ヘンテコな警察
第2話 少秘警にて
東京と神奈川の境にある巨大都市─
都会と田舎の混合体のような街で、東京と神奈川のどちらにも属さない。両県の七十年の議論の末に、「
シンボルはもちろん、街全体を見渡せる丘の上の桜の木だ。それ以外は有り得ない。
『“不思議”と出会える場所』がキャッチコピーなだけあって、
霧に包まれた里と繋がる鳥居
死を目前とした者にだけ聴こえる歌声
丘の桜の周りを駆ける二人の青年
この一例の他、様々な都市伝説あるが、嘘か真かは判断出来ないままだ。
ただ、その都市伝説の一つは真実である。
『特殊能力を持つ悪の組織』
…………少なくとも、悪ではないが。
* * *
廃病棟とは真逆の街の郊外。
トンネルのような並木道を抜けると、森に佇む大きな警察署が現れる。
自然に囲まれた広大な敷地の中には、それぞれ五つの建物の他に、図書館や道場までもある。
そんな敷地を取り囲む大きな
『少年秘密警察』
と書かれた、よく注目しなければ気が付かないほど小さな木札が、ぶら下がっていた。
「あーあ、ヤな気分。書類めんどくせぇし、やる気しねぇし」
五つの建物の中で一番入口に近く、一番壊れかけている『刑事課』で、薫が不満を口に出す。
建物の外側も内側も、銃痕で埋め尽くされ、爆弾が使われた形跡もあった。割れた窓にガムテープ、崩れた壁は薄い木板数枚が支えているだけ。
そんな建物の一階の事務室で、薫が机の上に置いた枕に顔を埋めて、文句を垂らしていた。その隣では、隼が真面目に書類をまとめている最中だった。
薫がつまらなさそうに、窓の外を見つめた。
今日は滝のように雨が降っていた。窓の端に吊るしたてるてる坊主は、笑っているだけで何の役に立たない。薫はやる気のなさを隠す様子もなく、ため息をついた。
「あーヤダヤダ、オレ机仕事超嫌い。おまけに外は、雨がびちゃびちゃびちゃびちゃ……」
「せめて『ザーザー』って言ってくれ。何か汚い」
二人が書いているのは、監禁された時の報告書と、容疑者の取り調べの記録である。
隼は内容を詳細に書き、あと少しというところまで書き進めていた。
二枚とも重要な書類なのだが、隼が何度目を向けても、薫の分は全て白紙のままだ。
「……まだ書いてないのかよ。お前『少年秘密警察』としての自覚はあるのか?」
「はぁ〜、少年秘密警察ねェ。……少秘警か」
『少年秘密警察』 略称:少秘警
その名の通り、民間には知られていない警察機関である。
所属する全員が、何らかの能力所持者で尚且つ、署長・副署長・各課長以外は
──というところまではカッコいいのだが、実際のところ『能力者』というだけで、あらゆる権利が剥奪されて『化け物』扱いを受けるわ、『警察が本家だとすると少秘警は分家のようなものだから』と厄介事を押し付けられるわで、散々な目に遭っている。
ろくなことがない苦労組織だ。
「隼〜、オレのも書いて。ガムあげるから」
薫は枕に顔を埋めたまま、ポケットのガムを風谷に差し出す。『激辛!! 唐辛子ガム』のロゴが、辛さと珍しさを後押しする。そのインパクトが唐辛子ガムを、『菓子』として分類していいものかも、悩みどころだ。
「……いらない。どこで買ってくんだ、そんなもん」
隼は引き気味にガムを突き返すと、机の上の書類に目を移した。
ふと、薫の紙が一枚多いことに気がついた。その視線に薫が「ああ」と言って、あくびをしながら起き上がる。
「昨日? じゃねーや。三日前によぉ」
監禁される二日前だ。
「買い物帰りに目の前で、ひったくりが起きてよぉ」
「あぁ」
「女からバック盗ったのな。んで現行犯逮捕しようとしたけど、丁度いいもんなくてさ」
「へぇ」
「ひったくりがさぁ、こっち向かって走ってくるし、時間優先で手近なものでいっかなって」
「ふ〜ん」
「大根で殴った」
「お前何してんの!?」
さらっと告白された
薫はケラケラと笑い、さも当然のように話しているが、普通は人を大根で殴るだろうか。
ひったくり犯だって、大根で殴られると思っていなかっただろう。隼は気が遠くなるのをぐっと堪えた。
薫の突飛な行動に慣れてはいるが、今回ばかりは流石に怒鳴った。
「お前、自分が何したか分かってんのか?」
