Arielは諸事情だらけ

結城あずる

"ウイスキー・マック"

日の光から電光の明かりへと移り変わるオフィス街。


スーツを戦闘服にしたサラリーマンらがまだあくせくと働いているのかと思うと、もうアフター5なんて言うのは死語に近いのかもしれない。


そんなオフィス街の路地からひょっこりと、いつも通り店案内のA型看板をセッティングする。


一等地のオシャレ建築されたビル群の中にはちょっとミスマッチな木製のA型看板なのは毎度思うところなんだけど、それでも無いよりはあった方が集客率は幾分違うだろうと思っている。


店の名前は"cafe&bar Ariel"。

午前から昼の2時までがカフェで、17時から深夜2時までBARとして開いている。


お客さんの入りは、まぁそこそこだ。


人気がない、という訳でもない。常連さんは月並みに増えているし、新規の人も定期的に来店がある。


そもそもウチの店が、オフィスビルが立ち並ぶ路地を通ったその先にあるというのが分かり辛いんだとは思う。


店に通ずるその路地を抜けると、四方をビル群に囲まれた中でポツンと平屋の古民家が建っている。そこがウチ。


なんでそんなとこにあるのかって言うと、じいちゃんが時代の波なんか物ともせず、都市開発の話を蹴りに蹴って先方を根負けさせたからに他ならない。


ただの一般市民にそんなこと出来んだろと思うんだけど、どうやらじいちゃんはそこそこ権威があったらしくそれがまかり通ってしまったらしい。


え?じゃあここはじいちゃんの家じゃないかって?そう。ここはじいちゃんの家。


元ね。


じいちゃんは去年の暮れに病気で往生してしまった。


だからここは空き家になって取り壊されるはずだったんだけど、じいちゃんは死んでも尚ここにこだわっていた。


死んでも尚と言うとじいちゃんが化けて出たみたいに聞こえるけど、全然そんなオカルト話じゃない。


単純な話、じいちゃんが遺言書を残していたっていうのがオチだ。


そしてなぜかその遺言で、この家を俺が譲り受けて管理しろと遺してあったから驚きだ。


俺本人も、家族も、親戚も、都市開発部のなんか偉い人達も。揃いも揃って驚いた。


もちろんちょっと面倒くさいから俺も放棄しようと思ったし、周りからも一心に放棄の勧めをされたのだけど、じいちゃんの遺言には俺が承諾しないと親族に分配する遺産は全て破棄する事と、都市開発部のなんかヤバイ情報をその筋の人に漏洩するよう信頼する人に頼んであるというありがたいお言葉脅迫が遺してあった。


……まぁ、これには周りも黙るしかなかったみたい。


俺の中では他愛ない色んな話を聞いてくれてお小遣いもくれる良きじいちゃんだったんだけど、じいちゃんのもう一つの顔はどうやら違ったみたいだ。


そこはあまり俺が深く立ち入っちゃいけないところだと思ってる。


タイミングとして、丁度自分の店でも立ち上げようと思ってた矢先の事だったんで、もう流れのままにArielを始める事になった。


ちなみにこれもじいちゃんの遺言。前々から自分の店を持ちたいって生前じいちゃんに話はしてはいたんだけど、よもやこんな形でそれを実現させてくるとは。


孫もちょっとびっくりです。


家の形を保って管理が出来てればいいらしく、中は好きなようにいじって良しとも遺言に書いてあったんで、そのままカフェとバーを提供出来る内装にしてもらった。


夢だった自分の店を開く事が出来たのは純粋に嬉しかったけど、当事者の中では唯一俺だけが選択の余地を与えてもらってるせいか、周囲からの微妙な風当たりが今も絶えないのは地味に悩ましかったりする。


それでも。じいちゃんの本意を汲み取る事が出来るのは任された俺だけなのかもしれないと、説明の難しい使命感を胸にしまって今日もいつも通りお客さんを迎い入れる準備を始める。





PM18:00

お一人様でプライベートタイムをくつろぎに常連さんらが来店してくる。


それぞれが決まった席でいつものお酒を嗜む。


多い時で5人の常連さんがこの時間にいる事もあるが、大概お互いに会話は無い。


それはもう暗黙の了解。場所を共有しているだけであって、それぞれがそれぞれの時間を有意義に使っているそんな感覚。


なのでこちらからも注文以外は言葉を多く交わさない。


それが自然と生まれた流儀で礼儀だからだ。


ごゆっくりとおくつろぎ下さい。





PM21:00

このあたりでハシゴ酒や飲み直しのお客さんが来始める。


場所が場所なので一見さんよりも顔馴染みのお客さんの率が高めではあるが、路地先に設置した看板を見て立ち寄ってくれる人もいる。


この時間帯のお客さんは基本ラフな空気になる事が多くて、知らない客同士でも酒を酌み交わしたり会話をしたりとしている。


人によっては愚痴りたい人なんかもいたりするから、そういう時は俺が話し相手になるのが通例だ。


毎日のお勤めご苦労様です。





AM0:00

この時間帯でも人は来る。


よく来店があるのは、近くにあるオフィスビルの社員さん数名。


言っておくが仕事帰りではない。


彼らの目的はお酒ではなくウチのフードメニューの方。


中身は替えているが、カフェとバーでそれぞれ食事も提供しているのだが、社員さんは夜食代わりにウチを利用している。


いわゆるブラック企業で身を削る皆さんなのだが、一介のお店の店主に何か特別なことが出来る事もなく、せめてもと丹精込めて料理を作って許す限りのくつろぎを提供している。


