第126話 召喚

 エンデルとプノは、城の召喚の間に移動した。

 エンデルの後ろには、ぞろぞろとトレイを持った人達が連なっている。トレイの上には色々な食材や薬が準備され、その中には『餃子の玉将』の餃子も載っていた。

 もぐもぐと口を動かしながら歩く姿は、本当に食べることが幸せでならないといった感じが滲み出している。

 魔力を回復させるために、仕方がないとはいえ、ちょっと食べ過ぎだろうと注意してあげたいほどだ。魔法で危険が迫るよりも、食べ過ぎで危険な状態にならないか心配である。若干顔色が悪そうだが、エンデルが言い出したことだ。俺は黙って見ているしかない。


『いつ使うか分からなかったから、魔法陣は修正してあるの』

『プノーザはいつも優秀ですね』

『えへへへ』


 プノはエンデルに褒められてご満悦だ。

 いつもはもっとしっかりしていると思っていたのだが、エンデルが戻ってからは甘えた子供のようだ。

 エンデルもこちらにいた時は、能天気な頼りなさを感じさせていたのだが、ところがどっこい大賢者の風格が滲み出している。これが本来の姿なのだろうか。



 さて、そんなことはさておき、これからエル姫の召喚の儀式を始めるのだ。

 あれから1時間近くも食べ続けているエンデルは、やっと召喚の儀式ができるだけの魔力が回復したようだった。

 魔法陣の最終チェックも終え、後はエル姫さんを待つだけである。


 エル姫さんも今、儀式前に身を清めている最中である。


「エンデル、無理だけはするなよ」

『はい、分かっているのです。私はアキオさんとの約束は、必ず守るのです』


 必ず俺のもとに戻ってこい。

 その約束は、エンデルの中で絶対的な心の拠所になっているのだろう。

 俺もそれは同じだ。必ず無事で戻ってきてほしい。その一念である。


「ああ、待っているからな」

『はい!』


 そうこうしているとエル姫さんが儀式用の衣装で指令室に現れた。

 スケスケの衣装に、金ぴかの錫杖を持ち、この世界に来た時と同じ格好だ。惜しむらくは、ビキニを着用しているのが残念でならないが……。


「お待たせいたしました」

「うむ、それでは始めようか。エンデル君、準備はいいか?」

『はい、いつでも大丈夫です』


 大家さんが開始の合図を送り、エンデルも了承した。

 しかしそこでプノが割って入ってくる。


『ちょっと待ってなの!』

「どうしたプノ?」

『こちらからエル姫様を特定できないなの。3人の魔力は感知できるのだけど、そのどれがエル姫様なのかよく分からないの。マオさんのは魔力の質が少し違うので判別できるのだけど……』

「座標が特定できないということか?」

『異世界では座標という概念がないから3人の点が纏っているの。3人の魔力がとても小さくて、そのどれがエル姫様か分からないの』

「なんだそれ?」


 どうも説明しにくいが、プノの開発した魔道具は、GPSのように特定の座標を割り出すというわけではなく、他の世界にいるエル姫やフェル姫、ピノの魔力を感知しているだけで、その魔力量が微弱なため、混同した点でしか分からないらしい。

 世界が違うため、距離的な概念も通用しないようで、3人がどれだけ距離を開けても無駄なようだ。


「で、どうするんだ? 三分の一の確立に賭けるのか?」

『それは無謀な気がするなの』


 プノはエンデルの身体を慮って無謀だと言う。

 確かに。3割強の確率があるにせよ、一発でエル姫さんを召喚できるとは限らない。もし間違えたのなら、また再度召喚し直さなければならなくなる。そしてそれも半分の成功率しかない。それも失敗したならば、三度も召喚魔法を行うことになる。エンデルの魔力、というよりも、体力的にも無理な話だろう。

 そもそも、3人目で成功したにしろ、その後エンシェントドラゴンに神聖魔法を掛けることすら困難になる可能性だってある。


「困った問題だな……」


 ここでまた問題発生か。次から次と本当に嫌になる。

 戦争だけで済んでくれたなら、エンデルにこんな無茶なことをさせなくて済んだものを……。

 そう考えていると、


『大丈夫です! 一度で全員を召喚すれば良いのです。マオちゃんも含めて、一人も四人もあまり変わりません。その方が魔力の消費も、三度召喚するよりも絶対的に少なくて済みます。やってみる価値はあるのです』


 エンデルは意を決しそう話す。


「いけませんエンデル様! 一人の召喚でも多大な魔力を消費するのですよ? それを一度の召喚で4人も……正気の沙汰ではありません!」


 エル姫さんは、あまりにも無謀なことだとエンデルを諫める。

 しかしエンデルは、それも軽く聞きい流す。


『大丈夫です。今私は餃子パワーで満たされているのです。なんかやれそうな気がしているのですよ』


 なんだよ餃子パワーって……。

 エンデルの訳の分からない言い分に、全員が呆れてしまう。


『何よりも、今私の心はアキオさんで満たされているのです。アキオさんの信頼を受け、そしてアキオさんの愛情も妻として受けました。今の私は無敵なのです!』


 ふんす! と鼻息まで聞こえてきた。

 異世界にいるのに餃子の香りまで匂ってきたのは気のせいだろうか? さすが餃子パワー!


