第3話 杏とひととせ

 少秘警の設備拡大化により、新たに射撃場が増設された。

 設備拡充案を会議の場に持ち出したことも驚きだが、それを警察の上層部が許可したことも驚きだ。彼らを納得させる案件はどんなものなのか。


 少秘警──射撃場


 ずらりと的が並ぶ射撃スペースは圧巻で、しっかりとした防音加工まで施されている。高い位置にある窓が太陽を捉え、空間の隅々にまで光を入れていた。

隅の方で杏は拳銃を構え、意識を集中する。鋭い瞳で遠く離れた的に照準を定めた。

 深く息を吸い込み、ベストなタイミングを見計らうと、光の速さで引き金を引きまくった。

 弾切れになると弾倉を床に落とし、予備の弾倉に取り替えて撃ち続けた。



「っあああああもう!なんやねん!人が知らんトコで謹慎て!アホかぁ!アホォ!」



 杏は怒りを射撃のみならず、口にも出した。

 せっかく新しいゲームの置いているゲームセンターを見つけたのに。遊園地のチケットも貰ったから誘おうと思ってたのに。


 仕事を終えて戻ってきた杏に待っていたのは二人の処分実行中宣言で、良い知らせなんて全くなかった。脳裏を横切る始末書と見てもいない警察の勝ち誇った顔。

警察あいつらかて被害者いっぱい出しとるやん!大規模犯罪止められへんで少秘警ウチらに頼ったん何回あると思うてんねん!そのクセ自分ら謹慎せんのにウチらは『はい、死刑』っていてこますぞ!」

 湧き上がり続ける怒りと悔しさ。

 どうして持ちたくもなかった能力のせいでこんな差別を受けるのか。

 どうして能力の有無だけで、あんな人間のクズが威張れるのか。


「何が違うってんねやぁぁ!!」




「怖いんだよ」




 杏の怒りの射撃中に、誰かが予備の弾倉を奪った。杏が「あぁ!?」と叫んで横を見ると、少秘警の制服を着た少年が立っていた。

 艶のある黒髪を髪紐で束ね、整った顔立ちはまさに『美人』という言葉がよく似合う。まつ毛が長く、優しげな青い瞳は杏を映し、右目の下には妖艶な泣きぼくろがあった。


「はーい、そこまで。一人で銃弾使い切る気?俺も訓練したいんだけどな」


 警護課──風谷かぜたにひととせ は床に散った大量の弾倉を見下ろして呆れた。

「こんなに使っちゃってもー、長谷警部に怒られるよ?弾って高いんだろ。それをこうポンポコ使ったら……」

「それなら平気や。情処課と療先生の共同開発で出来とる麻酔弾やし、リムファイア式やからそないかからんのやて」

「リムファイア……、ああ銃弾の構造のやつか。専門的な事はよく分からないけど、要は『安く生産出来るから大丈夫』ってこと?」

「せや」

 ひととせが納得したところで杏は拳銃を置いた。向き直ってさっきの一言について問いただす。


「なぁ、『怖い』ってどういうこっちゃ?」


 ひととせは左上を見つめて「それはねぇ」と口を開いた。

「俺らは『能力者』だろ。んで、警察や少秘警外部の人間はだいたい『非能力者』だろ。能力者は大人を含めても数少ないけど、その能力によっては万単位の人間に匹敵するわけで」

 ひととせはダンボールから装填前の銃弾と弾倉を数個取り出し、説明をした。


「この銃弾が普通の人だとすると、能力者は他人から見て弾倉なわけ。中身は同じだけど、力が倍以上ある状態。もし能力者が犯罪でも起こしたとすると、どうなるかな?」

「そりゃ被害が出るわな。能力によりけりやけど、倍は出るんちゃう?」

「そう。それがもしテロだったらどうだろう。能力者がまとまって日本を攻撃したら?太刀打ち出来なくなる。……もちろん、能力によりけりだけどね。そうなるのが怖いから、外の人は俺らを抑えつけたいんだよ。だから人権だって奪うし、公にしたがらない。怯えながら俺らを支配したいわけ。ちょっとした事でも『殺す』って脅してね」

 ひととせの説明を理解し、杏は黙った。

 しかし、どうしても謹慎の件が納得出来なかった。膝を抱えて顔を埋める。「おかしいやん」と呟いた。

「納得出来なくてもいいよ。俺も納得してないし。でも隼が落ち込んでたから、二人の『反省期間』ってことで折り合いをつけた。杏ちゃんも適当なところで折り合いつけな」

 ひととせは弾倉を箱に戻し、杏が射撃で使っていた的に「うわぁ…」と声を漏らした。

 百発百中ド真ん中の結果を写真に撮るひととせに杏はふとして聞いた。

「そういや、なんで来たん?まさかウチを励ましに来たんか?」

「それもあるけど、仕事の話で」

 ひととせは胸ポケットから折り畳んだチラシを見せた。それは『現代美術展』の広告だった。




「今度美術館で警備の仕事するんだけど、一緒にやってくれない?」

「嫌や」




 笑顔で頼むひととせをばっさり切り、杏は再び拳銃を手にした。

 そしてまたマシンガンの如く連射を始めるが、ひととせは困り顔で食い下がる。

「頼むよ。本当は隼と行く予定だったんだけどこんな状況だからさぁ」

「他にもおるやろ警護課。なんや?隼と自分の二人しかおらへんのかい」

「機嫌悪いなぁ……。杏ちゃんくらいの実力者じゃないと困るんだけど」

 杏は鼻を鳴らして弾倉を替えた。

 杏の言う通り、少人数で回しているとはいえ、代わりが全くいない訳では無い。仕事を早めてもらうなり、人員を変えるなりすればいいだけだ。

 だがひととせは「どうしてもダメ?」と聞いてくる。杏は空になった銃を置き、また向き直った。


「なんやの?実力者二人で行かなアカン理由って。警備ってそない面倒なモンやったか?」


 杏の威圧的な態度にひととせは「あ、受けてくれる?」と呑気に笑った。

 先ほど見せたチラシの裏、酸化している芸術家一覧を杏に見せた。

 杏は芸術家の名前を上から順に流し見た。ほとんどが知らない芸術家だが、その中に見覚えのある名前があった。

 その名前に杏の顔から血の気が引く。


「……………………え?ホンマに?」

「うん。だから杏ちゃんがいないと困るわけ」


 杏は名前を確認し直し、スマホで調べてようやく嘘ではないことを認めた。

 だらんと腕を下ろし、項垂れた。



「……………うん。行く」

「ごめんねぇ。『彼』がいなかったら俺一人でも十分だったんだ」

「ええよ。しゃーないやん。予定空けとくわ」



 杏はスマホに予定を書き込み、ひととせは手を振って射撃場を出ていった。

 また一人に戻った射撃場はしんとしていて、先ほどまで渦巻いていた感情さえ消えていた。

 杏はふらっと歩き、ダンボールから弾倉を持てるだけ出した。

 端に備えたテーブルの上に乱雑に置くと、また苛立った叫び声をあげて射撃を始めた。

 日が暮れるまで、発砲音が響いた。

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