第124話 転移
「鏡よ鏡、この世で一番可愛いのは誰?」
『あ、ピノお姉ちゃんが少し見えたなの!』
「うぁ、プノが少し見えたぞ! って、プノが可愛い? 冗談」
俺とエンデルが指令室に入ると、ピノが転移魔導鏡の前で何やらやっていた。
「悪い魔女か!」
「──痛っ!」
びしっ、と手刀をピノの頭に落とすと、ピノは頭を押さえて痛がった。
どこかで白雪姫でも読んだのか? ベタなことしやがるな。
「あぅ、痛いよアキオ兄ちゃん」
「ああ、で、お前は何やってんだ?」
「転移魔導鏡が動作するかどうか、検証していたんだよ」
「で、なんで可愛いのは誰? なんだ?」
どうやら、「鏡よ鏡」がキーワードでこの魔導鏡は動作するらしい。そこに魔力を流して魔導鏡は転移できるようになるという話だ。
「いや、なんでもいいかなーと思ってさ、あはは……あ、師匠。準備はできたの? 茹だって死んでるかと思ったよ」
「いえ、死んでませんよ~」
エンデルは頬に手を当ててぽっと顔を赤らめた。
「あ、ほらまだのぼせてるよアキオ兄ちゃん!」
「いや、たぶんそれは違うと思う」
エンデルはきっと何かを思い出しているのだろう。
「で、転移魔導鏡はどうだったんだ?」
「うん、たぶん大丈夫。今あたしの魔力が少ないから少しだけしか向こうが見えなかったけど、師匠ならきっと大丈夫だよ」
「ほう、そうなのか」
「ピノーザ! そんな危険なことはやめなさい! ここでは魔力の回復量が少ないのですよ? もし魔力が全部引き出されたらどうするのですか? 死んでしまうかもしれないのですよ⁉」
ピノの説明に俺は相槌を打ったのだが、そんなピノに向かって、珍しくエンデルが怒鳴った。
「あ、ぅ、ご、ごめんなさい……」
ピノはしゅんとして謝った。
エンデルがこうも真剣に怒るなど、滅多にないことなのか、ピノは少し蒼くなっている。
そういえば以前、魔力が無くなったら倒れてしまうとか、死んでしまうみたいなことを言っていたような気がする。それを考えればエンデルがピノを叱り付けるのも頷けるというものだ。万が一魔力が無くなってしまったら、死ぬ可能性があると思えば、叱り付けたくもなるよな。
「まあ、いいじゃないかエンデル。ピノだって悪気があってしたことじゃないんだ。お前の為に検証していたのだろ? ピノも大丈夫そうだし、そう叱ってやるな」
「は、はい……」
肩に手を置いてそう言うと、エンデルも納得してくれたようだった。
「さて、みんな準備はいいな? これからエンデルを向こうの世界に帰ってもらうことにする」
「うむ、準備はいいぞ。偵察機はまだエンシェントドラゴンと追っかけっこの真最中だ。もう少しは持たせられるが、早めにしてもらった方がいい」大家さんがモニターを睨みながらそう言った。
『こちらは準備整ったなの。魔法陣も完成しているのなの!』異世界の準備も万端なようだ。
「街の住人の避難も完了しています」エル姫が避難状況を報告した。
「我の転移魔導鏡の力を今こそ見せてやるのだ、ナーハハハハッ!」マオはなにを威張っているのかよく分からない。
「それじゃあエンデル。行ってこい」
「はい! 頑張ってくるのです!」
「ああ、期待しているからな」
ぽん、と背中を押してやる。
「行って参ります、アキオさん」
「ああ……」
本当はそんな危険な世界に戻したくはない。しかし、エンデルが戻らなければ、異世界は滅びるかもしれないと思うと、俺の一存で止めることもできないのだ。
なぜこの方法を思いついてしまったのだろうか? 戻る手段がなければ仕方がない、と片付けてしまうことができたはずなのだ。でもそれはできない。
エンデル達との約束でもある。異世界を救うと、俺と大家さんは約束しているのだ。そこにエンデルが戻ることを、俺一人が拒否することなどできないのだ。
「鏡よ鏡、こちらの世界とあちらの世界を繋ぎたまえ」
