#90  ゆめ

 目の前は真っ暗だ。

 当然だ。私は今、寝ているんだから。

 

 ──え?

 寝てるのに、何で意識があるんだろう?

 

 真っ暗なはずの世界に、無数の光が差し込んできた。

 目が覚めた? いや、私は寝ている。

 

 

 私は、夢を見ているのか。

 

 

 そこは、木漏れ日が細かく差す森の中。

 うっそうと茂る葉っぱの固まりから、何かがにゅうっと飛び出してきた。

 

 ──手?

 

 自分の体と同じくらいある巨大な手は、そのまま私に覆いかぶさった。

 

 ──えっ、ちょっと……

 

 その手は、私の体を優しく掴んで…

 ひょいっと持ち上げた。

 

 ──何で?! 何?!

 

 優しく持たれているはずなのに、身動きが取れない。

 いや、私に動ける力がなかった。

 

 もう駄目だ。諦めよう。

 目の前が、また真っ暗になった。

 どうやら、狭い箱の中に入れられたようだ。

 

 私はこのまま、どうなっちゃうんだろう。

 訳が分からないまま、深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、夢の中で目が覚めた。

 

 私は、人混みの前にいる。

 狭い空間。茶色い壁。

 電気の光から隠れられる場所もない。

 自由に飛ぶこともできない。

 

 食べ物なのか分からないけど、つぶつぶした何かがお皿にこんもりと盛られていた。そしてその隣のお皿には、透き通った水が入っている。

 

 ガラスの向こう側から、無数の目が私をひっきりなしに見つめていた。

 

 怖い。

 

「ヤイロチョウ? へー、綺麗だな」

「こんな鳥が日本にもいるのね」

「えー、外国の鳥じゃないのー?」


 怖い。


「可哀想だなぁ、こんなとこに閉じ込められて」

「かわいー! どっかで捕まえたんかな?」

「いや、怪我してたのを保護したらしいよ。ほら、書いてある」


 怖い。


「あ、ホントだ。もう野生には戻れないんだ…かわいそー」

「絶滅危惧種か…可哀想に」

「こんな所に閉じ込められて…可哀想ねぇ」

「ほんとはきっと空を飛びたいんだろうなぁ、かわいそうー…」

 

 口々にぶつけられる、「可哀想」という言葉。

 

 そう思うなら、今すぐ私をここから出してほしい。

 

 他人事にしないでほしい。私を見捨てないでほしい。

 ここにいる方が安全かもしれない。ご飯もいつでも食べられるかもしれない。

 でも、私は外の世界が見たい…!

 

 ここは、私がいるべき場所じゃないんだ!

 

 ヒトの目が、言葉が、怖い。

 この場所が、環境が、怖い。

 

 怖い。

 

 

 怖い。

 

 

 怖い。

 

 

 怖い…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っ!」

 

 夢から覚めた私は、冷や汗をかいていた。

 

 自分の手を顔の前へ持って行って、閉じたり開いたりを繰り返す。

 ここは現実であることを確認してから、大きな溜め息をついた。

 

 また、同じ夢を見た…。

 

 いつもいつも、ヒトの見せ物になって、怖い思いをして目が覚める。

 

 

「あ。アキちゃーん、大丈夫ー?」

 

 机の上にじゃぱりまんが入ったカゴを置きながら、ドードーさんが心配そうに私に声をかけてきた。

「あっ、すみません…。ちょっと変な夢を見て…」

 私はソファから起き上がり、頭を下げる。

 ドードーさんは「いや、大丈夫だけどさー…」と手を横に振った。

「だいぶうなされてたよー。どんな夢を見たのー?」

「うーん…何というか……何なんでしょう」

「え、えー…?」

「あまり覚えてなくて…」

「そっかぁ、夢って忘れちゃうもんねぇ」

 説明のしにくい夢だったので、忘れた振りをした。

 それに、あの情景を思い出したくもない。

 

 よく分からない木の板や鉄の棒がたくさん置かれた、広い倉庫の中。

 中心部には、小さな机を囲むように大きなソファが四つ置かれている。ここにあるものは、ヒトが使っていた時のままらしい。

 ドードーさん、カワラバトさん、ジャイアントモアさんの三人は、ここを拠点にスカイレースの準備を進めていた。

 

 スザクさんに花火の交渉をした後、私とウグイスさんはログハウスでしばらくゆっくりしていた。そこにハカセとジョシュがやって来て、私たちにスカイレースの準備を手伝うよう指示してきて、今に至っている。

 

 倉庫の中には、ドードーさん以外誰もいない。

 どうやら、みんなはもう作業に向かっているようだ。

「すみません、寝坊しちゃって…」

 私はもう一度謝ってから、じゃぱりまんを頬張った。

「良いって良いってー。あっ、今日はゴール地点の準備をするって。レースに出る子達も来てくれるみたいだから、捗りそうだねー」

「はい、分かりました!」

「えーっと…。それと、いつも通りお願いなんだけどー…」

「あっ、もちろん運んでいきますよ」

「ごめんねー、いつもいつも……私も空、飛びたいなー」

 あはは…と、私は苦笑いした。

 

 

 夢のことは忘れよう。

 私は私、今の私が私だ。

 

 きっとあの夢は、私の勝手な妄想だ。

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