少年秘密警察の日常
家宇治 克
1 アリス狂乱茶会事件
ピンチ……?
第1話 夕暮れ時の部屋
──良い夕焼けだ。
絶景と呼ぶに相応しい美しさだ。
つい先程まで白かった部屋も、真紅の世界へと変化して、ほんのりと胸を温めてくれる。
そんな絶景から目を離し、
青い髪、赤い球状のイヤリングとそれに付いている葉のモチーフの飾り。手や足を見ても、特に怪我はなかった。
ブレザーと警察の制服を混ぜたような服、ポケットに入っている携帯電話から財布、あらゆるものを確認した。特に異常はない。
──何も盗られていない。
安心してかどうしてか、隼は深いため息をついた。
「どうして……こんなことに…………」
開口早々のやらかした発言。隼は、その場にしゃがみ込んだ。
悶々と悩み、落ち込む隼の耳に入ったのは少年の明るい声だった。
「仕方ねぇだろ~。諦めろよ」
炎のように赤い髪と鋭い目つき、風谷と同じ服をだらしなく着崩して、真っ赤なガムを噛む。
「お前……楽しそうだな」
「いやぁ~、ちょっとな。しっかし、どうしたもんかな」
「薫が油断するからだろ」
「隼こそ、『油断大敵だ』って言ってたくせに、油断してたじゃん」
隼は反論の
今の状況は大変で……いや、
大変というほど、大変ではないのだが──
──監禁されていた。
何故か監禁されていた。
物が何一つ奪われていないことが救いなのだが、場所がわからない。スマホも圏外で、誰にも繋がらない。
助けを呼ぶことも出来ない。
自力での脱出以外に、方法はなかった。
詰んだ状況で、隼は頭を切り替え周りを見回した。
部屋は家具も置物も無い。ドアさえも無い。窓は人が通れるほどには大きいが、地面までおよそ3階分。イケるな、と思い、窓に手をかけたが、薫に「置いてくなよ?」と言われたのでやめた。
そういう薫は好奇心──というよりはテンション──に身を任せて、壁を叩いてみたり、床の上を跳ねてみたりと、とにかく自由に動き回っていた。
部屋の探索は薫に任せ、隼は今に至るまでを思い出していた。
事の始まりは今朝だったか。
妙なメールが届いて、指定された場所に行ってみたが、人の子一人いない。
───ここから記憶が無い。
(記憶はあてにならないな)
朝一番の仕事で気絶し、起きたのは日が沈み始める少し前だ。頼りにならなくて当然だろう。
気がつけば知らないところにいるし、一日過ぎているし、今日はツイてない。
「ホンット最悪……」
「そお? 俺は楽しいけど。あ、カラス」
(相棒は楽観的だし……)
「おい隼! ちょっと来いよ!」
薫が大声で叫んだ。何かを見つけたらしく、すごく嬉しそうだった。隼はすぐに駆け寄り薫が指差す先を見ると、そこにドアがあった。
壁紙で隠していたのか、ドアの周りには破かれた壁紙の残骸が散っていた。
一見普通のドアと何ら変わりない。だが妙な威圧感が漂っていた。
脱出出来るかもしれない喜びを押し殺して警戒する風谷に対し、薫は何の
そして嬉々として叫んだ──
「トイレついてる!!」
「何でトイレなんだよ!」
膝から崩れ落ちた。
「何でトイレなんだよ! 他に隠すもんがあっただろうが! 漏らされると困るとでも思ったのか!? どんな気遣いだよ! 何でトイレなんだよ! トイレットペーパーめっちゃ綺麗に折られてるやん!!」
マシンガンの様に止まらないツッコミ。
笑い転げる相棒。
「使えよ」と言わんばかりに佇むトイレ。
混沌とした空気の中で、隼は、ただただ犯人の顔を見たい衝動に駆られる。転げ回っていた薫が突然立ち上がり、真顔で「飽きた。帰ろ」と言い出す。
──どうやって出る気だ?
ドアはこのトイレだけだ。
入れない部屋に閉じ込められるという矛盾した状況で、薫は黙って奥の壁を指差した。
「こっから入ってきた。分かるか?」
全く意味がわからない。ドアが無い部屋にどうやって入るのか。隼は示された壁に目を凝らし……──
──妙だな、色が違う。
壁の一部が、くり抜かれたように白かった。
「多分穴開けて俺ら入れた後、丁寧に埋めたんだな。窓から道具投げて、犯人も脱出したんだろ」
「なるほどな。でもそれなら、窓やその埋められた壁に、それなりの証拠があるだろ。ロープとか──って、まさか」
「ごめん。容疑者、下手クソだなって思って、捨てた」
「バカモノォォォォ!」
説教しようとするのを遮るように、薫が「丸腰」と言って手を出した。隼はこの一言で全てを理解し、諦めて警棒を渡した。
薫は軽く振り回して壁に狙いを定め、腰を落とした。隼は薫から距離を取り、トイレの近くに寄って耳を塞いだ。
「先に行ってろ。遅くなるから」
「何する気だ」
「遊んでくる」
薫は壁に向かって走り出した。勢いを殺すことなく跳躍し、体を回転させる。
「おらよっっ!!」
どこからともなく現れた炎を
ああ、複数犯なのか。
確かに、単独犯では無理な仕事量だ。
隼は窓を開け、
──飛び降りた。
(知ってる場所でよかった)
壁をつたって玄関の方に出ると、何人もの男の山が出来上がっていた。
その辺の不良から、裏社会にいそうな顔の怖い方まで十数人ほど。それでも建物の中からは骨の砕ける音、薫の
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
新たな男達が山の仲間入りして、恐怖のこびり付いた顔で気絶していく。隼は同情しつつも、ポケットから携帯電話を取り出し、繋がる場所を見つけると、慣れた早さで電話をかけた。三回目のコール音で『はぁ~い』と声がした。
「警護課の風谷ですが……」
丁度その時、薫が男を引きずって現れ、片手で高く掲げて「大将討ち取ったりぃぃぃぃぃ!!」と満足げに叫んだ。
電話の向こうにも声が届いたらしく、隼と同じタイミングでため息をついていた。
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