「分かった。エンデルの好きにしろ。それでいいなエル姫さん?」


 エンデルを信じる、と言った以上、俺はなにがあっても信じることに決めたのだ。


『は、はい……エンデル様もアキオ様もそう仰るのであれば……』


 エル姫さんは仕方なさげに了承した。


「ここはエンデルを信頼しようじゃないか。エンデルができると言っているのだからできるんだ。それを信用しないでどうする?」

「そ、そうですね……」

「ということだ。フェル姫さん、ピノ、二人もエンデルを信用して一塊になれ。一緒に異世界へ戻るんだ」

「は、はい」

「お、おう分かったぜアキオ兄ちゃん!」


 三人は渋々ながら一塊になった。少しでもくっいていた方が、エンデルの魔力消費が少なくなるのではないかと思ったまでだ。


「おいマオ。お前ははどうするんだ? 元の世界に帰らなくていいのか?」

「ん? 我は帰らんぞ。帝国の脅威も去った今、我が戻る意味もないしな。なぁーはははっ‼」

「あ、そ……」


 マオは帰らないそうだ。

 帝国との戦争も終わった(まだ正式には終わっていないが)今、自分が戻ってもすることがないという。というよりも、この世界が気に入っているようだ。

 それでも何故笑うのだ? 最後の笑いはいらないと思うのだが。


「というわけだエンデル君! 始めてくれ給え」

『はい!』


 大家さんも多少は気がかりなようだが、エンデルと俺の言を以って、これ以上何を言っても無駄だと悟ったようだ。

 エンデルは指示を受け召喚の儀式に入った。


「それじゃあな、アキオ兄ちゃん。この世界はすげえ楽しかったよ。また来てもいいか?」

「ああ、いつでも来ていいぞ。ピノ……エンデルをよろしく頼む」

「任せとけ。師匠はアキオ兄ちゃんのお嫁さんだ。結婚式もしてないのに死なせないよ」


 エンデルはこの世界での結婚式をとても楽しみにしていたそうだ。最近ではブライダル雑誌などを読んで、ウエディングドレスを着てみたい、とみんなに話していたらしい。

 俺にはそんなこと一言も言っていなかったが……。


「アキオ様ヒナたん様、このご恩は一生忘れません。もし無事に向こうの世界の事が片付きましたら、その時には国を挙げてお礼をしたいと思います。本当にありがとうございました」

「いや、そんなことはすべてが終わってからにしてよ。まだお礼は早いよ」

「はい、分かりました」


 エル姫さんは俺と大家さんに深々と頭を下げた。


「ごめんなさい。わたくしのせいで、このように多大なるご迷惑を異世界の皆様におかけして……このように良くしてもらっても、わたくしにはそれに見合ったなにかをお返しすることができません。本当に申し訳ありませんでした」

「そうだな、フェル姫さんのせいでもあるけど、もう済んだことはどうでもいいんじゃないかな? これからは妹のエル姫さんを支えたらどうかな? 帝国との戦いも終わったことだし、もしあれだったら帝国の領土を第二の聖教国として治めてもいいんじゃない?」

「そう言っていただけると救われた気がいたします。わたくしはこの罪を背負ってこの先生きてゆきます」


 フェル姫さんは自分が引き起こしてしまった事を悔いているようだった。

 確かにフェル姫さんのせいではあるけれど、もとをただせばフェル姫さんも、ナーハハハッ! とお気楽に笑っているマオに利用されていたに過ぎない。本当に責任を感じるのはマオでなければならないのだが、そのマオは全く無責任に笑っているのだ。困ったものだ……。

 それでも戦争も無血で終わらせることができたんだ。そこは喜ぶべきことだろう。

 後は自分自身でどう償ってゆくか決めればいい話だと思う。



 そうこうしていると、エンデルの召喚の儀が始まったようだ。

 異世界では召喚の間が光で満たされ始めた。


『サモン! ピノーザ、エル姫様、フェル姫様!』


 ──バシュン!


