第13話 夜に動く 2
扉の向こうにあったのは埃をかぶった教材の山。何年前か分からない教科書や表面が破けたバレーボール。ダンボールが積まれた倉庫はクモの巣だらけだった。
ダンボールを押しのけ風の音を辿る。薫のライトが照らした先に人体模型があった。ホラーには強い方だと思っているが、心臓の欠けた模型は少し怖い。
「……ここか?」
人体模型を見ないように倉庫の奥に進む。床からヒューヒューと微かな音が響く。
床にライトを当てて確認する。埃の絨毯を払って床に手をついて、細かく確かめる。
薫がおもむろに床を踏みつけた。靴の音が反響する。薫は納得してガムを噛んだ。
「どっかに突起か凹みがあるはずだ」
薫と付近の床を触って探す。隼の手に小さな隙間が触れる。持ち上げてみると床のフタが開き、冷たい風が吹きつけて階段が現れる。薫は唸って頭を掻く。
「ヴーン、地下かぁ……。予想通りっつーか予想外っつーか」
薫が先頭に立って階段を下りる。柊馬は足を震わせて階段を見つめる。
『夜の学校』なんてシチュエーションだけで怖がるような奴が、これより先に進めるわけがない。
隼は柊馬に選択肢を突きつける。
「引き返すなら今だぞ。進んだら戻れないかもしれな「僕も行く!」
柊馬は即答した。隼は目を見開く。
柊馬は恐怖心より決意の方が強かった。震える声が「後悔したくない」と語る。
「怖いのは嫌いだし、逃げたい気持ちもすごくある。けど、友だち見捨てるほうがもっとヤダ!」
その決意を聞いて隼は呆れたように頷く。連れていく理由もないが、置いていく理由もなくなった。柊馬と一緒に階段を降りる。
薫が「早くしろよー!」と叫んでいる。
* * *
塗装が剥がれ、コンクリートがむき出しの階段は靴音がよく響く。乾いた風が底から轟々と唸り、地下へ進むたびに熱を帯びていく。長い階段を終えると、石壁の迷路が三人を惑わせる。
「なんか見たことねぇ?デジャブか?」
「いや俺も覚えがあるような……」
「でもどっちに行くの?右か左か」
右か左か、どちらも向こう側が見えない闇に覆われている。当てずっぽうに進むわけにもいかない。迷ったら餓死は免れない。
だが薫は迷わず右の道を進む。柊馬が薫の腕を掴んで止める。
「ちょっとぉ!?迷ったら終わりだってこーゆーのは!」
「大丈夫。迷わねぇから」
──その根拠の無い自信はどこから来るんだろう。
薫は隼の心情を察してか、鼻を指さす。半信半疑で周辺を嗅いでみる。
ほんの一瞬だけ甘い匂いが嗅ぎとれた。どこかで嗅いだ匂い。
「……クッキー?」
薫は不敵に笑って道を進む。辛い匂いを撒きながら説明する。
「被害者はクッキーを食ってた。全員かどうかは知らんけど、買い込んでた被害者はいたしな。売上記録も見せてもらった。名前とかはねぇけど、かなりの量が売れてる。一人くらい大量食いしてた奴がいたって、おかしくねーだろ」
だが、それがどうして道を見分ける材料になるのか。匂いがしたって一瞬だけ。濃く残るとは思えない。
薫が「深く考えんな」と笑う。
「空港の話、聞いたことあるか?」
──空港?今いるのは地下だぞ?
柊馬が「あっ!」と閃いた。
「飛潟先生から聞いたことあるかも。それぞれの空港、匂いが違うって」
「……え?」
「それぞれの国で食べるものの匂いは体臭になるんだって。だからインドだとカレー、韓国だとキムチの匂いがするんだって」
「へぇ〜、ちなみに日本は?」
「「醤油」」
──しょっぱい。
だが、納得した。定期的に食べていた被害者なら体臭にクッキーの匂いが混ざる。その匂いを辿れば……。
「変態じゃないか?」
「辿るっつっても匂いで方向を確かめるだけだよ。あとは勘だ、勘」
薫の後ろをついて迷路を進む。案外道は単純で、迷路、というよりはRPGに出てくる城の牢獄に近い気もする。
「ほーら着いた!」
薫が大きな扉を叩く。ドヤ顔で扉をこじ開けると、顔から笑みが消えた。
「なんだこれ」
薫の口からこぼれた言葉。あとに続いて入ると目の前に広がったのは綺麗に整列した生徒たちの姿だった。
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