第16話 核心に微笑む 2
生徒全員の気絶を確認。微動だにしない所がやや不安だが、よく眠っているといえる。
あとは薫の安否を確認して……
…………なんだこの状況。
衰弱する聡明を庇う柊馬、警棒を片手に睨みをきかせる薫。ぱっと見だと薫が悪者に見えるが、きっと事情があるのだろう。
「どけ」
「やだ」
「邪魔だ。もろとも痛めつけるぞ」
──やっぱり薫が悪い。
隼が制止をかけると薫は顎をしゃくる。「見てわかるだろ」と言いたいのはすぐ察せる。だがわからないから聞いたわけで。
「とりあえずお前が悪い」
「何でだよ。襲われたからちょっと眠っててもらおうとだな」
「その眠りが一生続くと思った!」
「んなわけあるか!一応オレだってな……」
柊馬が苦しそうに首を押さえた。後ろから伸びる手が首に巻きついている。
殺意さえもない瞳が柊馬を捉えていた。
「足リナイ……アトヒトツ……オ前ガ持ッテル大事ナヒトツ……」
「かはっ……や、め……」
柊馬は指を一本でもはがそうとする。だが驚異的な力にかなうはずもない。聡明は延々と独り言を吐き続ける。
「だから言ったろ」
隼が聡明を後ろから取り押さえ、柊馬を蹴って引き離す。薫が柊馬を保護し、聡明の胸に拳を叩きつける。
後ろにいる隼にもダメージがくる強い一撃に耐えきれず、尻もちをつく。聡明はぐったりとして動かなくなった。
「ぐはぁ……加減しろよな」
「加減したらまた起きるだろ」
薫に寄りかかる柊馬の腕を引く。
……様子が変だ。
全身が震えて息も荒い。瞳孔が開ききっていて、汗の量も尋常じゃない。まともに立てない柊馬に隼も焦る。
意外と冷静な薫が、黙って隼のブレザーを剥ぎ取ると柊馬の頭に被せる。
「ショックだったな。ちょっと怖かっただろうけど、聡明本気じゃねーから」
背中をさすって柊馬に声をかける。何度も「大丈夫」と言い続け、落ち着くまで待った。しばらくして落ち着いた柊馬は「ありがとう」と言って立ち上がる。
「さっさと帰りてぇ」
気だるげな薫が大きく伸びをする。薫がスマホを出して電話をかけようとしたが、舌打ちをする。
「アンテナ足りねぇ」
当たり前だろう。地下にいるんだから。
一回外に出よう、とその場を離れた。扉の前まで来て、薫がまた舌打ちをする。
足を止め、不穏な空気をまとう。折り畳んだ警棒を伸ばして肩に乗せる。
柊馬が隼の近くに寄った。隼も薫の行動を理解できない。
薫はゆったりと、面倒くさそうに後ろを向いた。
「黙って寝てろよクソガキ」
低く発せられた声の先、無言で立つ聡明の姿があった。
「足リナイ……足リナイ……」
ずっと吐き続けるその言葉に薫は苛立ちを隠さない。噛んでいたガムを吐き捨てて姿勢を低くする。
「いつまで言う気だそのセリフ!!」
薫が突進した。聡明の前まで迫った。だが聡明は避ける仕草さえしなかった。目前まで迫る薫に、女の子の人形を突き出した。青ざめた柊馬が必死に止めようとする。
綿を詰めて出来た人形。古くなって首から綿が溢れる人形に、薫の表情が変わった。
柊馬が我慢の限界を超える。
「我ガ悲願ヲ叶エルマデ終ワラナイ」
「二人を連れてきたら聡明返してくれるって言ったじゃんか!」
「………………マジかよ」
ボタンの目が光る。それと同時に薫が「逃げろ!」と叫ぶ。次の瞬間には全身から炎を放つ薫がいた。逃げるように生徒と距離をとるが、炎の勢いはとどまるところを知らず、無情にも生徒のすぐ側まで迫る。
隼が咄嗟に鍼を引き抜き、炎に向けて振った。だが、人形の目が隼に向けて光る。風が吹くことはなかった。
「なんで……」
戸惑っている間にも炎は領土を拡大していく。一人、生徒が炎に消えた。一人、また一人と飲み込まれていく。誰も悲鳴をあげなかった。隼は黙って見つめることしか出来ないでいた。
「隼人くん!」
柊馬に呼ばれて我に返る。
そうだ。柊馬だけでも……
「走れ!」
柊馬だけでも逃がさなくては。
一人だけでも助けなくては。
そんな使命感で元来た道を走り出した。だが炎はすぐに二人を追ってくる。狭い道での炎の勢いは増す。どんなに早く走ってもそのスピードには負ける。
追いつかれると覚悟するやいなや、隼は柊馬を前に突き飛ばして炎に手を伸ばす。
視界を彩る黒と赤。体の内まで焼けるような熱さ。伸ばした左手が炎に飲み込まれ──
「そっちじゃないでしょ」
その言葉と現れた美しい黒髪が、隼を闇の中へと引きずりこむ。
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