エンデルはそう言いながら鏡に手を触れ、魔力を流し始める。
ふわっ、と虹色に輝きだす鏡。そして中心部分から徐々に違う風景が鏡に映し出されてくる。こちらの光の反射ではなく、対なる鏡の映し出す風景が徐々に拡がってゆく。
「おおっ、プノがいるな……」
両手を胸の辺りで組んで見守るプノの姿が確認できる。その周りにもたくさんの人たちがこの転移を見守っていた。
「くぅ……」
エンデルが苦しそうな息を漏らした。
「大丈夫かエンデル?」
「はい……必要な魔力が、やはり少し多いようなのです……」
エンデルが予想していた以上に魔力を消費しているらしい。
やはり空間を超えて転移できるまでには、相当な魔力を必要とするのだろうか。
「でも、大丈夫そうです。そろそろ開きそうなのです……」
エンデルが言う通り、鏡が映し出す異世界の風景は、もう少しで鏡全体に至ろうとしていた。
そして鏡の全面が異世界の風景を映し出した時、エンデルの手が鏡の中へ、す~っと吸い込まれてゆく。なんとも不思議なものだ。
「開きました。では行って参ります!」
「ああ、行ってこい! エンシェントドラゴンなんて速攻でぶっ飛ばしてこい!」
「はい!」
エンデルはにっこりと笑顔を見せ、そして歩み出す。
歩みと同時に、徐々に体が鏡の中へと消えてゆく。そして、体全体が鏡の中へと入った。
「やった! 成功だ!」
と歓声を上げた時、鏡が虹色に輝きだし、元の状態に戻ろうとしているのかと思ったのだが、次の瞬間、
──パリーン!
と鏡が粉々に割れてしまった。
「え、エンデル‼」「し、師匠‼」「エンデル君‼」「エンデル様‼」
もしかして失敗? と思った全員が、エンデルの名を叫んだ。
エンデルの身体が全て鏡の中に入ったのは確認しているが、その後異世界に行ったかどうかよくわからない。
「プノ! エンデルはそっちへ行ったのか⁉」
確認するには異世界にいるプノに聞くしかない。近くにいるドローンの映像もすぐに呼び出す。
『大丈夫なの! 師匠はこちらに無事転移できたなの!』
その言葉を聞いた全員が、はぁ~と深く安堵の溜息を吐いた。ドローンの映像にも、エンデルらしき人物が映し出されていた。
無事に転移できたことにほっとする面々。特に俺の安堵は計り知れない。失敗してどこか別の場所に転移しているかもしれないし、エンデル曰く亜空間という生き物が存在できない空間に放り出されたらと考えたら、気が気ではない。もし死んでしまったなら、俺はこの案を提案した責任を、死ぬまで負うことになる。そして最愛の人を失うことになるのだ。
「そ、そうか、それは良かった……」
エンデルが生きて異世界に行けたことにほっとする。
「だが、転移魔導鏡が壊れてしまった……」
『はいなの……こちらの転移魔導鏡も、師匠が出てきてすぐに割れてしまったなの』
『アキオさん。たぶん空間を超えた世界間での転移、その膨大な魔力量に、鏡が耐え切れなかったのでしょう。ですが、こうして無事なので、安心してください』
エンデルはプノからヘッドセットを貰ったのだろう。こちらに自分の声で無事を伝えてきた。
「ああ、そうだな……」
ついさきほどまで目の前にいたエンデルが、一瞬で異世界へと行ってしまった事は信じられない出来事だが、今は無事でいることの方が嬉しかった。
ちなみにマオは、転移魔導鏡が壊れてしまったのがショックなのか、口を開いて粉々になった鏡を呆然と見詰めているのだった。
鏡が割れてしまった。これでエンデルが戻ってこられる方法、そのひとつが失われてしまったことになる。しかし今はそのことは考えないことにした。
『では時間がありませんので、早速始めたいと思います』
「おう、しっかりな!」
『はい、アキオさん!』
エンデルはすぐさま魔法陣の点検に向かう。
こうしてエンデルの異世界転移は無事に済んだ。
