんだよ。たまたま見ちゃったお姉さんにも非はあるし…。でも、何でここまで来たのに今更言うの?! セルリアンに何て脅されたのかは知らないけど、監督なら場をわきまえるべきじゃなかったの?!」

 

「落ち着いてほしい」

 

 必死に訴えるディアトリマを、トキイロコンドルが引き止めた。

 そして脚本家は、監督を睨む。

「本当に、セルリアンに脅されたのか?」

 監督は少し顔を上げた。

「本当に、自分で判断をせずにヒーロー物にしようと言ったのか?」

「……セルリアンには脅されていません。私の判断でありましょう」

 監督は、声のトーンをいつもと変えずに答えた。

 しかし、脚本家は黙っていられない。

「なら、なぜディアトリマがこんなことを言っているんだ?」

「……」

「彼女が嘘をついていると言うのか? あのセルリアンはスザクが封印したはずだ!」

「と、トキイロコンドルさん、落ち着いてくださいー…」

 ライチョウが間に入ろうとするが、通用しない。

「せっかくフェスティバルのために頑張って来たのだから、今更変える必要はないだろう! フーカも困ってしまう!」

「お、おい…」

「ちょっと落ち着きましょうって、このまま喧嘩しても…」

「演劇を続けると言ったのはお前だ! 私はいつ辞めても良かったんだ! 楽しくやれていた時みたいになれれば良いなと思ってやっていたが、こんなに暗い雰囲気の中ではやはりやっていけない! 限界だ──」

 

「だから落ち着けよ!!」

 

 とてつもない大声が耳を貫き、脚本家ははっとする。

 怒声を発したのは、キュウシュウフクロウだった。

 

「このままじゃ何も生まれないだろ! フェスティバルには出るって言っちゃったんだから、やるしかねぇだろうが!」

 

 滅多に見られない、キュウシュウフクロウの怒りモード。過去に見たことがあるフレンズ達の間では、『キューティーの怒声解放』と呼ばれていた。

 普段、色々な性格を設定して演じているキュウシュウフクロウだが、ここまで荒い性格を設定することはない。

 つまり、彼女の本性が垣間見られる瞬間なのだ。

 

 唖然とするメンバーを前に、キュウシュウフクロウはこほんと咳込んでから、いつものテンションに戻り、話を続けた。

 

「…とにかく、続けましょう。このまま口論が続くくらいなら、ヒーロー物とシンデレラをいっそ混ぜてしまいませんか?」

 

「…混ぜる? どうやって?」

「そのままですよ。話を混合するんです。ヒーローとシンデレラを。トキイロコンドルさんなら、そのくらい出来るのではないでしょうか?」

 そんなこと言ったら、脚本家を余計に怒らせるだろ…!と慌てるメンバーもいたが、脚本家は冷静に答えた。

「…なるほど、分かった。やってみよう。確かに、これ以上争っても何も生まれない」

 それと…と、脚本家は付け加える。

「これ以上口論が起きたら、私は脚本家を辞めよう。今日のことは、もう忘れてほしい。心を入れ替えろ」

 


「一番落ち着きがないのは、私だったな。雰囲気を余計に壊して、悪かった」

 

 

──────

────

──

 

 

「…それで喧嘩は治まったんたけど、その後ディアトリマさんが、喧嘩の原因は自分だって言ってメンバーを抜けて…。それに続いてボクも、怖くなって逃げ出したんだ。元々メンバーじゃなかったから、昔何があったのか分からなくて、怖くて…」

 

 ヒメクビワカモメさんは全て話し終えた後、大きな溜め息をついた。

 寿命を縮めてしまったようで、非常に申し訳ない。

 

 ディアトリマさんは、俯いたまま息を震わせていた。

「…そ、そんなことが…」


 私にはいくつか引っかかることがあった。

「でもそれって、全部そのセルリアンの仕業だったよ…って言ってあげれば解決するんじゃない?」

 すると、博士が話に入ってきた。

「いや、彼女達はもう分かっていると思うのです。奴が復活したと聞いていればですが。ただ、これ以上喧嘩をしたくないがために、解決策を言い出せないだけなのでしょう」

 続いて助手も口を開く。

「演劇グループが仲間割れしたという噂を聞いた時から、少し怪しいと感じてはいましたが…。これで確定ですね。間違いなく、奴の仕業なのです」

 私的には『奴』と呼ばれるセルリアンの存在を早く知りたいのだが、それよりも先に、演劇のことを片付ける必要がありそうだ。

 

「じゃあ、私が説得してくるよ」

 私はすくっと立ち上がった。

 すると、ヒメクビワカモメさんが両手を横に振ってきた。

「えっ! いやいやいや、いくらフーカでもそれは止めた方が良いって! 演劇、なくなっちゃうかもしれないよ?!」

「でも、あの雰囲気のままやってたって多分続かないよ。ていうか私が続けにくい」

「でも! 止めた方が良い!!」

「大丈夫だって。今の私、そこそこ信用されてるっぽいし……2人も一緒に説得しに行こう。ディアトリマさんがみんなに身の潔白を訴えれば、何とかなるって」

「で、でも…」

 私を吹っ飛ばした程の力を持つディアトリマさんが、気の弱い声を出した。

 私は少しカチンと来て、博士と目を合わせるなりこう言った。

「博士、ディアトリマさんを連れてって。助手は私をよろしく」

「…演劇メンバーの場所へ、ですか?」

 真顔で問いかけてくる博士に、私は黙って頷いた。

 博士はこの先も、私に大量の仕事を押し付けてくるはずだ。なら、目の前にある問題はさっさと解決させて、次の仕事に進みたい。解決策が既にあるのだから、尚更だ。

 でないと、あと数週間でフェスティバルを開催することはできないだろう。

 

「フーカがその気なら、我々も賛成なのです。行きましょう」

 

 博士は少し口角を上げ、軽く頷いた。

 そのままディアトリマさんの腕を掴み、強引に引っ張る。

「ちょっ、ちょっと!!」

「早く行くのです。お前達だって、演劇をやりたいのでしょう?」

 ディアトリマさんはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。

「……分かったよ…」

「ヒメクビワカモメカモメ、お前も来るのです。演劇をやりたいのであれば」

「…ディ、ディアトリマさんが行くなら、ボクも…。怖いけど…」

 ヒメクビワカモメさんも、続いて立ち上がった。

 

 

 私達は、ログハウスを後にした。

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