もうホント、お勤めご苦労様です。





そして気付けばAM2:00。もう店じまいの時間だ。



誤解を招かないように言っておきたいが、別にやましい事や如何わしい事をしているんではない。


実はある理由でArielには表記していない営業時間が存在している。


誰もが知らないclosed後の1時間。ここにArielの秘密がある。


「マスター。2名いける?」

「あぁいらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」


お客さんが2人ご来店。そのままカウンター席に腰掛ける。


ここで一つ言っておかねばいけないのは、彼らは閉店の空気を読まずに入店してきたというわけではない。


彼らは決まったこの時間に来店するお客さんなのだ。


そう。Arielのこの1時間はそうしたお客さんの為の営業である。


「ご注文は何になさいますか?」

『……とにかく強いのをほしい』

【こらこら。やけ酒するんじゃないよ】

『これが飲まずにやってられるかよぉ』

【むぅ。なにかほどほどに飲めるお酒はあるかマスター?】

「そうですね。カクテルでも作りましょうか?」

【お願いする】

『ズドンと強いのを俺にくれー!』


金髪のお客さんは若いんだけど、ここに来る時は決まっていつも気が病んでいる。そして、今日はいつにもまして気が病んでいるように見える。


何か余程の事でもあったのだろうか?


『チクショー……』

「なにか仕事の悩みですか?」

『そうなんだよ。聞いてくれよマスタぁー。最近、上司からの圧が酷いんだよ~』

「圧ですか?」

『とにかく実績重視でノルマを求められるの。世の為人の為に不眠不休で責務を全うしろって。横暴過ぎない?』

「それはちょっとパワハラですね」

『パワハラどころの騒ぎじゃないよ!確かに俺の仕事は請負業だからトップダウンの関係は当たり前なんだけどさ。でも、限度はあるでしょ?俺しか出来ない仕事だからって無理言い過ぎなんだよ』