 という音共に、光で満たされ、向こうの世界の映像がホワイトアウトした。

 するとこちらの3人の足元が光始め、その光が徐々に3人の姿を包んでゆく。


「じゃあなアキオ兄ちゃん、ヒナたん師匠!」「ありがとうございました!」「申し訳ありませんでした!」


 3人3様、それぞれ最後の言葉を残して、ピノ、エル姫、フェル姫の姿がこの世界から消え失せた。

 まったく、間近で見ても魔法というものは不思議なものだ。まるでSF映画のワンシーンみたいに消えてしまった。スター〇レックか! と、突っ込みたくなるほどだ。


「プノ、どうだ? こっちは3人共消えたぞ?」

『もう少し待ってなの。まだ光が収まらないの』

「エンデルは大丈夫か?」

『まだ魔力を使っているようだから、話は後なの』


 3人を異世界から召喚するともなれば、それ相応のエネルギー、魔力を消費するかもしれない。今は話もできないほどに集中しているのだろう。

 そして固唾を呑みながらその時を待つ。


『やったなの! 成功なの‼』


 プノの嬉々とした声が響いて来た。

 召喚の光も収まり、カメラの映像が復活すると、そこには先ほどまで目の前にいた3人が召喚陣の中ほどに立っていた。


「やったな!」


 大家さんは、今度はダメフラグではなく、確認してからの発言だった。


「エンデル、大丈夫か?」


 俺は3人がこちらから消えたことで、召喚は成功だと確信していた。

 なので、俺の心配はエンデルだけである。


『は、はい、大丈夫、です。はあはあ……』


 息を切らせたエンデルの返事が返って来た。


『師匠!』


 エンデルのもとへ駆け寄るプノとこちらから転移した3人。

 エンデルは膝を付き、今にも倒れそうな姿だった。映像ではよく確認できないが、相当疲弊しているようだ。


『だ、大丈夫です……さ、さあ、エル姫様、太古竜エンシェントドラゴンを、確実に封印しに行きましょう……はあはあ……』

「エンデル無理はするな。召喚は成功したんだ。少し休憩してからエル姫さんの魔法を……」

『いいえ、いつ、太古竜エンシェントドラゴンが封印を破らないとも、限りません……少しでも早く……はあ、はあ……』


 息を切らせながらも、エンシェントドラゴンを確実に封印しようとするエンデル。

 エンデルの予測では半日は大丈夫だと言っていたが、休憩も挟まずに向かおうとしている。封印してからまだ2時間ほどしか経過していない。少しは休んだ方がいいのではないかと、ここにいる全員が思っていることだ。

 エンデルの疲弊具合は、魔力の使い過ぎというものもあるのだろうが、精神的にも消耗しているような感じだ。ゲームでも魔力は精神力に比例するとか、そんな設定があったけれども、今のエンデルは、まさしく精神をすり減らしているかのように憔悴しきっているようだった。

 しかしエンデルの意志は固い。何度休憩しろと言っても、早くしなければダメなのです、とまた餃子を食べ始めたのだった。


 もうエンデル達は異世界にいるので、無理にでも止めに入ることはできない。言葉をかけることはできるが、黙って見ているしかできないのだ。

 ピノプノ姉妹も、エルフェル姉妹も、そんなエンデルを止めることはできなかった。


「プノ、ピノ、エル姫さん、フェル姫さん、エンデルを頼む……」


 後はみんなにお願いするしかない。

 少しでもエンデルに負担にならないよう、少しでも無理をさせないように……。

 歯痒い。これ以上何もできず、見ているだけしかできない俺に、あと何ができるというのだろうか。

 異世界に行けるのならば、今すぐにでも飛んでゆきたい。世界の為に、大賢者として一人奮闘するエンデルを、少しでも元気付け勇気付けたい。

 それくらいしかできないけれども、こうやって黙って見ているだけしかできないよりましである。

 異世界に戻る前に、一人震えていたエンデル。その体を抱きしめるだけで不安を少しでも取り除けたのかもしれない。今あの場にいて、エンデルを抱きしめてあげられたら、それだけでも少しは心の拠り所になってあげられるなら、それだけでも違うのだろうが……。


 でも今の俺にはそれすらしてあげられない。異世界に行く力もないし、魔法だって使えないのだ。

 無力だ。いくら技術が進んでいるからといっても、これ以上この世界からエンデルに対して何かをしてやれることはないのだ。本当に無力な俺、歯痒くて仕方がない。


 そうこう自分の無力さにうちひしがれているうちに、エンデルは薬や餃子ドーピングで強制的に魔力を回復させている。

 立っているのもやっと、という感じで、それでもピノやエル姫さんに肩を貸してもらいながら城の外へ、エンシェントドラゴンが上空で封印されている飛行場へと向かうのだった。


 これ以上無理はするなと言うのは簡単だ。でも、その無理を押してでもエンシェントドラゴンを確実に封じ込めなければ、異世界の未来は閉ざされてしまうのだ。

 だから、俺が無責任にエンデルを止めることはできない。


「がんばれ……頑張れよエンデル……」

『はい、アキオさんとの、約束のためにも、私は頑張らなければならないのです』


 エンデルはもぐもぐと餃子を食べながらも、気丈に答えてくれる。

 俺との約束を完遂するために。


 転移魔導鏡が壊れていなければ、魔力が回復したら今すぐ戻ってこい、異世界なんてもうどうでもいいじゃないか。二人で一緒にこの平和な世界で暮らそう。そう言いたい。

 しかしエンデル一人だけ無事でいいわけもない。ピノやプノ、エル姫やフェル姫、ついでにシュリ、それに多くの人達と協力してきたことを考えれば、そんなことは言えない。

 俺にとっても、もう他人事ではいられないのだから……。


 だから俺はこうして応援するしか、祈るしかないのだ。



 そしてエンデル達は、世界の平和の為に飛行場に立ったのだった。


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