そしてこれからエンシェントドラゴンを封印するための作戦が開始されるのだった。
▢
【飛行場】
大賢者であるエンデルが聖教国に戻ると、人々はエンデルの帰還に歓喜した。
そんなエンデルに、プノーザは万感の思いで抱き着いた。
「師匠! 師匠! 師匠~!」
「プノーザ、頑張りましたね」
「師匠~!」
今までこの世界で一人頑張ってきたプノーザにとって、師匠であるエンデルの言葉は、今までの苦労をさーっと洗い流してくれるかのようだった。
頼れる師匠も姉もいなくなり、自分がしっかりしなければならないと気丈にふるまってきたのだ。頼れるのは自分しかなく、なぜか英雄とまで呼ばれ弱音も吐けない状態。
それがエンデルを前にした今、堰を切って溢れ出したかのようだった。
「うぇーん! 師匠! ししょ~う!」
プノーザは、涙を流しながらエンデルに甘えるのだった。
エンデルはそんなプノーザの頭を優しく撫で、そして師匠の顔で口を開く。
「よしよし。でもプノーザ、今はまだ泣いている場合ではありませんよ? しっかりと仕事を済ませてしまいましょう」
「ぐすん……は、はいなの、師匠!」
エンデルの言葉を受け、プノーザもまた姿勢を正す。
先ずは
プノーザは涙を拭い、決然とエンデルから離れた。
「魔法陣は完成したの。後は師匠に確認をしてもらうだけなの」
「分かりました」
プノーザはアイテムバッグから魔導書を取り出し、エンデルへと手渡し最終確認を行う。
異世界で亜紀雄から買ってもらった赤いハーフリムの眼鏡を、くいっ、と中指で押さえる。その瞳は、もう大賢者のそれといっていいほどに真剣な眼差しだった。
眼鏡をかけていることで、クッキリハッキリと見える魔法陣。
【深淵の魔女】が残した封印術の魔法陣と照らし合わせ確認をしてゆく。
異世界の技術で複写、拡大されたそれは、寸分の狂いもなく忠実に再現されていた。
「ええ、問題ないみたいですね」
「えへへ、異世界の技術は最高なのです」
プノーザ達は異世界から送られて来たモノを並べただけなのだが、どこか自慢げだった。
後は魔力を流した時に繋ぎ目などで魔力の流れが途絶えなければ良いだけだ。
エンデルは巨大な魔法陣に近づき、外円に手を触れ魔力を少し流す。
「ん……ん……ん?」
エンデルの魔力を受けた魔法陣は、じんわりと魔力を流し始める。
しかしエンデルは少し怪訝な顔でプノーザに向き直った。
「あそことあそこで魔力の淀みがあります。もう一度修正を」
「はい、分かったなの!」
プノーザはエンデルが指定した場所を急遽修正する。
魔力が淀んでしまうと、正常に魔法陣が起動しないおそれがあるのだ。
プノーザが魔法陣を修正している間、エンデルは魔力の回復の為に薬を飲み、食事も忘れない。異世界から送られて来た餃子を無心で食べた。異世界とは違い、この世界では自然回復量も俄然効率が上がっており、そこに魔王プルプルの角の効果もプラスされ、ぐんぐんと魔力が回復してくる。そして驚くべきは、その異世界の食材だった。
魔力の回復が少ない異世界でさえ、少しは多めに回復していたのだが、この世界で餃子を食べると、とんでもない回復量だったのだ。
まるで高品質の魔力回復薬を飲んでいるがごとく、魔力がどんどん回復してくるのである。
「師匠! 終わったなの!」
「今行くのです」
プノーザが魔法陣を修正し、エンデルが魔力を流し魔力の流れを確認する。
何度かそれを繰り返し、ようやく魔法陣は問題なく魔力が流れることを確信できた。
「これで、良いでしょう」
「はい!」
「では始めましょう!」
準備が整い頷きあう二人。
そして異世界の亜紀雄へと作戦開始の合図を送る。
こうして万全の体制を整え、
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