「大根で犯人殴った。手が大根臭くなった。流せよそこは」
「流せるかボケ! 薫、お前に分かるか? 鈍器として扱われた、大根の気持ちが!! 言っただろうが! 食べ物を粗末にしてはいけません!」
「うっせーな! 折れた時はちょっとヤバいかな? って思ったけど、ちゃんと美味しくいただいたわ!」
「ひったくりを殴った大根より、大根で殴られたひったくりの心配をしなんし」
突如乱入した声に、隼は固まる。
色彩豊かな着物と
隼は慌てて立ち上がり敬礼したが、薫は「よぉ」とのん気に手を振った。
男は呆れた
「さっさと書きなんし。昨日のことはまだ覚えていんしょう?」
「はい、もうすぐ書き終えます」
「そう。もう座りんす。で、薫は?」
「まだ全然やってねぇ。だから、もうちょい待てよ。お菊?」
お菊こと、
お菊が真剣な
総勢四十九名。
主犯は
地道な人脈作りと、交渉で薫に恨みのある仲間を集め、ようやく昨日実行した。
「あのまま餓死させるつもりだったらしいんですが、なんせ七十年前の病棟ですから、壊そうと思えば……」
「ちょっと待ちなんし。『パンツTバック』って、何でありんすか」
お菊は、得体の知れないものを見るような目で、薫を見た。しかし、薫は鼻歌まじりにてるてる坊主を作っていて、その視線を全く気にしていない。
「ちょ〜っと引き締めてやろうと思っただけだよ。驚いたぜ〜。『もうTバックしか履けない!』なんて言ってたな。確認したら、ホントにTバックだったし」
隼はお菊とゆっくり息を吸った。
「「何してんだよ!!」」
同時のツッコミ。
どこ引き締めてんだ! つーかどこ引き締まってんだ! Tバックしか履けないって、何に目覚めてんだい! 人のパンツ確認してんじゃねぇよ! 四年間Tバックって、どんな変態でありんすか! パンツが原因で恨まれるお前は、不良時代何してたんだよ! そもそも何でそうしたのか説明しなんし! どんな風にねじ曲がっちゃってんだよ! つーか、あいつもTバックしか履けないなら、
息の合ったツッコミに、薫は「すげぇな」と笑った。
誰のせいだ! と、隼は怒鳴ったが、どうでも良くなった上に、無駄を悟ってそれ以上は何も言わなかった。
「あぁそうだ」と、お菊が思い出したように茶封筒を叩く。
──嫌な予感がした。
「あんたらに仕事でありんす」
「えー!! そんなの
「……その
薫はあからさまに嫌な顔をして、大きく舌打ちをし、隼は彼の態度にため息をこぼすも、怒鳴りつけることはない。
お菊も二人の心情を察したが、あえて何も言わないことにした。
「……………………で、仕事ってナニ」
沈黙から五分後、多少キレ気味の薫が腹を括ったのか、ガムを噛みながら尋ねた。お菊は答えようとするが、少し迷っていた。
こう言うべきか、いやこうかも、でもそっちじゃないか、と悩んでは首を傾げる。隼もつられて首を傾げた。
「う〜ん……実を言うと、わっちも理解出来んせん。よく聞きなんし」
そんなに難しいのだろうか。
二人は未だに言葉が迷子のお菊に注目し、二言目を待つ。
「あの……『証拠の残らない万引き犯を逮捕して真相を暴け』って、言っていんした」
「………………はい?」
隼は意味がわからず、薫と言葉がハモる。
予想通りの反応に、お菊は黙って煙管をふかした。隼は顎に指をあて、薫は頭をがしがしと掻く。
「万引きしたんですよね?」
「うん。ガッツリしんした」
「証拠があって、捕まるんだよな?」
「その証拠がないんだって」
「え、万引きしてないんですか?」
「いや、しんした」
「で? 証拠が?」
「あるけど、無いんだって」
何回聞いても、どんなに考えても分からない。
万引きの現行犯で、証拠無しなんて。そんなわけが無い。
隼のフル回転の脳は破裂寸前になり、勝手に思考が停止する。
お菊は二人を見てため息をつき、「任せんした」と言い残して出ていった。
訪れた静寂の中で、情報処理の終えない二人は微動だにせず、置き土産の事件だけがそこにある。
一分後くらいに「ややこしい!!」と叫ぶ声が、外にまで響いた。
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