【最近よく現場にいるなと思ってたら、そんな事があったのか】

『オーバーワークもオーバーワーク。こっちがこれだけ出張るとぶっちゃけ、そっちの仕事も追い付いてないでしょ?』

【そちら側の仕事ぶりがこっちに大きく関わってくるからな。確かに人員不足の問題はここ最近聞いている】

『実績に目が眩んで協定を無視してるんだよ。上が』

【それは参ったな】

「第三者が言うのもなんですが、ビシッと上に意見は出来ないものなんですか?」

『昔ながらの考え方だからさ。言ったら首飛んじゃうよ』

「それはお辛いですね」

『そうなの!そうなんだよマスター!分かってくれる?勇者業も楽じゃないよホント』


聞き慣れないご職業勇者業


辛さを滲み出しながらカウンターで項垂れる彼は決して妄想でも厨二病でもない。


立派な鎧に身を包み、現代日本じゃ絶対にお目にかかれないギラッギラの剣を持つこの人は、正真正銘の異世界の勇者様である。


【お前のところの雇用主は独善的なとこがあるからな。変に物言いでもしたら確かに首が飛ぶ処刑であろうな】

『冗談抜きでそうなんだよ。勇者をなんだと思ってんだろうな』

【あの独善さだけで言えば、我より魔王らしく見えるかもしれんな】


そして、勇者様の隣で大人の佇まいを醸し出しているこの方が、ご存知敵役の真打である魔王様です。


すでに座高だけで俺の身長を越える巨体とインパクト絶大の骸骨顔。巨体を覆い隠す漆黒のローブの着こなし感もハンパない。


言っておくが、決してコスプレじゃない。モノホンの魔王様である。


どういう仕組みなのか全然分かってないけど、ここArielは深夜2時からの限定1時間で異世界と繋がってしまう。


もう一度言うけど、どういう仕組みかは全然分からない。オープンしたその日からこうだった。


最初は俺も状況を飲み込めなかった。


いや、飲み込めないのが普通だと思う。「コスプレの客が来たな」と思った俺の感性は一般的に間違ってなかったはずだ。


でも。彼らは本物だった。


剣もマジもんだし、魔王様の骸骨顔作りものじゃない。もしあれが作り物だったらハリウッドの特殊メイク班も度肝抜かれるだろうさ。


そんな彼らは、ここArielを行きつけにしてくれているご様子なのだ。


勇者であろうと魔王であろうとお客さんであることは違わないから、俺はもうそれなりに割り切っている。


カウンターに勇者様と魔王様が並んで会話するこの違和感にも慣れなもんだ。


『ほら最近、異世界召喚とか流通してるでしょ?あれのせいもあって勇者は替えの利く契約社員的な扱いなんだよ』

「え?異世界召喚とかってそんなあっさりと出来るものなんですか?」

『出来るようになってきてんだよー。どこで感化されたのか、急に優秀な召喚術士エンジニアを育成し始めてさ。古株の俺を含めて今5人勇者いるからね』

【最近なんか見ない顔が我が領地に干渉して来ているなと思ったら、よもやそんな事になっているのか!?】

『そうなんだよ。仕事の効率化って事で、呼んだ勇者を領地分担制にしてノルマ達成率を爆上げさせようとしてるらしい』

【我らは共存と提携の間柄で成り立っているはずだが、それじゃパワーバランスが狂ってしまうぞ?】

『世界の均衡なんて二の次なんだようえは』

【組織はワンマンじゃ回らんというのに……】


ファンタジー感はどこへ?って思うかもしれないが、ここに来たら二人はよくこんな話をしている。


見た目を裏切る異世界運営論。夢見る少年少女には聞かせられない見せられない。


勇者と魔王二人のやり取りはまだまだ続く。


『組織はワンマンじゃ回らん、か。あんたの爪の垢を煎じて飲ませやりたいな』

【王からしたら笑えぬ冗談であろうな。しかし……転生勇者が5人もか。まだこっちの問題もどうにもなっていないというのに】

「魔王さんも何かお悩みですか?」

【そうなのだマスター。最近の"転生者チート問題"が酷くてな……】

「チート問題ですか」

【うむ。本音をぶちまけると強過ぎるのだよ。とにかく強い。すでに敵対役は当て馬のように倒されることも少なくない。蟻が象、いや……蟻が怪獣に挑むかのように蹴散らされてしまうのだ】

『呼び寄せられた4人も漏れなくチートだわ』

【やっぱりか……。問題が肥大化してしまうな】

『問題って内部で?』

【チート者に倒され過ぎて欠員も問題は問題なのだが、相手に全く太刀打ちできないから下位種だけでなく上位種ですら自信を喪失してしまっててな。もうここ最近では我の所に来て「魔族やめたい」と訴える者が後を絶たない】

「え!?魔族ってやめられるんですか……?」

【我も初めての訴えで心底困っている……。心境は分からなくないが、あまりにも自信を失い過ぎて自分たちのアイデンティティーまで見失うのは非常にマズイ。ここ最近はそういう部下の面談で息つく暇もない。まさか、魔族にメンタルヘルスが必要になる日が来ようとはな……】

『スマン……。俺の指導が行き届いてないばかりに……』

【いや。それは勇者としての責務の範疇外なのは百も承知だ。悪いのはシステム、システムなのだ……】

『お互い、大変だな……』

【うむ】

『【はぁー……】』


滲み出る大変さとしんどさとが一気に漏れている。


なんだろう。さっき来てたブラック企業の社員さん達と同じオーラが見えなくもない。


おそらくあっちの世界の中心であろうこの人達が時代の理不尽に圧迫されているこの現状。


油断したら涙が出そうだ。


ダメだダメだ。俺はここのマスター。今お客さんに出来る精一杯のおもてなしをしなければ、それこそじいちゃんに祟られそうな気がする。


「すいません。カクテルのシェイクをし直してもいいですか?」

『え?あぁ大丈夫だよ』

「ありがとうございます」


急いでレシピを変更してシェイクをし直す。


それでも雑味が出ないよう丁寧かつ繊細にシェイカーを振る。


そして、出来上がったそれをグラスに注ぐと、ゆっくりとお二人の前に差し出した。


「お待たせしました。"ウイスキー・マック"です」

『ウイスキー?あんま飲んだ事ないかな』

【ん?我にもか?】

「えぇ。元々ほどほどに飲めるものをという事でしたので。これはウイスキーとジンジャーワインのカクテルなんですが、お二人になら味わい深いかなと思ってこちらをお出ししました」

『うん。うまい』

【うむ。確かに口に広がる芳醇さもあって味が深まっていく気がするな】

「良かったです。それにそのカクテルには《心穏やかに》という言葉の意味がありまして。細やかながらでも、お二人がここで穏やかな時間を過ごせてもらえればと作らせてもらいました」

『【マスター……】』


それから二人は、ほんの少し憑き物が取れたようにお酒を飲みながら語り、これからの異世界論(?)について意見を交わしていた。


『よし。じゃあそろそろお暇するよ』

【うむ。我もそうしよう】

「ありがとうございました」

『いやいやマスター。ありがとうはこっちの言うセリフだよ』

【誠だな。今宵はマスターのおかげで我々の気持ちも整えられた】

「いえそんな。ただ、また何かあっても無くても、またいらしてください」

『あぁもちろん!』

【無論だ】

『よし!じゃあまた頑張るか!』

【そうだな。異世界に押し寄せるブームなどに我々の旗を折らせぬぞ!】

『【おーーー!】』


そう決起し、二人は自分たちの世界へ帰宅(?)された。


これがArielの日常。これが俺の店だ。


自分の店だっていうのに、不可思議が舞い込んでまだまだ分からない事もあるけれど、ここのマスターとして俺は思う。


「異世界……大変なんだなぁ」


そうしみじみと。。。



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