少年秘密警察の日常

家宇治 克

1 アリス狂乱茶会事件

ピンチ……?

第1話 夕暮れ時の部屋

 ──良い夕焼けだ。


 あかく染まり、雲までもが色付く空は風情がある。そよ風が心地よく吹き、カラスの背が哀愁を漂わせる。それがまた、何とも言えない趣があった。


 絶景と呼ぶに相応しい美しさだ。

 つい先程まで白かった部屋も、真紅の世界へと変化して、ほんのりと胸を温めてくれる。

 風谷かぜたにはやぶさは、部屋にある唯一の窓から沈みゆく日を眺めていた。

 そんな絶景から目を離し、おもむろに自分の身の回りを確認した。

 青い髪、赤い球状のイヤリングとそれに付いている葉のモチーフの飾り。手や足を見ても、特に怪我はなかった。

 ブレザーと警察の制服を混ぜたような服、ポケットに入っている携帯電話から財布、あらゆるものを確認した。特に異常はない。


 ──何も盗られていない。


 安心してかどうしてか、隼は深いため息をついた。




「どうして……こんなことに…………」




 開口早々のやらかした発言。隼は、その場にしゃがみ込んだ。

 悶々と悩み、落ち込む隼の耳に入ったのは少年の明るい声だった。



「仕方ねぇだろ~。諦めろよ」



 炎のように赤い髪と鋭い目つき、風谷と同じ服をだらしなく着崩して、真っ赤なガムを噛む。

 火里ひざとかおるは部屋の奥でニヤッと笑っていた。


「お前……楽しそうだな」

「いやぁ~、ちょっとな。しっかし、どうしたもんかな」

「薫が油断するからだろ」

「隼こそ、『油断大敵だ』って言ってたくせに、油断してたじゃん」


 隼は反論のすべを失い、再び窓の外に目を向けた。薫は鼻歌を歌いながら、部屋をキョロキョロと見回していた。


 今の状況は大変で……いや、

 大変というほど、大変ではないのだが──




 ──監禁されていた。




 何故か監禁されていた。

 物が何一つ奪われていないことが救いなのだが、場所がわからない。スマホも圏外で、誰にも繋がらない。

 助けを呼ぶことも出来ない。

 自力での脱出以外に、方法はなかった。


 詰んだ状況で、隼は頭を切り替え周りを見回した。


 部屋は家具も置物も無い。ドアさえも無い。窓は人が通れるほどには大きいが、地面までおよそ3階分。イケるな、と思い、窓に手をかけたが、薫に「置いてくなよ?」と言われたのでやめた。


 そういう薫は好奇心──というよりはテンション──に身を任せて、壁を叩いてみたり、床の上を跳ねてみたりと、とにかく自由に動き回っていた。

 部屋の探索は薫に任せ、隼は今に至るまでを思い出していた。



 事の始まりは今朝だったか。

 妙なメールが届いて、指定された場所に行ってみたが、人の子一人いない。悪戯いたずらだと思い、帰ろうとした途端に……──



 ───ここから記憶が無い。



(記憶はあてにならないな)


 朝一番の仕事で気絶し、起きたのは日が沈み始める少し前だ。頼りにならなくて当然だろう。

 気がつけば知らないところにいるし、一日過ぎているし、今日はツイてない。


「ホンット最悪……」

「そお? 俺は楽しいけど。あ、カラス」


 (相棒は楽観的だし……)




「おい隼! ちょっと来いよ!」




 薫が大声で叫んだ。何かを見つけたらしく、すごく嬉しそうだった。隼はすぐに駆け寄り薫が指差す先を見ると、そこにドアがあった。


 壁紙で隠していたのか、ドアの周りには破かれた壁紙の残骸が散っていた。

 一見普通のドアと何ら変わりない。だが妙な威圧感が漂っていた。

 脱出出来るかもしれない喜びを押し殺して警戒する風谷に対し、薫は何の躊躇ちゅうちょもなくドアを開く。

 そして嬉々として叫んだ──




「トイレついてる!!」




 「何でトイレなんだよ!」



 膝から崩れ落ちた。


「何でトイレなんだよ! 他に隠すもんがあっただろうが! 漏らされると困るとでも思ったのか!? どんな気遣いだよ! 何でトイレなんだよ! トイレットペーパーめっちゃ綺麗に折られてるやん!!」


 マシンガンの様に止まらないツッコミ。

 笑い転げる相棒。

「使えよ」と言わんばかりに佇むトイレ。


 混沌とした空気の中で、隼は、ただただ犯人の顔を見たい衝動に駆られる。転げ回っていた薫が突然立ち上がり、真顔で「飽きた。帰ろ」と言い出す。



 ──どうやって出る気だ?



 ドアはこのトイレだけだ。

 入れない部屋に閉じ込められるという矛盾した状況で、薫は黙って奥の壁を指差した。




「こっから入ってきた。分かるか?」




 全く意味がわからない。ドアが無い部屋にどうやって入るのか。隼は示された壁に目を凝らし……──


 ──妙だな、色が違う。


 壁の一部が、くり抜かれたように白かった。


「多分穴開けて俺ら入れた後、丁寧に埋めたんだな。窓から道具投げて、犯人も脱出したんだろ」

「なるほどな。でもそれなら、窓やその埋められた壁に、それなりの証拠があるだろ。ロープとか──って、まさか」



「ごめん。容疑者、下手クソだなって思って、捨てた」

「バカモノォォォォ!」



 説教しようとするのを遮るように、薫が「丸腰」と言って手を出した。隼はこの一言で全てを理解し、諦めて警棒を渡した。


 薫は軽く振り回して壁に狙いを定め、腰を落とした。隼は薫から距離を取り、トイレの近くに寄って耳を塞いだ。


「先に行ってろ。遅くなるから」

「何する気だ」


「遊んでくる」


 薫は壁に向かって走り出した。勢いを殺すことなく跳躍し、体を回転させる。




「おらよっっ!!」




 どこからともなく現れた炎をまとう回転蹴りが壁に突き刺さり、爆発音を伴って破壊された。煙を上げ、焦げた壁の向こうから、男たちの悲鳴が聞こえてくる。


 ああ、複数犯なのか。

 確かに、単独犯では無理な仕事量だ。


 隼は窓を開け、躊躇ためらうことなく



 ──飛び降りた。



 、地面から強風が吹き上げ無事に着地した。辺りを確認すると、どうやら街の郊外の廃病棟のようだと判明する。


(知ってる場所でよかった)


 壁をつたって玄関の方に出ると、何人もの男の山が出来上がっていた。

 その辺の不良から、裏社会にいそうな顔の怖い方まで十数人ほど。それでも建物の中からは骨の砕ける音、薫の雄叫おたけびと、男たちの悲鳴が響く、響く、響く。


 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


 新たな男達が山の仲間入りして、恐怖のこびり付いた顔で気絶していく。隼は同情しつつも、ポケットから携帯電話を取り出し、繋がる場所を見つけると、慣れた早さで電話をかけた。三回目のコール音で『はぁ~い』と声がした。



「警護課の風谷ですが……」



 丁度その時、薫が男を引きずって現れ、片手で高く掲げて「大将討ち取ったりぃぃぃぃぃ!!」と満足げに叫んだ。

 電話の向こうにも声が届いたらしく、隼と同じタイミングでため息をついていた。

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